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夏合宿 1

 夏季休暇に入って間もない8月初旬。


「おーい!野田、こっち来いよ~UNOリベンジ戦だっ!」


「リベンジったって私たち全員負け組じゃん」


 伊豆に向かう電車の指定席で、メンバーが無駄にはしゃぐ。


 空手サークルの夏の合宿は伊豆に決まった。

 全員電車で行く予定だったけど、名ばかりの顧問が車を出してくれることになった。現地で買出しなど車があれば便利だ。

 

 普通乗用車なので、あと4人乗れる。

 

 車の乗車権をかけて、UNOで勝負をした。

 

 木下さんがトップで上がってから勝負は白熱。

 顧問の車で楽に行く権利は、木下さんとドライブデート権にメンバーの中で変化。


「ウノッ!」


「ノォォォォッ!!!!!」


「ドローフォっ!」


「フォォォォッ!!!!!」


 あんな鬼気迫るUNO初めてやった。

 あまりの勢いに集中できずに、最下位。

 カードはよれよれにひしゃげて、2度と使えなくなった。

 

 ここにいるメンバーはつまり、負け組だ。


「狭霧さん、荷物渡してください」


 ミシェルが私の荷物を受け取り、荷台に乗せてくれた。


「野田、お前相変わらず荷物少ねぇな!ちゃんと浮き輪持ってきたか?」


「持ってきたよっ!」


 鞄の半分は浮き輪が占めている。

 ミシェルが不思議そうに首を捻った。


「狭霧さん、浮き輪必要なんですか?」


「……………………」


「そっかーミシェルは夏の合宿初参加だもんなっ!すげぇの、野田のかなづちレベル。ありゃハンマーだな」


「今年こそは泳げるようにする」


「狭霧さんスポーツ万能なのに?」


 自分で言うのも何だが、スポーツは得意な方だ。

 ただ唯一苦手なのが、水泳。


 体が浮かない、息継ぎが出来ない、バタ足をしても前に進まない、そもそも目が開けられない。


「野田さぁ、かなづちのくせに競泳水着で来たんだぜ。どんなすげぇ泳ぎするんだよって期待して見てたら、浅いところで顔をつける練習ずーっとしてんのっ」


 競泳水着はちーちゃんに呆れられたので、新しいのを買いに行った。

 フード付きのマッチ棒みたいな水着がちょっと気になったけど、ちーちゃんが猛反対。

 

 結局ちーちゃんに勧められたものを買った。


「去年、野田に泳ぎ教えてやったんだけど、これほど見込みない奴初めて。まず浮くことからって思って、体の力抜く練習したのに、足に重石付けてるみたいに沈んでいった」

 

 力を抜けば誰でも浮く、思いっきり息を吸い込めって言われて、その通りにしたのに気付いたら海底にいた。


「ビート板でのバタ足も駄目。巨大な水生生物がいるのかと思うほど、水飛沫上がってんのにぜんっぜん前に進まないの。何なのあれ?」


「だよな~野田の脚力ならジェットみたいに進んで良いはずなのに、意味が分からん」


「ふざけてんのかと思ったら、見たこともないくらい必死な顔っ!仕方ねぇから手を引きながらバタ足の練習したんだけど、釣り上げた魚みたいな感じで、すぐに手から離れんの、そんで沈没」


 それから暫くメンバーは私が怒ると海に逃げるぞっ!というのが合言葉になった。もっとも大学近くに海はないので無駄な抵抗だ。


「そうなんですか。それなら今年は僕が教えますね。僕、泳ぎ得意ですよ」


 ミシェルがにっこり笑って、そう言ってくれた。

 でも初めての合宿の自由時間を潰させるのは悪い気がする。


「そだなっ!野田はミシェルに教われっ!」


「んだっ!んだっ!それは良いっそうしよう!はいっ決定」


「と言うわけで木下さんは俺に任せろっ」


「いや、俺だっ!俺に任せろ。海のアルマジロと呼ばれる俺が、木下さんに泳ぎを教えつつ、海中デートするっ」


 海のアルマジロって何だろう。


「木下さんは人魚だから、泳ぎを教えるのは必要ないかもしれないぞっ!」


「んじゃ浜辺デートっ!」


「それはあれかっ!?つかまえてごらんなさーい、待てよ、あははー、うふふーの波打ち際のイベントかっ!?」


「俺、それ1人でしかやったことねぇーよっ!やりたいっ」


「1人でやってんの?お前、公的な機関に捕まるぞ。知り合いでも見てて怖ぇよ」


 ぎゃーぎゃー騒ぐメンバーは、他の乗客に迷惑なので黙らせる。

 窓際に座るとミシェルが隣に座り、合宿のしおりを差し出した。


「僕、今まで出たことがないので、合宿の流れが分かりません。教えてもらっても良いですか?」


「あーそっか。良いよ」

 

 しおりは日にちと場所だけ変えて、毎年使いまわしだ。

 詳しい説明もないので、初めてのミシェルには分かりづらいだろう。


「1日目、今日は移動のみかな。着いたら荷物片付けて、ミーティング。ミーティングって言ってもセミナーハウスの使用の注意点とか。お風呂は何時までとか喫煙所とかそういう基本的なこと。2日目の午前中は稽古、昼食後は合同練習」


 一区切りつけて声を潜める。


「合同練習はM大の空手部とやるんだけど、うちとM大って仲悪いんだよね。きっかけは些細な口喧嘩だったんだけど、M大の主将が有岡先輩と長年のライバルでそのせいで状況悪化したんだ」


 2人の仲の悪さが下に影響したのか、それとも全体的に相容れない関係なのか、寄れば喧嘩、離れれば悪口と犬猿の仲だ。

 私がサークルに入る前に起こったことなので、私も人聞きだ。

 

 そのM大との練習試合を顧問が取り付けてきた。

 

 M大も伊豆を合宿場所に選んだそうで、それならばと日程を合わせ練習試合をすることにしたらしい。

 生徒とは違い、顧問の仲は良好のようだ。


「3日目は午前中、稽古。午後自主練習。自主練って言っても自由時間みたいなものだから、海で遊んでる。夕食後は飲み会という名のどんちゃん騒ぎ」

 

 ただここでの飲みは普段よりも大人しい。

 海で遊んだ疲れが出て、脱落者が続出するからだ。


「4日目は午前と午後、稽古。夕飯を早めに済ませて、夜は花火か肝試ししてる。多分夕方くらいに有岡先輩来るんじゃないかな?仕事の関係があるから前後するかもしれないけど」


 社会人は大変だなとしみじみ思うけど、来年はわが身だ。


「5日目は午前と午後、M大と練習試合。夜にM大と懇親会があるけど、昼間の悪影響で中止になる可能性が大。決行されても喧嘩して中断の可能性大」


 やらなきゃ良いのに…と思うイベントだ。


「6日目は朝食後、ミーティングしたら解散。こんな感じの日程かな」


 掻い摘んで説明。

 うちはお遊びサークルに近いので、遊びがメインの気もする。


 セミナーハウスに付くと、車で来たメンバーは既に到着していた。

 木下さんの夏のお嬢さんっぽい格好にメンバーは疲れもすっ飛んだようで、テンションマックス。


 いつものノリで5泊6日の伊豆の夏合宿が始まった。


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