表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/89

頼みごと

「階段を踏み外して左足と右手を捻挫~?」


 チャイムを鳴らしても、応答がない。

 ドアを回すと鍵がかかってなかった。顔を半分覗かせて、水原を呼ぶと入ってきてくれと返事が返ってきた。


 部屋に入ると、左足と右手に包帯を巻いた水原がいた。


「怪我自体は大したことはない。軽い捻挫だそうだ」


 スポーツ観戦した帰り道、水原は歩道橋で足を踏み外してしまった。

 幸い、大した段数ではなかったし、全治10日ほどの軽傷だった。


 しかしやはり2,3日は腫れが酷く、歩く時は結構な痛みが生じる。

 安静にせよという医者の言葉。


「何やってんだか…。コンビニで何か買ってくるよ」


 利き腕を怪我して使えないので、左手でも食べれるカレーをチョイス。

 イスラム教徒じゃなくて良かったねと言えば、不機嫌そうに睨まれた。

 

「でも水原がスポーツ観戦行くなんて知らなかった。野球?サッカー?」


 持ちづらそうにスプーンを握りカレーを食べる水原の前で、紅茶を飲む。

 さっきの歓迎会で色々食べたので、お腹は一杯だ。


「俺はスポーツに興味ない」


「は?じゃあ、何で行ったの?」


「行ってない。俺が行ったのはスイーツ観戦だ。半年振りに行われた和洋交流戦のプレミアシートが取れて、気持ちが高揚していた。だからと言って足元を疎かにするとは、俺としたことが情けない」


「………………………」


「どうしてそんな面白い顔をしている?」


「ううん。世の中、まだまだ知らないことが沢山あるんだなって実感しただけ」


 スイーツ観戦って何だろう。

 どういう試合なんだろう。

 プレミアシートって何だろう。


「頼みたいことってそれか」


 水原はデザート用に買ってきたプリンのフタを開けるのに四苦八苦している。

 右手で押さえられないので、力が入れづらいんだろう。


 開けてあげようと身を乗り出すと、水原はアルミのフタにぶしっと爪を突き刺して穴を開け、そこにスプーンを突っ込んでいる。


「うぉいっ!」


 冷静に見えても、動きが制限され痛みがある水原はイラっとしているようだ。

 手が上手く使えない幼児のようなことをする。


 プリンを平たい皿に出し、冷蔵庫に入っていた生クリームとフルーツでデコレーション。

 小さいカップだと倒れやすいので、水原がいつ零すか分からない。


「次の日曜日だが、君、空いているか?」


「何で?どうした?」


 水原は郵便物を左手で開けようとして上手くいかず、鋏を使うものの右手用なので切れ味が悪く、結局ぱしっとテーブルに放り投げた。


 利き腕がダメだと、色々不便なんだなと勉強になった。


「次の日曜日、地下甘党の役員会議があるんだが、会報の作成も兼ねるので欠席出来ない。荷物が多いのに、右手は使えず左足もダメだ。君、一緒に行って手伝ってくれないか?」


「役員会議って…」


「もちろん、報酬は出す。そうだな、3万でどうだ?」


 1日3万ってどんな破格のバイトだ。

 呆れた視線を水原に送ると、今度はパソコンのキーを打つのに苛々している。

 左手だけだとキーを打つにも、マウスを動かすにも、手間をかけなければいけない。


 キーの押し方が、ベートーベンの運命を引くようになっている。


「困ってんならそういえば良いのに」


 お金なんてなくてもそのくらい手を貸してあげるのに。


「で?地下甘党って丸田さんのお店が本拠地云々って言ってたよね。その日も?」


「あぁ。役員会議は丸田さんのお店でする」


 それなら問題はない。場所を迷ったりしないし、歩くのに不自由な水原も我慢できる距離だろう。


「んじゃ、1時間くらいで行けるね。重い荷物とうるさい荷物があるから、余裕を見て1時間半前に出るか。何時から始まるの?」


「11時半だ。君、うるさい荷物って俺のことか?」


 当たり前の確認をする水原を無視して、持って行くと言う荷物を一まとめにする。

 殆どお菓子。全国お取り寄せスイーツ。


「地下甘党は何らかの事情で、甘党であることを公言できない男の集まりだ」


「秘密保守派だっけ?」


 前に聞いた事がある。

 水原は自由主義派とか言ってたな。


「あぁ。だから会員は男のみで、女人禁制なんだ」


「ふーん。って私行って良いの?」


「良くない。だから男の振りをしてくれ。君なら簡単に出来る」


 水原の言葉にチョップを食らわそうかと思ったけど、相手は怪我人なので我慢した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