バレンタイン(前編)
正月ボケを治す猶予期間はほとんどなく、1月末から後期試験が始まった。
息絶え絶えになりながら何とか終了。
空き時間をだらだら潰していると、メンバーの1人が大慌てで飛び込んできた。
「おいっ!重大な知らせがあるっ!」
「何だよ?」
どうせ大したことないだろと思いながら、有岡先輩とオセロの続きをする。
「木下さんが今年は義理チョコを渡さないって…」
「「「「何だとーっ!!!」」」」
「さっき、さり気なく探りいれたら、去年義理チョコで誤解させてしまった人がいるので、今年は配らない事にしますって言われたっ!」
木下さんは去年のバレンタイン、お世話になった人たちにチョコを配った。
数十名に同じものを配ったのだから、義理チョコなのは明らか。
それなのにその中の1人が勘違いをしたらしい。
木下さんは自分が好きで、告白のつもりでチョコを渡してきたと思い込んだその人は、しばらく木下さんの彼氏気取りでストーカーのように付き纏った。
ちょっと危険な事件になったそうだ。
「義理チョコがないなんて…。木下さんのチョコ、楽しみにしていたのに何てことだっ!…………これはもう本命チョコを狙うしかないということかっ!」
「そういうことかっ!」
「なるほどっ!義理チョコは渡さなくても、本命は渡すということだなっ!」
「違う、違う」
冷静に突っ込むけど、ヒートアップしたメンバーは止まらない。
「去年はとても悲しいバレンタインとなった。未収穫と言う過去に類をみない不作ぶりっ。いや、野田が塩せんべいを配ったので稲作ぶりっ!」
「バレンタインに稲作!ありえねぇー、何でバレンタインにせんべいなんだっ!?」
「そっちが当日は有り余るチョコで口の中が甘いから、しょっぱいものをくれって言ったんじゃん」
「その場のノリって分かるだろーがっ!マジでせんべい用意すんなよっ!」
「あんな湿っぽいせんべいの音、初めて聞いたぜっ」
「野田だけは元気良くバリッバリッ食ってたけどな」
去年のバレンタインを振り返って落ち込むものの、すぐに立ち直る。
今年こそはのスローガンを抱え、何やらコソコソ話し合ってる。
「去年の二の舞を踏んではならないっ!チョコをゲットする作戦会議だっ!」
「有岡先輩とミシェルと野田のイケメンサントリオは、今回仲間に入れねーから。いないミシェルには後で通告するとして、2人はそこで耳を塞いでオセロでもしてて下さい」
しっしと手を振られ、メンバーは隅で固まって何やら話し合いをしている。
「バレンタインかぁ」
もうそんな時期なんだなと今更気付く。
お菓子が盛り上がるイベントは楽しいんだけど、バレンタインはちょっとトラブルが発生する時があるので、用心が必要だ。
「イベントって気持ちが盛り上がってるから、自分の良いように解釈してしまうんでしょうね~」
木下さんの災難と自分の過去を重ね合わせて、溜め息が出てしまう。
「何だ?野田も木下さんと似たようなことがあったのか?」
「あーはい。昔のことなんですけど」
話し始めようとすると、メンバー全員がこっちに注目している。
何?と視線の意味を問うと、その話聞いてから再開するから早くとせっつかれる。
「本命チョコはお断りしてるんですが、友チョコと間違えて受け取ってトラブルに…」
私がその子の本命チョコを受け取ったので、両思いだと誤解させてしまった。
「…………何言ってんの?お前」
「木下さんの話と違くね?」
「何でよ。チョコのやり取りで誤解させた話だから一緒じゃん」
「いや、ちげぇよ。やっぱり」
文句を言って円に戻るメンバー。
高校時代までと比べ、大学ではそういうトラブルはない。
個人の靴箱やロッカーがないのも、バレンタインには良い環境だ。
高校時代は靴箱に靴を3足くらい押し込み、ロッカーに鍵をかけ、机の中に教科書、隙間にティッシュを詰めておいた。
それでも忍ぶチョコ。
見るからに高いブランドのチョコなのに、差出人の名前が書いてない時が多くて、一体誰からなんだろうと暫くドキドキしていた。
「大学生になってからは、小さなチャック付きの鞄で来るくらいで済んでますけど」
「大きな鞄で来た方が良いんじゃねぇの?どうせまた今年も沢山チョコ貰うんだろーが」
別の話をしているはずのメンバーが、けんか腰で口を挟んでくる。
「口が開いている鞄だと、いつの間にかチョコが入ってるんだよ」
「はいんねぇーよっ普通っ!むかつくっ!もてる奴むかつくっ!」
「うがーっ!本命チョコ貰って悩むとか、断るとか何様なんだーっ!」
「普通に万歳だろっ!本命チョコだったら俺は両足も上げるぞっ!」
メンバーが一斉に激しく文句を言ってくる。
会議に集中しろと言いたい。
「今年こそは俺だって!チョコを貰う」
チョコゲットに熱意を燃やすメンバーの中の1人が
「木下さんが本命チョコしか渡さないというなら、俺も本命チョコしか受け取らない心構えでいる。母ちゃんからの頑張りなさいよチョコも、野田からの義理せんべいも一切絶って、後がない気持ちで木下さんに挑むっ」
止めた方が良いことを言い出した。
拍手喝采、やんややんやとそのメンバーを讃える。
「おー格好良いぞっ!お前がチョコを受け取ろうが、受け取るまいが木下さんにはまぁーったく関係ないことだと思うけど、格好いいぞ!」
「ばかやろうっ!万が一ってことがあるだろうがっ」
「そうだっ!宝くじ1等が当たるくらいの確率、俺たちにもあるっ!俺は義理チョコ大歓迎だけどな」
「俺もー!」
宝くじ1等って現実が見えてるんだが、見えてないんだか、曖昧なラインだ。
当たったらどうしようかなぁ~と想像して楽しむのがメインだから、木下さんの本命チョコを宝くじ1等に例えるのは言いえて妙だけど。
「チョコを貰うモテ男になるための作戦会議しようぜー」
「おーっ!」
「もてる発言集作ろうぜー」
「おーっ!」
有岡先輩が仕切ってないと、まとまりがない。
話が逸れても軌道修正する人がいないので、本題から遠ざかる一方だ。
烏合之衆って四字熟語がぴったり。
「サークルのメンバーは義理チョコなしでいっか」
友チョコが多いので、義理チョコの手配は省きたい。
「野田はチョコ作ったりするのか?」
お菓子作りの趣味は、学園祭で先輩にばれている。
少し距離を縮めて、小声で返す。
「パパたちには作ってますよ」
「ほう!それは是非とも俺も賞味したい。学園祭の時のクッキーは俺好みの味だった」
友チョコは市販だけど、パパやおじいちゃん、おじさんやちーちゃんにあげる分はママと作っている。
ママとお菓子を作るのは頻繁にやるけど、バレンタインは意気込みが違う。
「野田、チョコ」
「分かりましたよ。けど、私が作ったって黙ってて下さいね」
ぎゃいぎゃい騒ぐメンバーを横目で見ながら、今年は何を作ろうかなぁと頭の中でチョコレシピを並べた。