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夏合宿 3

「何故このような場所にいる?」


「私がバタ足すると、噴水みたいな水飛沫があがるので迷惑だ、人気のないところでやれと言われたから、穴場を探したんですよ」


 責める口調で言われ、事情を話す。


「それで?探してたとは?何かありましたか?」


 明後日の練習試合で問題が起きたのだろうか?

 それとも現在進行形でメンバーに問題が起き、見かねた片桐さんが私たちを呼びに来たのだろうか。


「有岡は明日、来るのだろう?」


「何事もなければその予定です」


「新しいマネージャーは有岡の彼女なのだろうか?」


「へ?…違いますけど…」


 ミシェルがいるのに、答え辛い質問をされた。先輩の彼女ではないけど、ミシェルの彼女ではあった。

 

 ちらっとミシェルの方も見ると、ちょっとむっとした顔をしている。

 私の視線に気付くと、表情を和らげて浮き輪を渡してくれた。

 

 浮き輪の真ん中に入ると、ミシェルは流されないようにぐっと浮き輪の端を掴んだ。

 安心して足を離し、ぷかぷかと浮く。


「そうか、違うのか…」


 意気消沈したような様子に


「何でそんなこと聞くんですか?」


 至極当然の疑問をぶつける。

 木下さんに好意があるなら、先輩と付き合ってないと聞けば嬉しいはずだし、気落ちする理由が分からない。


「有岡と恋愛話でもしようかと」


「はい?何ですか?それ」


 先輩と片桐さんは仲が悪いと聞いている。

 どういう意図で恋愛話をしたいのか、全く分からない。


「少し長くなるが、良いか?俺と有岡が仲違いした話から始まる」


「むしろそれは聞きたいです」


 片桐さんが淡々と事情を語りだした。


 子供の頃、有岡先輩と片桐さんは、親友と呼べるくらい仲が良かった。

 饒舌な先輩に、寡黙な片桐さん、タイプは違えど、静と動という組み合わせで良いコンビだったそうだ。

 

 その関係は、片桐さんが有岡先輩に好きな子の話をしたのがきっかけで壊れた。


「俺が好きになった子は、空手の大会で見かけた子で、ゆみみんと呼ばれていた。特別可愛いわけではないが、愛嬌があって親しみやすい子だった」


 先輩に相談しちゃったのか。

 それ大きな間違いを犯していると思う。


「俺は有岡たちにゆみみんを好きになったことを話した。有岡は『片桐の恋・応援団』というものを作り、自ら団長をしてくれた」


 それは中学生の話らしい。

 先輩変わってないなぁと別のところで感心した。


「有岡はゆみみんの好みのタイプという有力情報を仕入れてきてくれた。ゆみみんはミステリアスな人が好きと答えたらしい。有岡を初めとする友人たちは俺をミステリアスな男にするため、協力を惜しまなかった」


 ミステリアスな男になるってどうすれば良いんだろう。

 先輩の協力に一抹の不安を抱く。


「野田はミステリアスな男とはどんな男を想像する?」


「へ?えー…影があって…寡黙でどっか他人に壁を作ってる感じの人でしょうか?」


 言葉に表すのは難しいけど、一言で言えば謎がある人だ。


「あの頃俺たちは中学生だった。中学生の俺たちはミステリアスな男を人とは違う能力を持った凄い男と解釈した。有岡が霊が見えるということにしたらどうだ?と言い出した。霊感がある少年、確かにミステリアスと俺は納得した」


「あぁ、確かにミステリアスですね」


 私も納得する。

 ミシェルはそうでしょうか?と首を捻っていた。


「友人の協力もあって、俺はゆみみんと知り合いになれた。有岡はタイミングを見計らって、気持ちを伝えれば完璧だと言った。俺はゆみみんの近くでは常に霊が見えるように装い、宙に向かって1人で話していた。服は黒ばかりのバリエーションで。…今ならそれが、愚かだったと分かる」


