秘密会議(後編)
「おはよう。既にみんな到着しているよ」
お店のイートインスペースには4人の男の人が座っていた。
年は45才から60歳までの間くらい。
思ったより年上の人たちの集まりだった。
彼らは見慣れぬ私を見て、おや?という表情を浮かべている。
「怪我をしているのかい?ピスタチオ?」
「ピスタチオーっ!?」
「地下甘党は隠れた男の集まりだ。本名は明かさない。スイーツに因んだ便宜上の呼び名をつけている」
それにしても何でピスタチオにしたんだろう?
そのネーミングチョイスに噴きたくなった。
「すみません。見ての通り怪我をしてしまって、今回だけ彼の参加を認めて頂けると助かります」
「そういった事情なら仕方がない。秘密は厳守してもらうがね」
「もちろんお約束します。彼のことは……ピーカンナッツと呼んでください」
「やだっ!」
何かすごいバカっぽい、その呼び名。
やだっと抗議すると、今日だけだと水原に流される。
「そうか、よろしく。私は会長のレンジだ」
レンジさんは、60歳ちょい前くらいのナイスミドルだ。
社会的地位ある出来る大人のオーラを感じた。
「右から幹部のヒョウカ君、ケイキ君、ソルベ君にマルタ君だ」
お菓子の名前ではあるけど、格好良いのを使っている。
しかも1人本名混じっている。
「俺、やっぱり嫌だ。別のが良い」
「別のって例えば何が良いんだ?」
「急に言われても思いつかないけど…」
「君にぴったりの呼び名だと思うが」
「嫌だ」
「ほらほら。水原君も野田君も喧嘩しないで」
まぁまぁと丸田さんが仲裁に入ってくれる。
今、ナチュラルに本名を出していたので、便宜上の呼び名必要ない気がする。
「ではいつも通りスイーツ情報を交換しながら、会報に載せる記事について話し合おうか」
それぞれパソコンを開き、情報を飛ばしあっている。
内容を知らなければ企業の重要会議みたいだ。
私はレンジさんたちが持ち寄ったお菓子を開封し、並べるよう頼まれた。
そのお菓子の中は憧れていた限定販売品もあった。
うわぁぁぁと口には出さない興奮を察したのか、レンジさんが勧めてくれる。
出来る大人は気配りが違うと感激しつつ、限定品であるマロンケーキを食べる。
「神の御業か…これは」
渋皮煮のマロンの甘さと上品な生クリームが見事なコラボ。
スポンジは雲で出来ているのかと疑うほどの軽さ。
ふわっとした口解けで一瞬でなくなるのに、その感動はいつまでも舌に残っている。
「これもどうぞ」
「ありがとうございます」
ヒョウカさんに渡されたのは知らないお店の大福。
一口食べて、ぱたりと倒れそうになった。
「死ねる美味しさ…」
もっちりとした大福の皮の中には、抹茶のクリーム。
餡子は入ってなくて、抹茶のクリームだけがぎっしりと詰められている。
味は濃厚なんだけど、甘さが控えめなので幾らでも食べれそうだ。
重役会議の邪魔にならないように、隅の席で形容しがたい美味しさに唸る。
「これも食べてみる?」
「ありがとうございます!」
2種類のコンフィチュールの瓶詰め。
ケイキさんがクラッカーも渡してくれる。
「………おいし…」
情景が目に浮かぶ。
果樹園で捥いだ新鮮なフルーツが荷台で煌いてる。大地の恵をそのまま運ぶ。
コトコトと鍋で煮詰め、瓶に注ぐ。
良く見ると瓶自体も可愛い。
中身は言うまでもないが、外見も素晴らしい。
ぐうの音も出ないというのはこういう状況下で使われるのだろうか。
「…これもどうぞ」
「うぅ!ありがとうございます」
コンフィチュールの余韻に浸っていた私に、ソルベさんがスイートポテトを渡してくれる。
一口食べて
「生まれて来て良かった」
ってしみじみ思った。
今死んだら、走馬灯のようにパパとママが出てきて、次にこのスイートポテトが横切ると思う。
中に入っているカスタードクリームも、ポテトの生地とお似合いすぎる。
このあふれ出る感動を体で表現してしまうほど子供ではないので我慢するが、家だったら飛び跳ねていると思う。
「君、気が散る」
「へ?俺?…ごめん」
水原に注意されて、レンジさんたちを見れば何故か注目を集めていた。
体の中に感動を秘めたつもりだが、ちょっとばたついたのかもしれない。
「良いよ、良いよ。若い女の子がスイーツ食べて喜んでいるのを見るのは存外楽しいね」
レンジさんの言葉に頷くヒョウカさんたち。
「………ばれてるじゃん」
パパよりも年上の人の目を誤魔化すには無理があったようだ。
俺とか使って、無駄なことをした。
ばれても怒っている風ではないので、安心してスイーツを楽しみ寛ぐ。
紅茶を入れたり、ケーキを切ったり、ゴミを集めたり簡単な雑用をして、不自由な水原の手助け。
それ以外はお菓子を食べてまったり幸せ。
地下甘党の秘密会員にしてもらって、コンフィチュールの瓶詰めの残りとか色々もらって、大満足だった。
「君、俺よりも楽しんでいたな」
「うん。楽しかったし、美味しかったっ!」
タクシーに水原を押し込み、私は最寄の駅へ向かう。
ちーちゃんがセッティングした合コンに参加する為だ。
その日の私はメンズコーデな上、演劇部に習った本格男装メイク。
その格好で挑んだ合コンに実りはなかった。