スイーツビュッフェ
3月が始まり、就職活動も本格化している。
これまで会社説明会やガイダンス、セミナーを受けてきたけど、これからは本番の採用試験が始まる。
今日は大学が主催する面接対策のセミナーを受けに行った。
幸先悪そうな情報ばかりで、気が滅入る。
同じくセミナーに参加していた空手サークルメンバーとトボトボと部室へ向かう。
「はぁ…わかっちゃーいたけど就職難だな、今年も」
「だねぇ…。就職氷河期は未だ継続中と言うか悪くなってるね」
はぁぁぁっと溜め息を吐く私たちに、木下さんがお茶を入れてくれる。
ついでにお菓子も置いてくれて、糖分が身に沁みた。
「まぁ、SPYとかはさて置き、面接の対策法は有岡先輩に聞けば?結構良い所に決まったんだろ」
卒業ぎりぎりの単位でありながら、先輩は上場会社の営業職に採用が決まった。
何だかんだで世渡りが上手い。
「SPIだよ。ってか就職活動してないけど平気なの?」
「俺には決められた未来があるからなっ!就職活動必要ないっ」
「へ?どっかの御曹司とか?」
「ここだけの話、ずっと前から留年が決定してるんだ。驚くなかれ、俺の単位1年生からほぼ増えてない」
だから今年は就職活動をしないと堂々とした問題発言。
その単位の取得数では、卒業まであと2年は必要だ。
「就職かぁ~」
進路は悩む。
自分が何をしたいのか、いまいち不透明な私は、どの職種を受けるかも定かではない。
明確な進路を決めないとまずいと焦りながら、どういうものが自分に適しているか未だに良く分かってない。
ともかく少しでも興味ある会社の説明会に行って、エントリー。
はぁっとお茶を置くと、机の隅に部室に似つかわしくない雑誌が置いてあった。
「最近大学の側に出来たショッピングモールが、それに載ってるんです」
雑誌は木下さんのものらしい。
許可を取って中を見ると、ショッピングモールの店舗紹介がずらっと並んでいた。
「良ければどうぞ。もう読み終わったものなので」
大学の側のお店の紹介も載っていて、ちょっと面白い。
ありがたく雑誌を借りることにする。
大学を出て、そのまま水原の家に直行。
気が滅入るセミナーで受けたダメージは、アクティブにお菓子を作って発散したい。
サーターアンダギーを作りたくなったので、それに決定。
生地をピンポン玉くらいの大きさに丸め、160℃の油でゆっくりと揚げる。
上白糖より黒糖の方が沖縄っぽいなぁと味見をしていると、思いっきり視線を感じた。
「配給みたいに待つの止めてくれない?」
揚げ立て大好きな水原が、皿を持って待機していた。
キツネ色に焼きあがったのを、箸でひょいひょいと皿に乗せる。
その先から水原がひょいひょいと食べている。
「テーブルで食べなよ」
きな粉を混ぜてアレンジしたサーターアンダギーも揚げて、私も部屋に移動する。
牛乳たっぷりのカフェオレとサーターアンダギーを楽しみながら、束の間の現実逃避。
就職活動の資料を開かずに、木下さんから借りた雑誌を広げる。
気になったのはショッピングモールの中にある、スイーツビュッフェ。
90分制限、2500円。
スイーツの種類も豊富で、その他のサイドメニューも中々充実している。
しかし就職活動には思ったよりも費用がかかる。
就職活動中はバイトも出来ないし、ここは節約したいところだ。
うーん、でも良いなぁと雑誌を見ていると、横から水原が覗き込んできた。
「行きたいのか?」
「うーん、悩み中」
90分、2500円。
いつも行くビュッフェよりも割高だ。しかし払えない金額ではない。
んーんーと唸りのハミングしながら雑誌を見つめる。
「君、明後日の土曜日は空いているか?」
「明後日?3月9日か、空いてるけど」
スケジュール帳を開いて確認。
その日は白紙だ。
「ならば行くか?俺が奢ってやる」
「へ?急にどうした?…ホワイトデーのお返し?な訳ない」
バレンタインの翌日、水原の家に行くとたくさんのチョコの箱が山積みになっていた。わぁお!血糖値!と思わず声を上げてしまった。
箱からしてハイクォリティなそれらを開けると、どれも中途半端に素敵な中身が残されている。欲しければやると言われたので、ありがたく貰って帰った。
なのでバレンタインデーは相殺している。
「君、誕生日だったろう」
3月4日に、私は21歳になった。
しかし水原に誕生日を教えたことあったかな?と首を捻る。
「前に聞いた。大塩平八郎と同じ誕生日だなと言ったら君は、大塩平八郎って誰だっけ?と聞いてきたぞ」
大塩平八郎って誰だっけ?
私の記憶力がやばい。
「俺もそのビュッフェは気になっていた」
14時でどうだ?と言いながら水原がお店の情報を確認している。
出来たばかりだというのに、口コミが多数あり、高評価でケーキの味も期待できそうだ。
就活で滅入っていた気分が上がってきた。
「時間はそれで良いか?」
「14時で平気。お昼抜けば、たくさん食べられるしね」
時間は無制限ではなく、90分だ。
お腹を減らしていかなくてはならない。
「昼を抜くって君はアホウか。前日の夕飯から抜くんだ」
「お前がバカだ」
90分にどんだけ全力で挑むんだ。
活力の源である朝は食べる。
9日、14時に待ち合わせ場所へ行けば、既に水原が到着していた。
休日だからか、お店は20分待ち。
口コミに書いてあったので、想定内の事態だ。お店のパンフレットを見ながら、食べるケーキを水原と議論。
絶対に外せないのは、焼きたてタルトだ。
「あら、野田さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、いつも以上に可愛い格好をした木下さんが立っていた。