 片桐さんは深々と溜め息を吐いた。

 霊との会話と言っても、口数が少ない片桐さんは、「やぁ」とか「じゃあ」とか短い挨拶のみだった。

 長々語る演技をするよりも、短いやり取りのほうが真実味を帯びる気がする。


「告白しようと近寄った俺に、ゆみみんは気持ち悪っ!と逃げていった。その言葉は、俺の心に深く突き刺さった」


 淡々と語られるので、ふんふんと聞いていたけど、アプローチの仕方間違ってると思う。


「いや、俺がふられた理由を有岡たちのせいにするわけではない。元より俺が相談し、友は必死に協力してくれた。余計なことをして悪かったと有岡は謝ってきたが、そんな必要はない。こうしたらどうだ?と言う案を、良いと判断し、実行したのは俺だ」

 

 前に片桐さんと仲が悪い原因を聞いた時、先輩は良かれと思ったが、結果が裏目に出たと苦笑いしていた。

 先輩は本気で片桐さんを思って協力したらしい。

 

 何でその方法を良かれと思ったんだろう。

 中学生男子の思考回路を推察するのは、成人した私には難しすぎる。

 

「有岡は良き友で良き敵だ。そうありたいと思うのに、その日からしばらく俺の心の中にしこりが出来てしまった。好きな女の子に顔を歪められて気持ち悪っと言われたこと、有岡たちを見ると思い出してしまうのだ」


「トラウマになっちゃったんですね」


 ふんふんと頷く。

 片桐さんは硬派で落ち着いているので、そのまま告白した方が成功していたのではないかと思う。

 

 先輩は気まずくなった仲を元に戻そうと遊びの誘いを持ちかけてきたそうだ。

 立ち直って来た片桐さんもそれに応じ、先輩とまた遠慮ない友達に戻ろうとした。


「そこで、空手仲間の1人から有岡がゆみみんに告白されたことを聞いた。俺が有岡に聞いていると思って話したらしいが、俺は初耳だった」


 有岡先輩は、口下手でシャイな片桐さんのためにゆみみんと友だちになり、片桐さんに紹介した。それは結果的に、ゆみみんが先輩を好きになるきっかけを作ってしまったそうだ。


「楽しいはずの企画も気まずいまま終わり、俺と有岡は仲違いしたままだ。ギクシャクとした空気が、仲が悪いと思われて回りに影響を及ぼすとは思わなかった。有岡は、未だに俺が怒っていると思っているようだ」


 片桐さんはもうゆみみんのことは気にしていないらしい。

 何とか有岡先輩と仲直りしたいようだが、口数が少なくシャイな片桐さんは上手くできなかった。


 空手と言うつながりだけなので、大きな大会がある時しか会う機会はなかった。


「今回の合宿に有岡が来ると聞いて、今度こそはと思った。あのマネージャーが有岡の彼女なら、それを会話の取っ掛かりに話しかけようとした。恋愛話は古今東西盛り上がると決まっている」


 片桐さんは明るく恋愛話を振って、もう気にしていないと伝えようと思ったらしい。木下さんが彼女なら、可愛い子じゃないか!と言うノリで。


「うーん…何と言いますか…ちょっと回りくどいんじゃないでしょうか?」


 ゆみみんの時もそうだけど、片桐さんは気持ちを伝えるのにワンクッション置いている。こういうのは率直に伝えた方がいいのではないかと思う。


「ゆみみんのことは気にしてないって言った方が早いんじゃないですか?」


「ゆみみんの話は持ち出さず、タブー扱いとなっていた恋愛話を持ち出すことでそう伝えようと思ったのだが」


「いや、ダイレクトに言った方が良いですって。特にまだ先輩が気にしてる可能性があるなら尚更です」


「そうだろうか」


「そうですよ」


 何度も頷くと、片桐さんは考えるように黙り込んだ。


「有岡が社会人になって、会う機会がぐっと減った。俺も社会人になれば、もっと疎遠になるだろう。俺は有岡と生涯の友でライバルでいたいと思う。そのためにはこの機会を逃してはならない」


 時間をとって悪かったと片桐さんは模範的な礼をして去って行った。

 

 片桐さんは良く有岡先輩を睨んでいるとメンバーが言ってたけど、それは話しかけるタイミングを見計らっていただけのようだ。

 お互い距離を探るようなぴりっとした雰囲気は、単純なメンバーに仲が悪いんだと誤解させた。

 

 仲直りしたくてあんな風になるなんて男同士の友情って難しい。

 明後日の懇親会で上手く仲直りできれば良いなと思った。



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