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受信ミス

 事件発生時刻は日曜の9時過ぎ、ちーちゃんに電話をしたら寝ぼけた感じの先輩が出た。

 間違えました、起こしてすみませんと平謝りをして電話を切る。

 

 社会人の貴重な休みの朝を邪魔してしまったと反省しつつ、発信履歴を確認すれば、ちゃんとちーちゃんにかけていた。

 

 合ってるじゃん、謝り損したなと思ったすぐ後に、そういう問題じゃないと気付く。

 



 あれ?…えーっと、あれ?


「………………………………」


 ちーちゃんの携帯になんで先輩が出る?


「…………????」


 え?どういうこと?


 頭の中が真っ白で、フリーズ状態。

 真っ白い中を、事件現場に急行するパトカーがサイレンを鳴らして通り過ぎていった。


 え?何?どういうこと?

 先輩出たよっ?出ちゃいけないところから出てきたよ?


 発信ミスって普通にありえるけど、受信ミスってありえるものかなっ!?

 思考がぐるぐるし出したので、これは相当パニクッてると冷静に判断。

 頭脳明晰なスイーツデカに協力を求めることにした。

 

 家に行って良いかとメールすれば、エッグタルトと返信が来たので、最寄りの駅までダッシュ。

 電車に乗ってガタゴト揺らされて、また駅からダッシュ。

 

 その間ずっと某有名刑事ドラマのサウンドが頭の中を流れていたので、思考停止中にも関わらず、気持ちだけは焦った。

 

 水原が出てきたと同時に、あのねっ、ちーちゃんと先輩がっ!!と掴み掛かった。

 


 只今、お詫びのお菓子を製作中。

 

 焦っていたのでどの程度力を込めたのかは覚えていないが、掴んだ水原の服がありえない尺度で伸びた。

 

 脅威の伸び率に、2人でポカーン。

 

 我に返って慌てて手を離すも、時既に遅し。

 びよーんと言う擬態語がぴったりのシャツに、嫌な沈黙が走る。


「…………………………」


「………………君、俺の服を…」


「すいませんでしたっ!」


 がばっと頭を下げて、平身低頭謝罪。


 そういう時に限って、水原はコビッティを着ていた。

 うおわぁ…やばいと顔が引き攣る。悪いことした悪いことしたと玄関でおろおろ。


「いや、ごめんっ。本当、ごめんっ!洗う、洗うよ!私が洗濯すると結構な確率で縮むからっ!」


 言った後に伸びた前面だけを狙って、縮小させるのは無理かもしれないと気付く。

 内心冷や汗たらたらで、水原の様子を伺う。


 水原ははぁっと溜め息を吐いたものの


「それで?従妹と先輩がどうした?」


 摘んだシャツの裾を離し、淡々と話題変更。

 

 あれ?怒ってないのかな?と表情をちら見。そこまで不機嫌そうな感じではない。

 

 ほっと胸を撫で下ろしつつ


「え?あーうん。…その話はお菓子作ってからにします…」


 お詫びのお菓子を作ることにした。

 すぐに事件のあらましを語り、真相に迫りたかったけど予定変更。

 

 要望どおりエッグタルトを作成。

 卵黄を2個使った濃厚エッグタルト。焼きあがったエッグタルトを8個全て献上し、コーヒーを入れてちらっとご機嫌を伺う。


「もう良い。腕が伸びるよりはましだ。君が服を掴んだのは、不幸中の幸いだった。それに面長なこびとも悪くはない」


 脱臼するほどの力を入れていたら服は破れてるはず…と思ったけど余計なことを言うのは止めた。


 本日水原着用のコビッティは、こびとの顔が大きくプリントされたもの。

 下のほうを掴んで引っ張ったので、面長というよりもあご長な気がするけど怒っていないので一安心。

 

 改めて、ちーちゃんの携帯に先輩が出た事件について説明する。

 事件自体は単純なので、説明は3秒も掛からない。

 

 そこから導き出されるものが複雑なだけだ。


「でさーちーちゃんの携帯に寝ていた感じの先輩が出るって、やっぱりそういうことだよね?」


「95%はそうだな」


「残り5%は?」


「電話が混線した0.5%、何かの弾みで携帯が入れ替わった0.5%、君の従妹が物まねをした1%、君が寝ぼけただけで全て夢だった1%、その他予測不能な事象が起こった2%」


