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閑話

「確信は持てないんだけどちーちゃんと先輩、何か怪しいんだよね~。互いの話題になるとやたら興味を示すし」


 フロランタンサブレを作りながら、水原に合コンの話をする。

 

 フロランタンは水原が特に好きなお菓子の1つだ。

 待ち遠しいのか、用もないのにキッチンをうろついている。

 正直邪魔だが、ちーちゃんと先輩の話をしたいので良しとしよう。


 バターとハチミツ、生クリームを中火にかけ、香ばしく素焼きしたスライスアーモンドを絡めたものを、サブレ生地に乗せ、オーブンで焼く。

 

 フロランタンサブレは過度に焼きすぎると、しっとりとした食感がなくなってしまうので温度調節が難しい上、2度焼きが必要となるので手間がかかる。

 

 冷えて固まってからの方がきれいに仕上がるけど、水原が煩いので、適当に包丁で切り分けた。


 さくっとした控えめなサブレの食感と、しっとりとした甘いフロランタンの食感を別々に、味はその2層でバランスを取っている。

 

 手間隙かけただけあり、納得の出来栄えだ。

 

「ちーちゃんしか知らないことを先輩が知ってたりとか、その逆とか」


 情報が共有化されている気がする。

 情報と言っても私に関することなので、大したことではない。


「2人が恋愛関係にあるとする推論の根拠としては弱いな。合コン時や二次会で知りえた情報かもしれないだろう……君、食べるペース速くないか?」


「常にない悩みで頭使ったから、お腹減った」


 水原がフロランタンサブレの入った皿をちょっとずつ自分の方へ引き摺って行ったので、引き戻して真ん中に置く。


「私がカレーを作ろうとしてスライム作ったとか、小さい頃良くビニールプールに刺さってたとか、そういう小さな情報を先輩が知ってるのは…まぁ、合コン時とも考えられるんだけど、ただそれよりも」


「俺の優れた理解力が、君の過去には通用しないようだ。ビニールプールになぜ刺さる?」


 ちょっと待てと、水原は話を中断させ、巻き戻す。


「足からじゃなく、頭から入ったから」


 犬神家の足が突き出ている死体のような写真が、いくつかアルバムに貼られている。

 ママはバランス感覚が良いと褒めていたけど、客観的に見てもちょっと怖かった。


 犬神家はさて置き、話を戻す。


「合コンの後に起こったことを知ってたりする。心配するから黙ってた事とかちーちゃんが知ってる口ぶりだった。ソースは先輩しか考えられない」


 ちーちゃんから送られてきたメールを再確認して悩んでいる私を、しめたとばかりに再度、皿の移動を試みている。


「皿は真ん中、定位置」

 

 文句を言えば、フロランタンをクッキングシートに移し、空の皿だけを真ん中に戻してきた。


「…………………」


 勝てる見込みのない喧嘩をどうして売るのかと呆れつつ身を乗り出せば、水原はさっと私の手にカップケーキとフィナンシェを置いた。


 丸田さんのお店の印字がされているけど、見たことがない商品だ。新商品か期間限定商品のどちらかだろう。

 

 空になった皿にはマカロンを入れてきた。

 その停戦協定を受け入れ、上げた腰を戻す。


「…まぁ、友情的な感情でメールしているだけかもしれないから、実際は限りなく白に近い灰色。深読みしているだけかもしれないから詮索はしないけどさ」


 確たる事実はないし、ちょっとした言葉がひっかかっているだけだ。全くの勘違いと言う可能性が高い。


 ちーちゃんは誰かと付き合い始めるようになったら、真っ先に私に教えてくれた。

 もし先輩とそういう関係になったら、きっと報告してくれるだろうと、気になる気持ちをぐっと抑えて待つことにする。


「そうだな。君が口を挟んでも全く意味を成さないだろうから賢明な判断だ。ところで、君の合コンの成果はどうだったんだ?」


「うーん…初めて成功したのかな?先輩以外の人から、頻繁にメールが来る」


 他愛のない世間話だったり、さり気無い遊びの誘いだったりするけど、また格式高いところに連れて行かれたらと、尻込みしてしまう。


「ふーん。良かったじゃないか」


 連敗続きの合コンを知っている水原は淡々と祝ってくれるけど、単純に喜べる成功ではない。


 高いお店の雰囲気に飲まれ、気が漫ろになり、食事や会話に集中できなかった。

 

 そのせいで色々と誤解を生んだようだ。


 例えば他の人の所作を真似るために、わざとパンを小さく千切ったり、食休みを頻繁に入れたり、時間調節をしたせいで小食だと思われた。


「全然足りなくて、牛丼買って帰った」


「まさか、特盛りか?」


「ううん、並盛り2個」


 食べ切れなかったら1個は次の日に食べようと思ったけど、余裕で2個食べられた。 


「あと緊張して変なこと言わないように聞き手に回っていたから、控えめな子だと思われた」


 会話自体が難しくて、意味が分からない時もあったし、緊張で会話が上滑りしている時もあったので、始終にこにこ笑って聞いている振りをしていた。


「たまに先輩がからかうようなことを言うんだけど、その度に震えていたから繊細な子だと思われてる。無理な体勢で先輩を蹴ったから、筋肉が痙攣しただけなのに」


 誘いにいまいち気乗りしないのは、普段の私を見て気に入ってるわけではないと分かっているからだ。

 

 はぁ~と溜め息を吐きながら、フロランタンに手を伸ばすとテーブルごと逃げられた。 


「ちーちゃんがさ、さーちゃんはお菓子作るの上手いのよってアピールしてくれたんだけど…。あー、そんなイメージ。裁縫とかも上手そうだねって言われて…」


 否定したけど、謙遜と思われている。


「君、裁縫出来るのか?」


 水原から疑わしげな視線を感じる。


「人として終わってるレベル。家庭科の先生に一寸法師って呼ばれてた」


「家庭科の時間に、君は一体何をしたんだ?」


 はぁぁと溜め息を吐いて、携帯のメール画面を開く。

 恋愛経験が皆無なため、デートに誘われた場合、どうすれば良いのか分からない。

 

 まして今回は、本来とは違ったイメージを既に持たれている。


「はぁ、どういう返信したら良いんだ…」


「データ分析や統計が必ず通用するとは限らないものに関して、俺の優秀な頭脳は働かないから聞いても無駄だぞ。心理学は専門外だ」


「分かっているよ」


 メールの返信を作っては削除、作っては削除を繰り返して、結局当たり障りのない内容を送ってしまった。



 それから数日後、私の恋愛などどうでも良くなる事件が起こった。

 

 

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