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夏合宿 4

 

 次の日の夕方、予定通り先輩が到着した。

 仕事でトラブルがあれば行けない可能性もある、期待せず待っていてくれたまえとか言っていたので、一安心だ。

 

 私はちょうどその頃、夕食作りをしていた。

 合宿中の夕飯は、当番制で作っている。

 

 今日のメニューはカレー。

 

 カレーくらい作れるかな~と思って、調理開始。

 30分後、キッチンから強制連行。

 

 到着直後の有岡先輩に事情聴取を受ける。


「一昨年のカレーだと思って食べたら、ホワイトシチュー事件に引き続き今回のカレー爆破事件。更生の兆しありと報告を受けていたのに、再犯とは…動機について詳しく聞かせてもらおうか」


 食堂の椅子に座って足を組んだ先輩に、びっくりして俺らの心臓転がったっ!と一緒に夕飯を担当していたメンバーが訴える。


「マジびびったしっ!俺、一昨年も野田と組んだっ!シチューってコトコト煮るもんなのに、野田はゴットゴトやってた!俺、なんでまた野田と組んじゃったんだろうっ」


「カレーが空飛んだぞっ、料理の最先端行き過ぎだっ!」


「諸君らは少し落ち着け。まずは野田の動機を聞こうじゃないか」


 先輩は左手をあげてメンバーを制しながら、右手で私の顔を擦った。

 カレーがついていたらしい。


「動機って言うか…野菜炒めて、肉炒めて、ルーを入れて、仕上げで炎上しました」


 料理の腕前は前よりも少し向上したと思っている。事実、カレーも途中までは順調だったのだ。

 何が起こったんだろう。私も聞きたい。


「去年のバーベキューといい、炎上させすぎだろっ!お前は不適切な発言を繰り返すブログかっ!」


 上手いなと感心したけど、ギャーギャー言ってるメンバーには逆効果なので、黙って俯く。

 

「仕上げについて申し開きはあるか?あるなら言いたまえ」


「ありません。すみませんでした」

 

 ここは素直に謝る。


「殺すつもりはなかった。しかし気が付けば、ジャガイモたちは死んでいたと言うんだな?」


「まだ使えるかも」


「現場からの報告っす。野菜、肉を確認したところ比較的軽傷っす。共に死亡には至っておりませんっ、現在、自炊メンバーと木下さんが治療を試みておりまっす」


 警察官に取り調べされる殺人未遂の容疑者ゴッコが始まる。

 普段はアホらしいのでスルーしているけど、今回は己に非があるので、テンション低めに付き合う。


「殺意はなかった。それを認め、釈放しよう」 


 前回のシチューが致死レベルだったので、今回のちょっと鍋と中身焦がしたくらいまぁ、良いかとメンバーの許容量が広くなった。

 

「それでどうだ?ベーリング海まで泳げるようになったか?」


「あとちょっとで浮きそうです」


「まだそこにいたのか」


 先輩が呆れたように肩を竦めたが、私にしては快挙だ。

 根気強く教えてくれたミシェルには、深く感謝している。


「しかし昨日が海で良かったな」


 今日は生憎の大雨。

 花火も肝試しも出来ずに、メンバーのテンションは地を這っている。

 

 花火も肝試しも色々と計画を立てていたらしい。

 手持ち花火でハートを描く、線香花火の玉を木下さんと連結させる、花火の火を木下さんから貰うなど、箇条書きされた紙をこっそり回された。

 

 喧嘩になるから1個ずつだと念押しされたが、私にまで回す必要はないと思う。

 結局、その綿密なプランも雨で無意味なものになったが。


 雨なので、夕食後は自由時間になった。

 各々好きに満喫している。


「おーい、野田。お前、今日も将棋やる?やるんなら卓球のラケット借りに行くついでに持ってきてやるよ」


「あーやる」


 メンバーの言葉に頷いて、持ってきてくれるように頼む。


「将棋?」


「談話室にオセロとか囲碁とかそういうセットがあって貸し出してくれるんです。昨日将棋を初めてやったんですが、面白かったです」


 最初の方はルールが良く分からなかったが、何度かするうちに分かってきた。

 先輩が将棋をやったことがないと言うので、昨日覚えた知識をここぞとばかりにひけらかす。


「有岡先輩、野田の言うこと信じちゃ駄目っ絶対。野田は将棋のルール分かってねぇ」


「いや、もう大丈夫。ルールは把握した」


「堂々と嘘つくな」


「本当だって。ルールブックも読んだし。ミシェルに教えることも出来たし」


 ね?とミシェルに同意を求めると、頷いてくれた。

 最初の方は駒の動きが色々混じって、ルール違反ばかりしていたけど数をこなすうちに何となく分かってきた。


「ほう。ならば俺も教えてもらおうか」


「俺が野田に教えてやったけど、将棋ルール覚えた、えっへんと言うのは大嘘。逃げ場がなくなったら上に行くとか空中戦にされたし!」


「それは駄目だって分かってやった」


 あまりにもあっさり負けたので、悔しくてやっただけだ。

 将棋の駒を並べていると、ミシェルが横に座った。


「僕も混ぜて下さい。日本伝統の遊戯、奥が深いです」


「いーよ。じゃ、ミシェルが先輩と対戦する?」


「ルール覚えるために俺は観戦から始める。ミシェルと野田がやってくれ」


 先輩がこっち来いと手招きする。

 場所を移動してミシェルと向き合う。将棋歴1日である私とミシェルは低レベルの同レベル。

 

 他のメンバーは強すぎるので、ミシェルと対戦するのが1番楽しい。


「野田さん、すみません。M大の方から明日の練習試合について確認したい事があると電話が来てるんですけど…」


 木下さんが申し訳なさそうに、携帯電話を差し出してくる。

 木下さんは合宿の参加や空手に関して素人なので、分からない場合は私がフォローしている。


「先輩、代わりに打っといて下さい」


「良し。俺に任せろ。お前の王将は失われたも同然だ!」


 偉そうな敗北宣言を聞きつつ、携帯を受け取って、廊下に出る。

 保留ボタンを押し、通話を再開させる。


「でさ、どう?明日懇親会を抜け出して2人で…」


「もしもし?」


「……あぁ?木下さんを出せよっ!お前だれ……いてぇぇ」


 出た途端、分からない会話にノイズ。

 向こうで何やら口論している。


「…………?」


「もしもし」


「その声…片桐さんですか?」


「野田か。うちの部員が失礼した。そちらのマネージャーの携帯番号を聞いて、個人的な用件で使用したようだな」


 なるほど。

 一体何かと思った。


「練習試合で確認したいことと言うのは?」


「俺が知ってる限り問題や不備は起こっていない」


 明日の練習試合を円滑に行うための連絡手段として、木下さんは自分の携帯番号をM大のメンバーに教えたようだ。

 それを不正使用したらしい。


 片桐さんはきつく言っておくと改めて謝罪してくれた。

 

「ところで、有岡は来たか?」

 

 ミシェルと将棋を打っている先輩に、こっそり視線を向ける。


「来ましたよ。明日、頑張って下さい」


「…あぁ」


 短いながらも強い返事に片桐さんの決意を感じたが、片桐さんは口下手で、誤解を招くような行動をする人だと、次の日改めて思い知った。 



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