 はぁと深い溜め息を吐く。

 日曜の朝に、2人が一緒にいたと考えるのがやっぱり自然だ。

 

 ちーちゃんは目覚まし代わりに携帯を使っているので、枕元に置く癖がある。

 その携帯を寝ていた感じの先輩が間違えるというのはやはり、2人の関係は確定と言うことか。

 

 ちーちゃんは1人暮らしだし、もしかして2人はちーちゃんの家にいるんじゃ…とどんどん想像が膨らみ、落ち込んできた。


「はぁ…うー…今までは怪しい2人だって言う軽い好奇心だったんだけど、何かこうほぼ確定だという事実を突きつけられると…ちょっとショック…」


 怪しいなとは思っていたけど、ちーちゃんはそんなんじゃないわよと言っていたので、本気で疑っていたわけではなかった。


 あぁ~と呻いて、そばにあった大き目のこびとのぬいぐるみを抱え込む。無意識にこびとの顔を伸ばしたり、縮めたりして、水原に取り上げられた。


「今まで、ちーちゃんと私の間に隠し事はなかったのに…先輩だから言い辛かったのかなぁ…」


 パニックしていた気持ちが引くと、寂しい気持ちが残った。


「いや…もうお互い大人なんだから、言えないことの1つや2つはあるって分かってはいるんだけど…」


 テーブルの上に顎を乗せてだれる。

 だらんと投げ出した手を催促だと思ったのか、エッグタルトを1個くれた。

 儲けた。


「君が両親大好きなのは知っていたが、従妹も好きなんだな」


「シスコン気味な自覚はある。…はぁ…ちーちゃんが…全く何も言ってくれなかったなんて…うぅ…あぁー駄目だっ!気分転換にもう1個お菓子を作ろうかな?卵白が残ってるし」


「実に良い切り替え方だ。シュークリーム、卵黄プリン、アイスボックスクッキーはどうだ?」


「更に卵白を増やしてどーすんの」


「余った卵白で特大シフォンケーキ」

 

 ご希望通りシフォンケーキにするかと、エプロンを付けてキッチンに向かおうとする私を、聞きなれた着信音が引きとめた。

 

 メールではなく、電話の時の着信音に誰だろ?と画面を見る。

 

 ちーちゃんの名前が表示されている。


「…………………………」


 ちーちゃんからの電話に緊張するのは初めてだ。

 朝の出来事を先輩に聞いたんだろうか?


「もしもし、さーちゃん」


「…ちーちゃん…」


 聞きなれたちーちゃんの声が聞こえた。

 どうやって聞こう、何から聞こうと続く言葉に迷っていると


「さーちゃん、私は大変ショックです」


 言おうと思っていたセリフを取られた。


「へ?え?それ、私の」


 受話器の向こうのちーちゃんに抗議。


「さーちゃんと私の間に隠し事はないと思っていたのに…」


「えぇ?それも私のっ!」


 ちーちゃんはちょっと怒っているような声で、次々と私の言葉を取る。

 えー?何で?と思ったけど、人生は早い者勝ちのところがあるので、別の言葉に置き換えようと頭を回転させる。


「去年頃からさーちゃんと仲が良い、大学のお菓子仲間のことだけど…」


「へ?水原のこと?」


 名前を呼ばれて、何だ?と顔を上げる水原に、ちょっと待ってと合図。


「そう…その子。甘い物が好きで、こびとが好きな水原さん」


「うん?」


「今日有岡君から聞いたんだけど、男の子なんですって?」


「え?うん、そうだよ。それより、有岡先輩とちーちゃんって」


 先輩の名前が出たと言うとことはやっぱり!と意気込んで聞こうとすれば


「ずっと女の子だと思っていたわよっ!しょっちゅう家に行ってるって聞いて、男の子なんて疑いもしなかったわ…それでっ?その子とさーちゃんの関係ってどうなってんのっ!?」


 私が、先輩とちーちゃんの関係どうなってんの?って聞きたかったのに…。


 私が言おうと思った言葉を取られた。


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