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王子の告白

 

 月曜、水原に渡すお菓子を持って学校へ向かう途中、有岡先輩からメールを受信した。


「木下さんが今日の1限簿記を取っていると重要な情報を入手。簿記の講義はA棟402。正面玄関と、通用口2箇所、エレベーター前、教室前、それぞれ捜査員を配置。野田の担当はエレベーター前、木下さんが現れたらすぐに現場に向かえるよう待機せよ」

 

 捜査本部解散したんじゃなかったのか。

 

 私の講義はC棟なので、A棟に用事はない。むしろそっちに寄ってしまうと、遅刻してしまう可能性がある。A棟からC棟までは同じ敷地内とはいえ、結構な距離がある。


「無理」


 二字で拒否。

 するとすぐに返信された。


「野田の1限目の経済学総論の教科書は、どこにあると思う?答え、A棟のエレベーターの中」


 うざい顔文字付き。

 教科書ばっかり質に取って、卑怯な真似を!

 

 しかも中ってどういう事だ!?私の教科書は上下移動してるのかっ?

 

 部内に置いてあるエロ本を丸ごと拾得物として、学生課に届けてやろう。有岡先輩だけじゃなく全員同罪だ。

 

 仕方なくA棟に向かうと正面の入口で警備員が如く、左右に張り付いている空手サークルのメンバーがいた。


「おっす!野田」


「どうよ、俺ら今日ちょっと決めてきたんだけど。木下さんに会うから一番高い服!」


 2人はババンと効果音を付けつつ、くるりとターン。

 1人は入学式に着ただろうスーツ、もう1人は新品の空手衣。


 言うべき言葉もない。


「木下さんはまだ来てないぜ。あと10分で授業が始まるからそろそろだとは思うんだけどな」


 ふーんと頷いて、教科書があるだろうエレベーターに向かう。今の時間なら教科書を奪い返して走れば、講義の開始に間に合う。


 2個あるエレベーターの1つが1階に到着した。

 エレベーターガールと言うにはむさすぎるメンバーが、乗り込んでくる学生の顔をじろじろと見ている。

 完全なる不審者だ。


「お!野田。やーっと来たか」


 知り合いだと思われたくないので話しかけないで欲しかった。


「隣のエレベーターは有岡先輩だぜ。お前の教科書も」


 じろっと睨みつつ、隣のエレベーターを待つ。4階にランプが付いているので、下りてくるまで少し時間が掛かる。

 エレベーターが開くと同時に見えたのは、眠そうな有岡先輩と、ワクワクといつも以上に煌いているミシェル。


 朝の利用頻度が高い時間帯に、何て迷惑なやつらっ!


「教科書、返してくださいよっ!」


 有岡先輩はほれっと手を差し出す私の脇をするりと抜けた。

 何だ?と思いながら振り返ると


「木下優衣さんですね」


 私の隣にいた可愛い女の子に、有岡先輩が話しかけていた。

 あれ?隣にいたの?と焦る気持ちもあったが、冷静に女の子を観察。


 私よりも顔半分くらい低い小柄な身長。出るところは出ている滑らかな曲線。

 胸元まである髪の毛先は緩く巻いてあって、色は明るい茶色。

 顔はパーフェクト!と安定の可愛さ。

 癒し系っていうのだろうか?雰囲気からほんわりとしている。ミスK大納得の正統派美人だ。


 有岡先輩の言葉にばっと反応したミシェルは、緊張が伝わる足取りで木下さんに近づいた。


「あの…僕はっミシェルと申しますっ!!木下さんがくれたクッキーっ…クッキー食べましたっ!」

 

 いや、ミシェルは食べてない…と心の中の呟き。


「優しい味がして…っ僕はその瞬間あなたを好きになりましたっ!」


 いつの間に集まってきたギャラリーが、ひゅーひゅーとはやし立てる。

 はやし方が古い。

 

 その時に空気を読まないチャイムが鳴った。

 誰も気にしていない。


 良いの?ここに今いるってことは、1限の講義を取ってるってことだよね。


「あのっ…僕とっお付き合いして頂けませんかっっ!!!」


 驚いた表情の木下さんは、ミシェルの告白に色白の頬をぽっと紅く染めた。

 もじもじと照れながら、くりっとした目を潤ませてミシェルを見つめる。

 

 王子に求愛される姫のシーン。

 美男美女、互いに見詰め合っている。とっても絵になる。

 

 いつの間にか駆けつけた新聞部が、ぱしゃりと写真を撮っている。


「…勿論。喜んでっ!」


 小さな声で、でも嬉しさを隠せない弾む声で木下さんが了承の返事。

 うぉぉぉと歓声が上がり、何事!?と事務員が駆けつけている。やんややんやと拍手の嵐に照れくさそうに微笑む2人。


「良し、野田。これから新聞部のインタビューだ。空いてる教室を探してくれ」


「……私、授業があるんですけど…」


「どうせ、遅刻だ。1度くらい欠席したところで単位は落とさん。必修授業なら俺も受けてる。俺のプレミアノートを野田にやる」


「有岡先輩、字が汚すぎて読めないんでいらないです」


 ミミズが這ったような字。

 一番最初に見たとき、日本語ではなく筆記体かと思った。


「俺のノートはプレミアだぞっ。何せ2年も受けてる」


「1度単位落としたってことじゃないですか!」


「だから2年分、プレミアムなんだ」


 新聞部がインタビュー内容を有岡先輩に差し出す。ふむふむと読んで、ラブラブオーラを放つ2人を見やる。

 あぁもうっ!と仕方無しに未だ気付かずに、入口に待機している空手メンバーを集める。

 木下さんはどこから来たんだ?どうして入口に待機していたメンバーは見過ごしたんだ?

 

 告白シーンを見逃したメンバーは、既に出来上がっている2人を見て崩れ落ちる。


「なぁ、野田」


「はいはい、何ですか?有岡先輩」


 完全に逃げられなくなった私は、不在メンバーに報告メール。先に知らせておかないと情報詳細希望、と言うメールが絶えず来てうざいのだ。


「木下さんって甘い菓子の匂いがするな。ノリと雰囲気で決まったショコラさんだったが、本物だったのかもしれない」

 

 甘い菓子の匂いは私が持つ紙袋から来ている。

 たらりと冷や汗が垂れる。

 

 1限の経済学総論で水原に菓子を渡す約束をしていたけど、それを不履行する結果となった。

 今日、菓子を渡せば問題ないだろうと思うが、生憎水原の連絡先を知らない。

 水原がどういう行動しているのかさっぱり検討が付かない。

 

 幸せそうにインタビューを受ける2人を視界の片隅にはぁっと盛大な溜め息を吐いた。


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