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合コン

 暑さの残りはあるものの、ふとした弾みに秋を感じる9月末。


「合コンするわよっ!」


「ちーちゃん…どうした?」

 

電話口でちーちゃんがやけくそ気味に叫んだ。


 ちーちゃんは今年の4月から社会人になったし、私は就職活動に励んでいたしで、合コンはご無沙汰になっていた。

 

 新社会人になっても、ちーちゃんは彼氏を作るのに意欲的で、会社の飲み会や付き合いなどに積極的に参加している。


「良い感じの人がいるの、きゃっ」


 と盛り上がっていたけど、その人とはどうなったのだろうか。


「あぁん?はっ、誰それ」


 柄の悪い声を出されたので、それ以上聞くのを辞めた。


「さーちゃんの知り合いに、合コン参加できそうな人いない?」


「え?うじゃうじゃいるよ」


 空手サークルメンバーに空手道場の面々、大学のクラスメートの男の子など彼女を欲しがっている知り合いは数知れず。


「あー…あの子たちか…できれば社会人でお願いしたんだけど」


「社会人かぁ~」


 社会人と聞いてポンと頭に浮かんだのは、有岡先輩。

 

 誘ってみるね~と返事を保留にして、先輩にメール。先輩も忙しいし、そもそも彼女がいる可能性が高い事も予め言っておく。

 

 先輩のそういうプライベートな部分はあまり知らないけど、綺麗なお姉さんと親密そうなやり取りをしているのを何度か見たことがある。

 

 先輩からせっかくの誘いだ、お受けしようと言う返事があったので、ちーちゃんに連絡。

 ちーちゃんは、今度こそは!と電話の向こうでメラメラ燃えていた。

 

 合コンの日、約束の1時間前にちーちゃんにデパートのトイレに呼び出された。

 トイレ呼び出しって中学生以来だなと懐かしく思いながら、言われた通りに行けば、気合入ったちーちゃんがスタンバイしていた。

 

 そのトイレはかなり大きく、個室があって化粧も着替えも出来るようになっていた。

 

 ちーちゃんはサイドを三つ編みにして、花のついたピンで留め、残った髪を携帯用のコテで器用に巻いてくれた。

 化粧ポーチの中から、何種類もの道具を取り出して私の顔を弄っている。


「うん、良い感じ。可愛いわよ。さて、いざ出陣よ」


 ぐっと拳を握って、気合を入れている。

 ちーちゃんに連れられて、お店に向かう。


 あそこよ、と指差されたお店は、想像していたよりも遥かに格式高く、学生には入り辛い外観だった。

 

 合コンのメンバーも男性陣はクール、女性陣はエレガントで落ち着いた大人の雰囲気を持っていた。


 今までのメンバーはよく言えばノリが良い、悪く言えば軽い人たちが多かったので、元より少ない合コンの経験が役に立たず、初対面の人と接する緊張が増した。

 

 ここは先輩でも見て気を抜こうと思ったのに、会社帰りの先輩はスーツを着ていて、他の人たちと社交的でビジネス的な挨拶を交わしていた。

 

 こういう時こそ、いつもの悪ふざけをして欲しい。

 

 お店の中も格調高く、アンティークが配置され、しっとりとしたBGMが流れていた。

 

 内心の動揺を隠して椅子に座る。

  

 まずはドリンクを、とメニューを渡されて、その値段にびっくりする。

 普段参加する飲み会は、2時間幾らの飲み放題コースで、元を取るぜーと言うノリが殆ど。

 

 ソフトドリンクですら800円からと言う大人の領域に怯む。

 

 そのワインは口当たりがソフトで飲みやすいよとか、ボトルで入れようかとわいわい会話している片隅で私は1人、テーブルチャージの記載に目が釘付けになっていた。

 

 一体メインの食事は幾らになるんだろうと怖い。

 お金足りるかな?とそわそわしてしまう。


「どうした?野田」


 挙動不審な私に気付いたのか、ワインリストを見ていた先輩が声をかけてくる。

 先輩に今の心境を口パクで伝える。


「脳筋?脳筋がどうした?」


 違う違うと首を振って、心持ち乗り出してぼそっと呟く。

 それでも先輩には伝わらず、何だ?どうした?と繰り返し尋ねてくる。

 

