夏合宿 6
片桐さんはテーブルを見渡し
「つまみと酒が足りなそうだな」
みんなに聞こえるように大きな声で言った。
抑揚がない声に、少し緊張が含まれてトーンが低い。
有岡先輩もその声に反応して、片桐さんに視線を向けている。
「有岡」
先輩の名を呼んだ。
片桐さんは汗を掻いたのか、手をグーパーさせている。
「買い出しに行こうと思う。一緒に」
買い出しお誘い作戦かっ!心の中で拍手。
他のメンバーがいないコンビニまでの道のりに勝負をかけたようだ。
絶対その方が良い。
「一緒に行かないか?」
おー言った!
拍手喝采したい私の心境と正反対のメンバーは、先輩が酔った頃合に来て有利な状況で果し合いかぁーっ!と穿った見方でけんか腰だ。
片桐さんは拳を強く握り、目つきが鋭く、凄んでいるように見える。
気合入りすぎて怖いので、メンバーが警戒中。
「…片桐さん、ちょっと廊下で待っていて下さい」
片桐さんを廊下に出して、私は先輩の元へユーターン。
怪訝そうな顔をする先輩の手を引っ張って、連れ出そうとするとそれを止めるメンバーがいた。
「ちょっと待て、先輩はOBだぞ。OBを買い出しに行かす気か!?酔い覚ましも兼ねて俺が行ってやる」
「うっ!要らんときに正論をっ!」
今や社会人で、年長者である先輩に買い出しをさせるのは確かにおかしい。
しかし今は上下関係よりも友情関係が優先だ。
「はっ!片桐主将をパシリに使うなんてっ!俺ら、何て失礼なことをっ!」
連鎖反応し、立ち上がるM大の部員。
その気遣いは片桐さんの精一杯の努力を無駄にすることになるぞーと思ったけど廊下に向かうのを止める術はない。
そっちは片桐さんがどうにかするだろうと、先輩を連れ出すのに専念する。
「野田~っ、先輩を足に使う気かっ?俺が行くって言ってんだろっ!」
「ちょっと事情がっ!」
先輩の腕をぎゅーっと引っ張り合う。
「俺の足への気遣い、ありがたく思う。しかし腕にはなぜ気遣いが向かないのか、詳しく聞かせてもらいたいものだ」
そう言いつつ腕に負担が掛からないように、うまく力を受け流す先輩。
1対1なので中々決着がつかない。
外野のメンバーは、オーエル、オーエルとさっきのネタで掛け声をかけるだけだ。
「K大の元主将が大きなかぶみたいになってる。おばあさんがおじいさんを引っ張って、まごがおばあさんを引っ張って」
「おじいさんとおばあさんが敵対関係にあるという大きな違いがあるな」
M大の部員も特に関与せず、戦況を見守っている。
持久戦になると負けるので、事情を知るミシェルに援軍を求める。
しかしミシェルは、木下さんに絡む酔ったM大の部員を宥めていてこちらに来られる状況ではなさそうだ。
座っているメンバーより、立っている私の方が有利。
肩の関節を狙って蹴ろうと思ったけど、珍しく気を使ったメンバーにキックは躊躇う。
俺らひとっ走り行ってくるんで!と押し切られそうな片桐さんが見えた。
焦れて腕を揺さ振ると
「ま、折角のご指名だ。ここは受けるとしよう」
ちらっと私の視線を追った先輩が、漸く立ち上がってくれた。
「野田」
「はい?」
先輩を連れ出すのに成功した、そっちの部員を何とかせよ、と片桐さんにアイコンタクトを送る。
片桐さんは私に向かって小さく頷き、部員の背を押して部屋に戻した。
「片桐と何かあったのか?」
「え?ないですけど…私は」
片桐さんが友情を取り戻そうとしているだけですよ、とは言えず、ちょろ~っと視線を逸らす。
「練習試合の時も、片桐に怒っていただろう」
「……………………」
言葉が足りないっ!と片桐さんに文句を言ってたのを見ていたようだ。
探るような先輩と目が合わないように、視線を泳がせる。
「俺が原因で片桐と揉めているなら、俺から」
先輩が原因だけど、揉めているわけでない。
片桐さんに何で誤解させるような行動ばっかりするんです?と文句を言っていた私も、誤解させる行動をしていたようだ。
これは一刻も早く片桐さんと話し合いをと先輩の腕を引けば
「野田も買い出しに行くのかー?」
「俺、さきいか欲しー、柿の種欲しー、ビール欲しー、彼女欲しー」
足元の酔ったメンバーが絡んできた。
ええいっ!さっきから邪魔ばかりをっ!
