デコロール
「出来たぞ」
水原のロールケーキを覗き込む。
「……………………」
絵心がある水原のロールケーキは完成度が高かった。
全体に粉砂糖を振るい、両端に緑のチョコペンで草を生やし、ココアでこびとの足跡をスタンプしていた。
こびとがべしゃっと転んだ跡や、チョコとアラザンで立体感を出した靴の落し物もあり、遊び心が散りばめてある。
水原のロールケーキを見て、顔が引き攣る。
「君のは?」
「…………見ない方が良いと思うよ」
水原は部屋の中で、私はキッチンで仕上げのデコレーションをしていた。
部屋とキッチンをつなぐドアを閉め、自分のロールケーキを隠す。
1日で2回も失敗するなど、信じたくない。
シンクに手をついて項垂れていると、いつの間にか背後にいた水原が私のロールケーキを見ていた。
水原、無言。
無言、無言、沈黙。
「や、あのまず、説明させてっ!」
毒舌も出てこない水原へ必死の言い訳。
誕生日といえば、ロウソク。
紙コップの素材を使って筒を作り、ホワイトチョコを流し込んだ。
チョコが固まったら紙を剥がし、蝋が溶けたイメージでブラックチョコ、炎を象ったストロベリーチョコを乗せた。
22本のロウソクを一列に並べ、生クリームで固定する。
HAPPY BIRTHDAYと書いたチョコプレートを、端の方に斜めに差す。
フルーツを盛って完成したロールケーキを見て、出てきた感想は一つ。
ちょっと変。
「丑三つ時に神社で呪っているような雰囲気になっちゃって…」
こびとの帽子の先にロウソクが刺さっている。
何これ、シュール。
ロールケーキにロウソクって合わないものだと今更ながら気付いた。
「………………………」
誕生日に変なものを作ってしまったとがっくりしていると、水原は私のロールケーキを部屋に運んで、自分のケーキの隣に並べた。
「悪くない。ロール大会があれば、ユニーク賞が取れるはずだ」
「グランプリは?」
「俺の“こびとの寄り道”ロールだ」
「名前まで付いてんのっ!」
色々負けた。
水原は高画質なデジカメを取り出してきた。
データ化されたくない代物だが、写真に写すとましになるんじゃないかと期待。
「ちょっと見せて。上手く撮れてる?」
「今、忙しい」
水原はばしゃばしゃ撮影している。
「ケチ」
拒否されたので、自分の携帯で撮影する。
立体のケーキを二次元にしてもやっぱり誕生日ケーキらしさがない。
「おなか減ったし、食べよ。そっちのこびとケーキは明日水原が食べなよ。今日はこっち食べよ」
水原は2つのケーキを見比べて思案顔。
「今日はこっち食べる」
「え~っ!?」
不満げに唸る私を無視して、とっとと丑三つロールを冷蔵庫に片付ける水原。
焙ったケーキ用ナイフを持ってきて、自ら切り出した。
「これ君の」
「うっすっ!障子紙みたいな薄さじゃんっ!ある意味神業!?」
一口で食べ終わるそれで、何とか味を確かめる。
スポンジはしっとりふんわり焼きあがっているし、クリームも甘さが程よく、抹茶のムースが引き立っている。
デコレーションは失敗だけど、味は成功。
凹んだダメージから少し立ち直って、紅茶を入れて戻ってくると、水原は専門書でバリケードを作っていた。
「……………………まさか私の取り分、さっきので終わり?せめてもう一切れっ」
渋々オーラを漂わせた水原が、嫌々もう一切れ差し出してくる。
「うっすっ!透けてるっ!そよ風で飛ぶレベル」
「そこにあるスイーツ、好きに食べて良いぞ。このマロングラッセもやる」
水原は無造作に、小さめの箱を放った。
それを見て、平和的解決を諦め、バリケードを強行突破しようとした手を止める。
「えっ!?じゃ、終わりで良いや」
某有名店取り寄せのマロングラッセは、人気がありすぎて幻の域に到達している。
食べてすぐに調べたけど、予約は現時点で来年まで埋まっていた。
4分の1貰って、もうちょっと欲しいと思っていたらもう4分の1くれた。
残りはつまり半分、良いのかな~と水原を見るとバリケードが強化された。
別にロールケーキを狙ったわけではない。
「ところで水原、論文良いの?」
今の今まで忘れていたが、来た時は少し焦ったように取り組んでいた。
「問題ない。あと12時間ある」
「は?明日?明日まで!?」
「明日、ゼミの研究発表がある」
「やばいじゃんっ!ロールケーキ切って笑ってる場合じゃないってっ!」
寝る時間がない。
そりゃまずいっと紅茶を飲んで、水原の家を去る。
時刻は8時、思った以上に長居していたようだ。
急いで家に帰り、今日の失敗をママに報告。
「今度やってみたい!楽しそう~」
「うん、失敗したけど楽しかった。でも水原は明日プレゼンがあったみたいで、焦った。コンビニ寄って栄養ドリンクとサンドイッチ買って、こっそり玄関に置いてきたよ」
「ごんぎつねみたいだね」
「いや、こっそり置いたけど、私だってすぐ分かるよ」
翌日、22歳おめでとう、論文は終わった?とメールしてみた。
水原から添付データを受信。
まさか論文を添付して来たんじゃないよなぁ~理解出来ないと思うけど、と恐る恐るデータを開く。
添付データは頭にロウソクを刺した22人のこびと達が、水原渾身の作のロールケーキの周りに整列している写真だった。
結局、論文がどうなったのか分からないままだった。