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捜査終了

「ではこれより、第3.5回ショコラさんたちのクッキー試食会を始める!」


 むさ苦しく空手サークルのメンバーが、クッキーを中心に輪を作っている。

 私は彼らが集まる前に積まれたクッキーの袋から一枚ずつ取っておいた。あの輪の中には入りたくない。


「総指揮官、3回じゃないんですか?その0.5は何すか?」


「俺が1人で食べた」


 私は今回が初参加だ。クッキーが大量に届けられているのは知っていたが、それに関しては距離を置いていた。

 再三の呼び出しを無視していると、有岡先輩からしつこい着信。


「これ以上任意呼び出しに応じない場合、副指揮官の任を剥奪した上、本部に取りおいている貴殿の教科書を、練習後の空手衣数十枚で包み込む事とする」


 更には、こんな不幸なメールまで来た。


 副指揮官の任云々はどうでも良いが、その後は頂けない。

 練習後の空手衣は汗でびちょびちょで、ものすっごく臭い。


 そんなもので教科書を包み込まれたら、ひとたまりもない。

 よれっとなってくさっとなる。

 

 大学の教科書は高い。高額だ。

 それを質に取られた私は、しぶしぶと部室に向かうしかなかった。


「あ、これいける!」


「うぉっ!にげぇよっこれ。ココアだと思ったらめちゃ焦げてる。おーい、野田副指揮官、これやるよ」


 わっさーとクッキーに群がるメンバーを見ながら、クッキーを試食。明らかに不味そうなのと生焼けなのは取らないで残しておいた。

 空手サークルのメンバーは胃が丈夫なので、多少訳ありでも問題ない。


「いらないし」


「何でだよ!このこげ具合、形の悪さ、ラッピングの趣味の悪さ、そんなものでも差し入れをするずうずうしさ、お前のソウルメイトが作ったんだろ」


 尚も焦げ付いたクッキーを押し付けるメンバーを蹴り飛ばす。

 うぉぉっとクッキーがある場所に倒れこんだそいつは、他のメンバーから不味そうなクッキーを口に押し込まれる刑を受けていた。

 良い気味だ。


「有岡先輩食べないんですか?」


「総指揮官と呼べ。実はな……もうクッキー飽きた」


「1人で食べるからですよ」


 ペットボトルのお茶で口の中を洗いながら、次のクッキーに移る。

 スイーツに関しては舌が肥えている私には、どれもいまいちだった。


「諸君、この中でどれが一番美味いクッキーだと思う?」


 有岡先輩が輪を上から覗き込んで問いかけると、メンバーは揃って同じクッキーを指差した。

 どれどれっとクッキーを摘む。


 ハートの形にくり抜いてるクッキーは、ホワイトのチョコと、ストロベリーチョコでコーティングされている。

 その上からチョコペンでハートを書いて、アラザンで飾り付けまでしてある。

 

 クッキーの可愛さからいえば、この中で一番だ。


「お!美味い、野田はどうだ?」


「美味しいですけど、多分これ…」


「総指揮官!差出人は、木下優衣さんですよ!あのっ」


 カードを読んで興奮するメンバーたち。

 おぉぉー!と叫んで部内の室温が上がる。


「何だと!木下優衣だと!………って一体誰だ?」


「去年のミスK大ですよ!」


「俺、見たことあるよ~めちゃまぶい」


「お前…まぶいってめちゃめちゃ死語だな。でも確かに木下さんはマンモス可愛い」


 写真ないのか写真、と有岡先輩が言うと数人がパスケースを取り出した。

 収められているその写真。


「うぉ!これは予想以上のかわゆさ…………諸君!諸君らの努力が実り、早期解決に繋がった。ミシェル=フランソワ、別名スイーツ王子のショコラさんは、ミスK大の木下優衣さんと判明。大至急その旨、王子に連絡すべし」


 全員が携帯を取り出し、ミシェルにメール。

 誰か1人で良いと思うんだけど。


「ミシェルいないのに勝手に決めちゃって良いんですか…?」


 本日、肝心のミシェルは不在。

 当然の正論を言ってみたけど、誰も聞いてない。


「うがー事件解決は嬉しいけど、王子ずりーよ!」


「ちくしょうっ!羨ましす…っ!」


「もてない君たちの気持ちは分かる!だが、これも運命だ。ミシェルはショコラさんと出会うのをずっと待っていた」


「もて男の有岡先輩に俺らの気持ちが分かるもんかーっ!」


 やけになったメンバーが玄武岩のようなクッキーを投げる。

 すこーんと良い音がした。


 有岡先輩は、小麦粉をふるいにかけずに焼いた花崗岩のようなクッキーを投げ返す。


 食べ物を粗末にするな!と言いながら2人を止める私に安山岩のようなクッキーが飛んできた。


「野田にはこれが食いもんに見えんのかっ!?」


「お前も女子にもててるもんな!へっ!俺らモサ男の気持ちが分かるはずねぇ!」


「王子フェイスのミシェル、ワイルドな童顔の有岡、中性的でジャニ系の野田。この3人は俺らの仲間じゃないかんな」


「マジふざけんな」

 

 なんで女の子にもてて、僻まれなきゃいけないんだ。

 去年のバレンタイン、私が獲得数三位だったの未だに根に持ってんの?


「ともかく、ショコラさんは木下優衣さんと判明したわけだ。ミシェルが来たら、クッキーを渡せ」


「もうないでーす!」


「空の袋だけ渡します」


「お前ら…まぁ良い。じゃ、次はミシェルの告白と、その結果を新聞とネットに掲載だな」


「了解しました~」


 ショコラさん、満場一致で決定。

 ミシェル、クッキー食べていないまま決定。


「おい、野田。ミシェルが木下さんと会うときの仲介を頼むぞ。お前が行くほうが警戒されない。あいつらが行くよりもな」


 木下さんと話す機会とばかりに、誰が木下さんにアクセスを取るか揉めている。

 ドタンバタンと掴み合って、食べ散らかしたクッキーが粉になっている。

 いつか絶対虫が湧く。 


「付き合ってられない」


 あのクッキーは多分、冷凍クッキーシートで作ったと思う。型でくり抜いて、焼けば出来上がりのもの。

 誰が作っても上手に出来る。それこそ小学生でも。


 うーん、ちょっと姑息だなと思ったが、黙秘する事に決めた。

  

 

 


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