ロールケーキ
未踏のケーキに挑戦するため、いつもより早い時間に水原の家に行った。
水原が家にいるのは確認済みだ。
「おはよーこれ、伊豆の土産」
「あぁ、合宿か。海で遊んで来たにしてはそんなに日焼けしていないな。君のことだから焦げて帰ってくると思っていたんだが」
「海に行ったの1日だけだし。殆ど海底にいたから」
「君は一体何類だ?」
水原は何だか切羽詰った様子で論文に打ち込んでいたので、邪魔しないようにキッチンと部屋のドアをしっかり閉めて、ケーキ作りに取り掛かることにした。
数時間後、完成したケーキを見て
「…失敗した…」
と愕然と呟いた。
すぐ傍にいなければ聞こえない声量だったにも関わらず、がらっと凄い勢いでドアが開き、水原が飛び出してきた。
「今、滅びの呪文が聞こえたんだがっ!!」
「聞こえたのっ!?」
水原はそのままの勢いで駆け寄ってくると、まな板の上のロールケーキを口に放り込んだ。
もぐもぐと味わってから、もう一切れ。
難しい顔をしながら、更に一切れ、首を捻ってもう一切れ。
「そう悲観する出来でもないと思うが。しかし君が失敗したというならそうなのだろう。その不名誉を隠蔽するために、これは全て俺が食べるべきだな」
更にもう一切れと上から目線で食べ続ける水原。
「味は問題ない。失敗したのはアレンジだから」
失敗したのは味ではなく、デコレーションだ。
明日は水原の誕生日なので、切っても切ってもこびとになる、こびとのロールケーキを作ろうとレシピを考えていた。
飾り巻き寿司のレシピを、ロールケーキに応用した。
しかし飾り巻き寿司は、ご飯。
ロールケーキはクリーム。
硬度に大きな差があった。
「これさ…何に見える?」
「ロールケーキ」
「そうじゃなくて…断面図、何に見える?」
「何か形を作ったのか?」
考え込む水原にここら辺が顔で…とヒントを与える。
「これが顔か…目と口が奇妙な位置にある上、ブルーベリーの汁で青白いな。死人か?随分シュールなものを考え」
「惜っしい、こびと」
「………もう1度言ってくれないか?」
「こびとだってば」
水原は持っていたロールケーキの断面図を再度じっと見て
「間違いなくこれは失敗作だっっ!今までで1番酷い出来だと言っても過言ではないっ!」
ばくばく食べながら喚いた。
「だから失敗したって言ったじゃん。ちょっとレシピ練り直す」
クリームの硬度を再考、こびとの顔パーツは変更だなとこびとのロールケーキレシピに、改善点と書き加え、うーむと悩む。
向かいに座った水原が、真剣な表情でレポート用紙を覗き込んでいる。
「論文、良いの?」
「こびとの一大事に論文などやってる場合か。さっきの心理的ダメージの再発を回避するほうが重要だ」
論文そっちのけになった水原を、良いのか?と思いながらレポート用紙を見やすいようにくるっと一回転させる。
「出来は別として、こびとのロールケーキとは、君にしては中々魅力的な発想だな」
「あぁ、うん。明日は水原の誕生日じゃん。喜ぶかと思って」
不意を突かれたような顔をした水原は、カレンダーに目をやった。
夏休みは日にち感覚が無くなるので、明日が自分の誕生日だという事を忘れていたようだ。
「言われてみればそうだったな」
「明日は用あるって言ってたから、誕生日ケーキでも買いに行くのかと思ってた」
「誕生日はどうでも良いイベントの一つだ。世間一般では何でもない日だしな。特別なスイーツが売り出されるわけでなし、面白みがない」
エイプリルフールの方がまだ重要だという水原に
「将来偉くなったら、水原の誕生日をスイーツの祝日にすれば良いじゃん」
と反論しながら、レポート用紙を前にうーんと悩む。
無意識にペンをクルクル回していると、水原は、論文用の専門書をテーブルの上から退かし、ロールケーキの断面図を書き出した。
カリカリとかなり細部に拘って描いている。
「待った。それはちょっと難しい。まつ毛とか無理だから」
実現可能な範囲の案を出して欲しい。
「イチゴを潰してクリームに混ぜ込むのはどうだ?安定感が高まると思う」
「うーん、良いけどにきび面っぽくない?」
私の言葉に、水原が黙り込んだ。
「目をブルーベリー、口をドレンチェリーで作ったのも失敗要因の一つかな」
「口をドレンチェリーは良いと思うが、タラコ唇にする必要はなかったんじゃないか?」
「つやつやピカピカした大きな口がアンバランスだったしね」
「それよりも位置のずれが1番の問題だ」
「フルーツは駄目かも。細かいものを一列に並べるより、棒状のお菓子を使ったほうがずれない」
「さっきのこびと、離れ目だった。死人か、死んだウーパールーパーか悩んだ」
「どっちにしても死んでるんだ」
あーだ、こーだと長々と討論。
いつの間にかびっくりするほど時間が経っていて、慌てて調理開始。
硬めの生クリームにチョコを混ぜて、冷蔵庫で冷やす。
程よい固さになったら、目と眉毛にするための丸と線に形を整える。
同じ要領で着色料でピンクにした生クリームにグラニュー糖を混ぜて冷やし、形が作れるようになったら頬っぺたを作る。
この3つで顔のパーツは完成。
スポンジケーキと同じ長さの型で抹茶ムースを作り、固まったら帽子の形に変える。
再度スポンジケーキを焼き、網棚の上で冷ます。
その間に、分厚くクレープの皮を焼き、3枚ほど重ねた上にバタークリームを塗って、いよいよ顔作成。
「まずはまゆ毛。この辺りかな?」
「中に寄るから、もう少し離した方がいいんじゃないか?」
「じゃこの辺で」
目と頬っぺたを乗せて、クリームを乗せて破れないようにクレープの皮で巻く。
生意気そうにつり上がった眉と、幼い感じのピンクの頬っぺたがアンバランスで可愛い。
パーツの配置は成功したと言っても良いだろう。
しかしここから第二段階。
顔を崩さないように帽子を乗せて、その上に生クリームをたっぷり塗ったスポンジケーキを被せる重大ミッション。
「水原、ちょっとここ押さえておいて」
「こうか?」
「うん、スポンジケーキを下に入れるから、片方ずつ持ち上げて」
ロールケーキは巻くものだけど、今回はスキル不足で断念。
上から被せたスポンジケーキの端を下に織り込んで、形を整える方法にした。
「中々のこびとロールだっ!」
「巻いてないけどね」
帽子の重みで顔が歪んだけど、許容範囲。こびとマニアの水原もご満悦の出来栄えだった。
ロールケーキを半分に切ると、断面図も悪くない。
切った半分のロールケーキを水原に渡す。
誕生日仕様にしたい私と、あくまでこびとに拘りたい水原と、話し合いが平行線になったので、外側のデコレーションは2パターン作るということになった。
別に勝負と言うわけではないが、お菓子作りを趣味と自負する私は、水原に負けられない。




