クリスマスの予定
がしっと首に腕を絡まされ、そのまま部室に逆戻り。
「ちょっ!離して下さいよっ」
まぁまぁと悪びれない有岡先輩。
ミシェル、靴を脱がしてくれるよりも、有岡先輩の腕を外して欲しい。
地味に苦しい。
「野田、本当にクリスマス会に出ないのか?」
「だーかーらっ用事があるんですっ」
出られないと一点張りの私に、本当なのかとメンバーが絶望の顔をする。
私の協力を得られないってことよりも、私に相手がいるってことにショックを受けたようだ。
「まさか…野田に先越されるとは…俺、生きる希望が減ったわ…」
「予想外のダメージだ…。くそうっ…俺ももっと合コンに参加すべきだった」
「俺もちょっと後悔した…。木下さんは高嶺の花だしな。野に咲く花に挑めばクリスマスまでに手折ることが出来たかもしれないのに…」
この世の終わりのような顔で部室の床を叩くメンバー。
「狭霧さん…用事って何ですか?あの…デートなんですか…?」
「……………………」
ミシェルの質問に黙る私。
沈黙に何かを察して顔を上げるメンバー。
集まる視線を避けて、ふわっと目を泳がせる。
「で、野田は何で来れないんだ?」
「あー…デートと似たようなものですが…」
「ずばりそれは何だ?」
「……バイト」
似てんのは音だけじゃんっ!と突っ込みつつも、拍手喝采。
自分から仕掛けたとは言え、拳を突き上げて喜びを露にするメンバーに腹が立って、手近なメンバーにキック。
「クリスマスにバイト入れたのか?」
力が緩んだ先輩の腕から抜け出し、絞まった襟元を直す。
「お世話になった人のお店、人が足んないらしく手伝うことにしたんです」
お世話になったお店とはビッシュ・ド・ステージだ。
人気の出た丸田さんのケーキは、予約が殺到し、キャンセル待ちが出るほどだった。
その予約ケーキを渡すクリスマス限定のバイトが見つからなかったらしい。
丸田さんのお店は立地条件が悪い。
人員が必要なのは、2日間だけでその2日のために面接に来る人もいなければ、クリスマスにわざわざ短期バイトをしようとする人もいなかった。
困っている丸田さんに、私でよければと立候補したのだ。
「そうか、残念だな。クリスマスプレゼントに今年も服を買ってやろうと思ってたのに」
「また限界以上に飲んで、私にゲロ吐く気ですかっ!」
去年のクリスマス会、最新のシャツを着てきたのに、先輩に吐かれて終わった。
服は弁償してもらったけど、イブの悲劇は忘れない。
「あんまり飲みすぎて、羽目外し過ぎないようにしなよ」
無駄かもしれないけど、言わないよりはましだろう。
メンバーからは任せろ!と言う良い子の返事が返ってきたが、信憑性はない。
「バイト終わってから来れないですか?もし来られるなら僕、狭霧さんが駅につく頃に迎えに行きます」
「あーうん…店の掃除とかもあるし、お店自体がちょっと遠いんだよね…」
ミシェルの言葉を申し訳なく思いながら断る。
実はバイトが終わった後でも、飲み会に参加できない最大の理由がある。
クリスマスケーキを持っているのだ。
要冷蔵のそれを飲み会に持って行くわけにいかない。
そもそもそのケーキ、私のではなく水原のものだ。
ビッシュ・ド・ステージの予約殺到プレミアケーキは半年前から予約しなければ手に入らないもので、私では到底間に合わないものだった。
丸田さんはバイトしてくれるんだから特別に入れるよーと言ってくれたけど、我が侭言うわけにはいかない。
そこに水原の提案。
水原はクリスマスに予約が4件あるらしい。
予約と言っても女の子ではなく、ケーキだ。
そのケーキを受け取りに首都圏を回るそうだが、交通の便が悪い丸田さんのお店に行くには、結構なタイムロスが生じる。
バイト帰りに持ってくるならケーキを分けてやるという交換条件。
バイト後に水原の家に行くのは面倒だが、丸田さんのケーキはかなりの力作で、その魅力には抗いがたい。
私の取り分は4分の1だけど、他のケーキも4分の1ずつやると言われて条件を飲んだ。
そういうわけで、今年のクリスマスもお1人様決定したのだ。
クリスマスロンリー脱却に尽力してくれたちーちゃんには平謝りの上、ちーちゃん大好物のオレンジピール入りマフィンを贈呈した。