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クリスマス 

 

 クリスマスは幸い天気が良かった。

 寒いけど、雨や雪、雹は降っていない。


 店先でケーキを渡す私としては、この日の天気は死活問題だった。

 

 何せ服が寒い。

 去年、お店で使ったらしいサンタのコスチューム。

 可愛いけど、防寒に適していない。

  

 寒さを除けば、バイトに問題はなかった。

 予約した人だけにケーキを渡し、当日のケーキやイートインの客を中に案内するだけ。予約は代済みが多く、苦手な金額計算も必要なかった。


 途中、レンジさんが来た。

 メガネとマスクをして、大柄なマフィアみたいな外人を連れていた。

 

「寒いのに頑張ってるね」 

 

 私に気付いたレンジさんは、外人に何か英語で説明している。

 何言ってるのか分からなかったけど、アンダースイーツとピスタチオだけ聞き取れた。

 

 地下甘党の関係者なのかもしれない。

 マフィアのボスだと思って、申し訳なかった。


 予約ケーキの受け取りが早く終了し、店内のケーキも早めに完売した。

 20時終了予定だったけど、19時半で終了。

 

 イートインスペースの客引きも早く、これ幸いと店じまいの支度。


 25日にケーキの受け取りをする人は少なく、イブを乗り越えればお店も落ち着く。

 私のバイトは結局1日だけで、それでも丸田さんに何度も礼を言われた。


 いやいやと首を振りつつ、クリスマスケーキとバイト代をゲット。

 マドレーヌのオマケ付き。

 

 ケーキを偏らせないように慎重に持って、水原の家に向かう。


「うわっ!そのケーキすごいっ!?」


 丸田さんのケーキ以外の3つも溢れんばかりの魅力で心が奪われる。


 生チョコのホールケーキはシンプルだけど、グラサージュショコラで艶やかにコーティングされ、高級感が溢れている。

 

 生クリームのホールケーキは大粒で瑞々しいイチゴが山と盛られ、贅沢な仕上がり。

 

 レアチーズの上にフルーツを盛り、その頂点にメレンゲを座布団にしたサンタを鎮座させたフルーツタルトはちょっとシュールでキュート。

 

 大本命の丸田さんのブッシュ・ド・ノエルは切り株に絡みつくツタや、その上に腰掛けるサンタが良い味を出している。

 サンタの横には、チョコの斧。


「このケーキってさ、ストーリ性を感じるよね。サンタがきこりを本業に、プレゼント代を稼いでるって言うのが現代風で面白いと思う」


「ソリを作るために木を切っているんじゃないのか?」


「そういう考えもあるね」

 

 真相は次回会うときに丸田さんに聞いてみよう。

 

「食べていかないのか?」


「うん。パパとママにもあげたいから」


「そうだな。ご両親も喜ぶだろう」

 

 11月無事にフランス・ドイツ旅行へ行ったパパとママには、宿泊費を稼いだ経緯と水原の協力をそれとなく伝えた。

 感極まって泣くママと、それを宥めながら感激を隠せないパパ。

  

 水原君はどういうのが好き?と言う事前調査に、お菓子、それかこびとと答えた。

 私と水原に大量のお土産を買って、帰国したパパとママ。


 日本では手に入れづらいフランスやドイツのお菓子はしばらく水原をご機嫌にしたし、ドイツのメルヘン街道で買ったらしいこびとのマグカップは、その中でも甚くお気に召したようだ。

 

 生まれたばかりの我が子の如く、ぱしゃぱしゃと写真を撮っていた。

 

 それ以来水原は会ったことがないうちのパパとママが好きなのだ。


「相変わらず水原の家、寒いよね」


 そのこびとマグと私のお気に入りマグに紅茶を入れようと、一段冷えたキッチンに移動する。

 

 水原の家にある暖房器具はホットカーペットのみ。

 夏の間活躍していた機器は、クーラーの機能しかついていないらしい。


「そうか?下から吸い上げた熱が体中に行き渡って暖かいと思うが」


「そんな植物の根っこみたいなこと出来ない」


 コートを脱がない私に比べ、軽装の水原は本当にこの温度を適温だと思っているようだ。

 

「ケーキのおまけにキャンドルを貰った。君が欲しければ、持って帰っても良いぞ」


 簡易ラッピングされたクリスマスキャンドルを渡されたけど、家では私も使わない。

 

 せっかくなので、キャンドルに火をつけてみた。

 ゆらゆら揺れる炎を見て、マシュマロの存在を思い出す。


「君、普通キャンドルでマシュマロを焼くか?」


 マシュマロを竹串に刺して、火の上でクルクルと回す。


「焼きマシュマロはそのまま食べても美味しいけど、コーヒーにも合うんだよね。香ばしいカフェモカになる」


「俺にも作ってくれ」

 

 熱いコーヒーを入れて、溶けたマシュマロを投入。

 焼き加減とか、食べ方とか色々楽しみながらマシュマロで遊んでいると結構良い時間になっていた。


 ケーキにドライアイスを詰めて、帰る準備。

 もうパパとママも家に着いているかもしれない。 

 

 ケーキを傾けないように抱えながら、電車に乗り込んで携帯を開く。

 メールが8件。

 

 ほぼ空手サークルのメンバーから。

 絶対酔ってメールを打っている。


【トナカイは軽車両扱いで良いのかな(涙)】


 泣く意味が分からない。

 写真が添付されていたけど、かなりぶれていた。


【メリクリー!木下さんが遠い…でも楽しむ!クリスマスだ死ね】


 クリスマスだしね、と言おうとしただけだと思うので見逃す。

 素面なら許さないけど。


【バイトお疲れ様です。次会うのは年明けですね。どうぞ風邪を召されませんように。メリークリスマス】


 木下さんからのメール。

 酔いを感じさせぬ気遣いメールだ。


【Avec tous mes voeux de joyeux noël】


 ミシェルは酔ってるのかフランス語。

 残念ながら私にはノエルしか訳せない。


【有岡先輩がひでぇ。肉食だけどトマトときゅうり育ててるんだ、ってギャップ受けを狙った俺の決めセリフ、爆笑したあとマジ顔でダメ出しした】

 

 私もダメだと思う。


【ハッピークリスマス。人通りが少ない帰り道、変な奴にあっても撲殺しないよう気をつけたまえ】


 バイト先がビッシュ・ド・ステージだと察したらしい。有岡先輩は1度来ているので、閑散とした周りの様子を知っている。

 

 しかし幾ら私だって撲殺はしないし。

 実際遭遇した事がないから分からないけど、やり過ぎて意識朦朧のレベルだと思う。


【天使は今、俺の対極線上でいやしの笑みを浮かべながら枝豆を食べている】


 対極線上って遠いよ。

 木下さんの隣争奪戦に敗れたメンバーだ。メール打ってないで、再戦しろ。


【クリスマスコン、いまいちだったわ。特に相手の幹事が段取り悪い上、ドケチ。食事代1円単位まで割られたわ。そのくせ、また会いましょうねとしつこい。二度と会わないわよ】 


 ちーちゃんから怒りマークが溢れたメール。

 それらにポチポチ返信しながら、電車を下りる。


 こうしてロンリーを更新したまま、今年のクリスマスは過ぎた。



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