「野田は留守番だ。彼女以外は買ってきてやるから大人しく待っていてくれたまえよ」
ぽんっと先輩は私の頭を叩いて、片桐さんが待つ廊下に出て行った。
有岡先輩が向かってくるのに、ますます緊張に顔を強張らせた片桐さんに、ガンバレーと念を送った。
30分後戻ってきた片桐さんから、結果報告を聞く。
「結論から言うと、有岡とは仲直りできた」
「おぉっ!ゆみみんの事はもう気にしてないって言ったんですか?」
「いや、ダイレクトによりを戻したいと言った」
「…………………」
よりを戻したいって別れた恋人に言うセリフだと思う。だけどその言葉で、先輩が緊張を解いて、笑ったらしい。
それによって片桐さんもほっとして色々と伝えられたのだから結果オーライだ。
「まだ昔のようにとは言えないけどな。でも俺はそれで満足だ…。野田、世話をかけたな。相談に乗ってもらったことは有岡にも言っておいた」
「いえいえ、お気になさらず」
模範的な礼をされて、うろたえる。
礼を言われるようなことはしていない。2人を隣同士に座らせよう計画も、予行練習していた片桐さんが遅れてきたので不発に終わった。
「野田と片桐さん、そんな暗いとこでなぁーにやってんのぉ?」
呂律が怪しいメンバーが部屋から顔を覗かせて来た。K大もM大も入り乱れてトーテムポールを作っている。
目が空ろの酔った顔で作られるとちょっと怖い。
「野田が何だか照れくさそぉーにしてたっ!もしかしてー恋の始まり?フラグ立っちゃう?野田がアホ毛以外のものを立たすとは…けしからんっ」
「ぬぁにっ!野田ーお前ちゃんと考えてから返事しろよ~。もし結婚したら、片桐狭霧だぜ」
「ギリギリだ」
「ちょっとギリギリだな」
真っ赤な顔をした酒臭いメンバーが派手に盛り上がっている。
全然違うし、と言いながら部屋に入ると有岡先輩が、片桐さんを手招きしていた。
先輩と片桐さんは予定通り並んで座り、昔話に花を咲かせている。
「野田さーん。こっち来ない?俺、手相を見るの得意だから、野田さんも見てあげるよ」
向かいのテーブルのM大の部員が私を手招きしている。手相はあまり興味なかったけど、せっかくM大とK大が仲良くなって来てるので、誘いに応じることにする。
「おわぁっ!」
立ち上がろうとした腕を引っ張られ、座布団に尻餅をつく。
犯人は片桐さんと陽気に話している有岡先輩だ。
「何すんですかっ!」
「野田の手相は見なくても分かる。生命線が太い、以上」
「見てから言って下さい!」
さっきの仕返しなのか、先輩が腕を離さないので、もう一度座りなおす。M大の部員には次の機会でと軽く会釈。
M大、K大共に酔い方が酷いので、先輩たちの隣で昔話を聞いていたほうが楽しいというのもある。
木下さんが途中退席をしたので、無礼講に拍車が掛かった。べろんべろんのぐてんぐてんになって、でかい男が部屋中に転がっている。
木下さんは連日の疲れもあり、酔いが回ったのでミシェルが部屋に送っていった。
中々戻ってこないので、様子を見てこようと思ったけど、M大の部員に止められる。
素面である私がいなくなると、収集が付かなくなると。
確かに部屋は酷い有様だったので、残って後片付けを担当する事にした。
11時過ぎ、先輩の
「そろそろお開きにしよう」
と言う言葉に頷き、転がっているメンバーの眉間に空手チョップをして、覚醒させる。
その傍らで女子部員がテキパキ部屋を片付けてくれた。
途中でミシェルも戻ってきたので、部屋も酔っ払いも早めに片付いた。
「木下さんは大丈夫?」
「はい、悪酔いも直ったようです」
「そっかー合宿中は体力を使うから、アルコールは辛かったのかもしれないね。…ミシェルは大丈夫?」
心なしか元気がないような気がする。
木下さん同様ミシェルも、夏合宿は初参加だ。疲れているのかもしれない。
もう部屋に戻って休みなよ~と言うと、ミシェルは力なく笑って頷いた。
翌日元気一杯なのは、私だけだった。
木下さんとミシェルは、合宿の疲れを残しているようだ。
顧問の車で楽に帰れる権利は、初回参加でも頑張った木下さんとミシェル、それから明日仕事の有岡先輩に譲った。
ミシェルは遠慮していたけど、それを無理に押し込む。
さらさらの金髪の色も心なしかくすんで、全体的に儚げな風情だ。
さすがにメンバーたちも本当の意味で後押し。
みんなで車に押し込む。
あと1人乗れるよ、と言ったら野田に譲るとびっくりな一言。
昨日騒ぐだけ騒いで、後片付けもしなかったことを反省したんだな~と思ったけど、全く違った。
メンバー全員、重度な二日酔い。
電車の方が渋滞の心配もなく、トイレもついているので、いつでも吐けるからという情けないものだった。
残る一枠は私になった。
昨日お酒をセーブさえしておけば、木下さんとのドライブ権をUNOをしないで得ることが出来たのに、と呆れながら車に乗り込んだ。
メンバーはウコンを飲みながら、荷物にもたれかかって見送っていた。
パッケージに書かれた『こだわりのウコンから作りました』が『こだわりのウンコから作りました』に書き換えられている。
二日酔いでもそう言うことは欠かさないんだな、と呆れて先輩に報告すれば
「全く、幼稚なやつらだな。やったの俺だけど」
と返って来た。
社会人になっても、そう言う所変わらないんだなともっと呆れた。