 じれっとした私は


「料金の高さにびびってるって言ったんです!」


 つい本音を言ってしまった。

 押し殺したはずの声は思ったよりも広範囲に広がり、要らぬ注目を集める。


「…さーちゃん…」


「……………………………」


 視線を感じて、しおしおと俯く。


「何だ。借りてきたトラのように大人しいなと思っていたら、なわばり離れて不安なのか」


「トラって借りれるんですか…」


 店内の照明が暗くて助かった。

 顔が赤くなっていると思う。


「嫌だな、女性に支払いをさせるほど甲斐性なしじゃないよ」


「野田さんは学生だもんね。ほら、好きなの飲みな」


「どういうのが好き?」


 これとか飲みやすいよ、美味しいよとカクテルを勧めてくれるけど、ここで見栄張って、この高い店で破壊活動をしてしまっては大変だ。


 断り方を考えているとちーちゃんが、この子全く飲めないのよと言って、先輩がソフトドリンクのページを開いてくれた。


 どんなシチュエーションでも万能なウーロン茶にすべきか、巻き舌で言えばアルコール飲料に聞こえるジンジャーエールにすべきか、何だか分からないけど、格好良い響きのサンベレグリノにすべきか。


 良し、決めた。


「サンベレグリノで」


「それ、ガス入りミネラルウォーターだぞ」


 先輩に言われて即変更。

 水が何で600円もするんだ?

 

 お金が足りなかったらちーちゃんか先輩に借りれば良いやと腹を括って、初めての大人のディナーを堪能することに決めた。


 前菜は見た目も楽しくて、ボリュームたっぷり。有機野菜のサラダは、ドレッシングも野菜から作っているらしく、味わい深かった。

 岩ノリとキノコのクリームソースの太めのパスタは、濃厚なソースが美味しかった。


 マナーが分からないので、ちら見して他の人の所作を真似る。


 次に出来てきた白身魚のお刺身は、小さく切ったピーマンやルッコラ、ホタテ、エビなどでカラフルに仕上げられていた。

 

「美味しいね」


 何の魚か分からないけど、と小声で付け加える。

 ワインを注いでいたソムリエの人がにこりと笑って


「スズキです」


 と自己紹介してくれた。

 へ?と思ったけど条件反射で


「野田です」


 と頭を下げた。

 ソムリエの人はちょっと困った顔をして


「スズキのカルパッチョです」


 言い直してくれた。

 魚の説明だったのだと気付く。

 

 恥ずかしくて少しめげたけど、大人の余裕なのか、みんなからかったりしないで優しいので、すぐに持ち直す。


「只今、ご紹介に与りましたスズキのカルパッチョです。気軽にパッチョって呼んでね」


 声音を変えながら、魚を食べる先輩以外は…という注釈がつくけど。


 緊張が取れなくて会話は専ら聞き手だったけど、さり気無く話題を振ってくれたり、分かりやすく話を噛み砕いてくれたりで大人の気遣いを感じた。


 会話も弾んだし、大人の雰囲気も経験したし、美味しい料理は堪能したしで、とっても有意義な時間だった。

 

 隣のちーちゃんや、前にいる先輩が困った時などしっかりフォローしてくれたので、最後の方は少しリラックス出来た。

 

 料理を食べ終わってゆっくりと雑談したあと、そろそろ出ようかという時間になった。

 

 驚きのプライスになるだろうと、座って覚悟を決める。

 テーブルの上のどこかに置かれているだろう会計を目で探していると、みんなスタスタと外に出始めた。


 あれ?と戸惑っていると、ちーちゃんが行くわよと席でじっとしている私の腕を引いた。

 

 支払いはどうなったの?と思いながら、外に出る。

 

 入口で、皆が待っていた。

 

 そこで会計は男性陣が全部持ってくれたという驚きの事実が発覚した。

 1人分でも心臓ドッキドキなのに、2人分の支払いだ。

 

 ちーちゃんを含む女性陣は、ご馳走様とナチュラルにお礼を言っていて、奢られ慣れている感じだった。

 

 おろっとして言葉に詰まる。


「じゃあ、次の機会は支払い頼むね」


 男の人たちに言われたので

 

「はいっ必ずっ!」


 と勢い良く返した。

  

 これからバーに行く予定らしいので、私は遠慮した。

 飲めない私が行っても楽しめないし、周りも気を使うだろう。


 帰り道を心配されたけど、それほど遅い時間ではないし、店自体も大通りの駅から近い場所にある。

 

 大丈夫と笑って手を振って別れた。

 全員とメアドを交換したので、電車の中でお礼のメールを送信した。


 ちーちゃんと先輩には、家に着いたらワンギリするように言われたので、着いてからメール。

 誘ったくせに奢らせた先輩には、帰宅報告の他にお詫びとお礼も含めた。


 

 その日の合コンは、疲れたけど新しい経験だったな、と良き思い出になるはずだった。

 しかし思い出に出来ない事情が出来た。


 

 その日以来、ちーちゃんと先輩の関係が怪しい。


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