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複雑な事情

 

「去年は海だったから、今年は山にする?」


「いやいや今年の合宿も海っしょ!バーベキューしようぜー」


「はっ?お前、去年の悲劇を忘れたのかっ!?野田がバーベキュー道具で、キャンプファイヤーしてたことっ」


「忘れられるかよ。青い海、青い俺たち。その時の野田の言い訳、肉は良く焼くべきだ」


 中々火が点かなくて、着火燃料放り込んだら炎上した。

 材料をおく前だったから、燃料とメンバーの心拍数以外被害はなかった。


「そっちだってさ、焼肉のたれ忘れて、味がないから海水蒸発させて塩作ろうぜ!とかバカなことやってたじゃん」


 負けじと言い返す。

 お互いの過去の失態を言い合った結果、バーベキューは却下となった。


「うーん、有岡先輩たちも来るから関東圏内だろ」


「候補としては千葉とか?」


「鎌倉はどうでしょうか?」


「お!ミシェルも日本の侘び寂びを理解するようになったかっ」


「場所も大事だけど、イベントも大事だろっ!花火しちゃう?肝試ししちゃう?木下さんとデートしちゃう?」


「しちゃうーっ!!」


「真面目に話し合え」


 空手サークルの合宿の場所と日にち、1日の流れなどを部室で計画している時だった。


「経済学部経済学科、学籍番号928の水原英一さん。水原英一さん。1階学生課窓口までお越し下さい。繰り返します」


 学内放送で、水原の名前が呼ばれた。

 水原は今日履修している講義はあるが、出席していない。

 

 スイーツ博覧会のために大阪まで行っている。

 帰ってくるのは明後日だ。

 

 何で呼び出されているんだろう?と思いながらも、まぁいいかとそのままスルーした。

 その放送を大して気にしてなかったけど、翌日も同じ時刻に流れた。


「経済学部経済学科、学籍番号928の水原英一さん。水原英一さん。ご家族の方がお待ちですので、1階学生課窓口までお越し下さい。繰り返します」


「ご家族の方~っ!?」


「うわっ!何だよ、野田。いきなり吼えるなよ。目が覚めただろっ!」


「合宿の話し合いしてんのに、寝るな」


「狭霧さん、どうしたんですか?」


 ミシェルの質問に何でもないと座り直す。

 話し合いを再開したけど、やっぱり気になる。


「ごめん、ちょっと外す。適当に決めといて」


 部室を出て、1階の学生課窓口に行ってみると明らかに場違いの女性が所在なさそうに立っていた。

 淡い紫の着物をまとった、上品で奥ゆかしい雰囲気の女性は、学生の群れの中で際立って浮いている。


 その女性の顔つきは、どことなく水原に似ている気がする。

 

 いつか水原にちらっと聞いた家族と絶縁しているという言葉を思い出す。

 どういうことなんだろうと、ちらちらと女性を窺い見ていると、視線を感じたのかばっちりと目が合ってしまった。


 どうしよう、どうしようかな?とウロウロ迷ったけど、意を決して女性に近づいた。


「あの…」


「はい」


 じーっと見た後、クルクル旋回した挙動不審な私を、女性は少し怪訝そうに見た。


「あの、水原英一君のお母さまでしょうか?」


「はい、そうです」


 英一のお友達でしょうか?と聞かれて戸惑う。

 友達?友達なのか何と言うか…よく分からないけど、これだけは言わなくてはならない。


「えっと、水原君旅行に行ってます。明日には帰ってくる予定だと思うんですが…」


 いくら呼び出しても水原は学内にいない。

 

「携帯にかけて、連絡を取ったほうが確実だと思います」


 そう言うと、水原のお母さんは少し困った顔をした。

 番号を知らないんだと、今更気付く。


 知っていればそもそも、学校に来て呼び出す必要などない。


「あなたは英一の携帯番号知っているのかしら?」


「えーっと…はい。一応」


 暗号みたいなメールが多いけど。

 最近は何を意味しているのか分かるようになって来た。


「そう……。あの、良ければお茶でも付き合っていただけないかしら。英一のこと聞かせて欲しいの。もし時間があれば…勝手なお願いなのだけど…」


 突然のお茶の誘い。

 ナンパされたことがない私はうろたえたけど、待ちぼうけ状態のお母さんが可哀想で、了承する。

 

 メンバーには今日は戻らない、後は頼んだとメール。

 どうせ今日も話し合いは進まず、遊んで終わりだろう。


 大学の側のカフェで、紅茶とケーキを注文する。

 お誘いしたのだからと支払いを済ませてくれる。


 その隙を見て水原にメール。


【ハハキテル。スグカエレ】


 電報みたいになったけど、これで焦って水原が帰ってくるのが狙い。


「英一は元気かしら」


「はい。元気です」


「英一は卒業したらどうするのかしら」


「就職決まってます」


「どこに決まったのかしら」


「大きな証券会社です」


 何この一問一答。

 物凄く気まずい。

 

 時間が長く感じたので、水原の返信が遅いっ!と思ったけど、10分以内に返ってくるのは、水原にしては早い。

 

 件名、たこ焼きはスイーツ。

 どんなたこ焼きを食べてるんだよと疑問に思いながら本文を開く。

 

 明日の夕方帰ると伝えてくれ、と書いてあった。


「明日の夕方帰って来るそうなので、その時にアパートで待っていた方が良いと思います」


 水原のお母さんは、困ったように小さく首を振った。

 水原のアパートも知らないらしい。


 アパートに行って、連日留守だから学校に来たのかと思っていた。

 アパートも連絡先も知らないって、完全に音信不通の状態だ。


「あのー…えっと…」


 番号教えて良いのかな?アパート教えた方が良い?複雑な家庭環境なんだけど、どうすれば良いの?

 

 スイーツっぽいたこ焼きを食べている水原に電話番号を教えるよ、とメール。

 メモ帳に、電話番号を書いて水原のお母さんに渡す。

 

 水原のお母さんは、ちょっと寂しそうに笑いながらそれを受け取った。



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