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夏合宿 5

 

 次の日の有岡先輩と片桐さんの試合は、今までにないほどの激戦だった。 

 元より技、体力、スピード、駆け引きの知識など、実力伯仲している2人。

 お互い一瞬の隙も見逃さない。

 

 見ているこっちも手に汗を握るような熱戦。

 接近戦で蹴りと突きの攻防。


 延長戦で片桐さんが先輩の突きを空振りさせ、左上段回し蹴りで決めた。

 

 片桐さんは息を整え、先輩を見下ろしながら


「練習不足だな」


 淡々とした声でそう言った。

 

「うるへぼー!先輩は社会人なんだよっ!仕方ねぇだろうが」


「はん、負けの言い訳になるか」


 先輩は苦笑いしていたけど、それによって対立したのは他のメンバーたち。

 

 ぶーぶーと煩いので、顧問に怒られる。

 口パクで悪口を言い合う更に低レベルな次元に落ちた。


「何言ってんですかっ!」


 M大の陣地に紛れ込み、勝ったのに負けたようなトボトボとした足取りをしている片桐さんを捕まえる。


 片桐さんは、表情を変えずに眉だけ下げた。


「…仕事大変なのか?無理するな、と続けるつもりだったんだ」


「間隔あけ過ぎです!メンバーのブーイングが入って、練習不足だなと貶して終わっちゃったじゃないですかっ!」


「難しいな」

 

 片桐さんが溜め息を吐く。


 片桐さんが有岡先輩にあっちに来てくれとジェスチャーすれば、うちのメンバーが首切るぞと解釈し口論になった。


 私は見ていなかったので、念のためそのジェスチャーをしてもらう。

 先入観によってどちらの意味にも取れそうだ。


 あっちに来てくれと一言言えば済む話なのに、まどろっこしい。

 

 やられたらやり返す、と言うよりもやられる前にやる派の先輩が、苦笑いしかしないので、何だかんだと先輩大好きっ子のメンバーが熱くなる。


 喧嘩を売っているような片桐さん、それを甘んじてやり返さない先輩。そのせいでメンバーの仲は悪化しているようだ。

 

 片桐さんがずどーんと暗雲を背負っている。

 まだ懇親会がありますと、肩を叩いて励ました。



「来ないし…」


 ラストチャンスである懇親会、他のメンバーは揃っているのに、片桐さんが来ない。

 

 さり気なく有岡先輩と片桐さんを隣の席にしようと思っているのに、本人が来なければどうにもならない。


「先輩-っ!有岡先輩、こっちに来てくださいよっ!OLの話を聞きたいっす!」


「うぁお!OL、俺たちの知らない世界ですなっ!」


「オフィスラブと書いてOLですなっ!」


「上司と部下の危険な残業ですな!」


 綱引きの掛け声をアレンジして、オーエル、オーエルと先輩に向かって叫んでいる。

 M大の女子部員の目が冷たいのに、絶対気付いてない。


「諸君がそんなに目を輝かせるほどの話はないがな。しかし期待に答えるのが社会人たる俺の務め。作り話も混ぜて、OL夢物語でも…」

 

 隣にいた先輩が立ち上がりかけたのを、慌てて腕を引いて引き止める。


 肩を脱臼させる危険がある力加減だったので、先輩はおわっ!と叫んで元の席に尻餅をついた。


「先輩の席はここですっ!」


 私の左隣からM大の女子部員が並んでいる。私の右に有岡先輩を誘導したのは、M大とK大の境だからだ。

 

 境なので少し空間がある。

 片桐さんが来たら、その間を上手く利用して、隣に誘導する算段だった。

 

 先輩に移動されうちのメンバーで固まられたら、片桐さんが話しかけづらくなってしまう。


「野田、今のは新しい関節技か?中々効いたぞ」


「今のはただの力技です!」


「誰だって分かるわーっ!先輩の嫌味を受け流すなっー」


 先輩は米好きなので、予め集めておいた。

 先輩の好きな日本酒も揃えた。何故かあった雷おこしも確保し、ふ菓子も買って、お米尽くしにした。


「何だよっ、野田。邪魔すんな、憧れのOLについて聞ける貴重な機会をっ!」

 

 片桐さんとの事情を言うわけにもいかないので、メンバーのブーイングは無視。


「どうした?野田」


 先輩の問いかけを笑って誤魔化す。

 

 私が先輩の左腕を確保したまま離さないので、諦めたメンバーは自らが移動してきた。


「給湯室で噂話をするきれいなお姉さんは、たくさんいますか?」


「情報交換の場ではあるようだ。ただ容姿についてはノーコメントとしよう」


「OLの制服って俺、激しく好きですっ!どんな子が着てようと激しく萌えますっ」


「拘りが一貫していて潔し。ただそれを女子に言えばドン引きされる恐れがあるので、気をつけたまえ」


 うちのメンバーだけじゃなく、M大も混じって聞いている。

 

 ちらっと伺うと、程よく酔った先輩は上機嫌。

 良いタイミングなのに、片桐さんが来ない。


「あのさ、片桐さんって…」

 

 M大の女子部員に片桐さんが何をしているのか聞こうと声をかける。

 すぐ隣の女の子は顔が真っ赤で目が据わっていた。


「だっ!大丈夫!?」


 飲みすぎだ。

 ウーロン茶のペットボトルを取り、空いているコップに注ぐ。


「何なんですかっ!あの子、思わせぶりな言動が多すぎですっ」


「何が?誰が?ともかくウーロン茶を」


「ごめんなさいっ、酔うと怒り上戸になる子なの」


 頭がぐらぐらして危ない。

 テーブルに突っ込んだら大惨事だ。


 M大の女子部員と協力して、惨事を回避。


「ああ言う子って本当、嫌いなんですよっ!しつこく連絡されて困ってる、でも雰囲気悪くしたくないから傍にいてとかロッパ君に言ってたけどっあんたがっ、気を持たせたっつーの」


「うぉおあぁぁ、落ち着いてっ…ロッパ君?って…うぁっ、こっ零れるっ!零れたっ」


「ごめんなさいっ、野田さんも濡れたっ」


 ウーロン茶を持った手を揺さ振られ、テーブルが水浸しになる。

 その子の肩を押さえテーブルにぶつけないよう気をつけていたが、ウーロン茶までは死守できなかった。

 

 布巾を取ってこようと入口に向かうと、丁度片桐さんが部屋に入ってきた。

 部屋を見渡し、先輩の場所を確認している。


 顔を上げた先輩と片桐さんの視線が真っ直ぐにぶつかった。


挿絵(By みてみん)

yucco様から頂きました。


公開しても良いと言われ、感激の極みです。

クオリティの高さにびっくり!

 


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