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歓迎会

 

 部室に入った瞬間、うわぁっと頭を抱えたくなった。

 

 折り紙の輪つなぎが、狭い部室にぶら下がり、紙花と風船が壁に貼られている。

 子供の誕生日会のように様変わりした部室。


 歓迎会準備には我関せずを貫こうと思っていたけど、懐かしさについ手を出してしまった。

 花ちり紙を5~7枚重ねて、じゃばら折り。真ん中をゴムで止めて、一枚ずつ開いて行く。


「野田~この紙に歓迎の言葉書くんだけど、なんて書けば良いと思う?」


「やっぱさー定番だけど、ウェルカム、ミス木下!じゃね?」


「ハートマークって入れて良いと思う?」


「小さく好きですって書いて良いと思う?」


「その隣に黙れ、ハゲって書いて良いと思う?」


 垂れ幕になるだろう大きな紙を持って、わちゃわちゃとメンバーが集まってくる。

 暑っ苦しいっ!

 

 折り紙を使って紙飛行機飛ばしたり、風船を叩き合って遊んだりするメンバーもいて、幼稚園かっ!とうんざりしてきた。


「普通に歓迎!木下優衣さんとかで良いんじゃないの?」


 色々描いたら文字のインパクトが薄れるし、木下さんも困るだろう。


「まだそこで揉めていたのか?それを貼らないと次に進めないのだから、いい加減にしたまえ」


 スーパーの袋を引っさげた有岡先輩が戻ってきた。

 

 油断した!

 有岡先輩に買出しに行かせてしまった。


「有岡先輩、その袋見せて下さい!」


 近寄って来た私から隠すように、ばっとビニール袋を後ろに隠す。


 やましい事がある仕草だ。

 奪い取って中身を引っ繰り返し確認。


「麩菓子、煎餅、おにぎり、お稲荷、焼きおにぎり、手巻き寿司、ちまき…はい、買いなおし」


 米過ぎる。

 やると思ったけど。


「木下さんの歓迎会なんですよ」


「木下さん、米嫌いだったか?」


「女の子らしさがありません」


「お米さん、嫌いか?」


 言い方とか好きとか嫌いとかそういう次元の問題ではない。


「そうじゃなくて、もっとバリエーションが必要です」


「はい!じゃあ、次は俺が行きます!野田、歓迎のメッセージ書いといて」


「俺が書いてやる」


 先輩が意気揚々とマジックを握る。

 先輩は悪筆だから止めたほうが良いと思ったけど、面倒なので止めない。


「野田ーどの曲流すべきだと思う?意見まとまんなくて」


「どうせ騒いで聞こえないから必要ないと思う」


 木下さんが来るまで30分切っているのに、準備半ば。

 今度は席順で揉めている。

 この狭い部室に席順などなく、好き勝手に動くのだから無駄な揉め事だと思う。


 木下さん専用の座布団を1番奥に、あとのメンバーは木下さんと向かい合って並ぶ配置。

 木下さんの座布団が紫なので、法事っぽい。


 花とか飾っているので、祭壇にも見える。


 木下さんの居心地が悪いに違いないので、料理の位置を変え、何となく円系にする。


「木下さんは?」


「ミシェルに迎えに行くように頼んだぞ」


 有岡先輩がおにぎりを食べながらクラッカーを配っている。

 クラッカーまで用意していたのか。


 時間丁度に、ミシェルにエスコートされた木下さんが部室に入ってきた。パンパンパーンと鳴るクラッカーにびっくりした顔の木下さん。


「ようこそ!我が空手サークルに。ミス木下」


 簡単な有岡先輩の言葉で、歓迎会は始まった。


 案の定、メンバーは木下さんに群がり、席など関係なくなった。

 紙皿に用意した料理も、チャンプル状態。


 それを見越して、自分セットを作っていたので問題はない。

 

 クラッカーの紙テープを頭に乗せ、イエス・キリストごっこをするメンバー。

 メンバーのはしゃぎっぷりを、木下さんは苦笑して見ている。

 

 ちまきの皮を剥いていると、ポケットの携帯が震えた。

 

 差出人は水原。

 今度は何のお菓子が食べたいんだ?と思いながら画面を開き、手が止まった。

 

 本文に文字が入っている。

 

 【頼みたい事がある】


 という衝撃的な言葉。

 


 あのひねくれの水原が頼みごとって一体どうしたっ?


「木下さんの微笑み1つで、大抵の男はメロメロリン。笑顔1つで心を鷲掴むとは…罪だ」


 水原の頼みごとってお菓子作ってとしか思いつかないんだけど。

 いや、でもそしたら作って欲しいお菓子を件名に入れるだろうし。


「そんな。あの、笑顔を浮かべると周りが明るくなると思うから、私だけが特別なんじゃないわ」


「いや、木下さんの笑顔の威力は凄い!でもきっとそれを自覚していないから威力が増すんだろうなぁ~」


 頼みごと?何だ?気になる。


 そわそわしながら、携帯を開け閉め。

 ゴキブリ退治してくれとか、ネズミ退治してくれとか?

 でもそれだったら私じゃなくてデビーナに頼るはず。


「木下さんの声も武器だよなぁ。その声で頼まれたら、絶対断れない」


「そんな…普通に話しているだけよ」


「木下さんもそうだけど、女の子の声とか抗いがたいよな。上目遣いされて、手を組んでお願いとか言われて俺、何でもはいはい言う事聞いてるし」


「それはだな、騙されている可能性がある。こいつはチョロQと思われてアッシー君扱いだな」


「有岡先輩ひでぇ!」


「男を落とす方法を知ってる女の子の仕草だからな」


 本文記入自体珍しいのに、その内容はありえないレベル。

 気になる。


「おーい、野田」


 かなり気になる。

 水原、死んだのかも。糖分の取りすぎで。

 いや、それは考えがふっ飛びすぎか。


「おーい、野田ってばっ!」


「へ?何?」


 何故かメンバーの注目を集めていた。

 自分の思考に没頭していたので気付かなかったが、どうも私の話題になったらしい。


「お前って男を落とす方法とか知ってんの?使えるかどうかは別として女の子は大抵知ってるとか有岡師匠が言い出してさ。聞くだけ無駄な気がすっけど、参考までに聞く」


 やっぱり、気になる!

 水原の家は近いし、今から行ってこよう。


 死んでいたら嫌だし。

 残されたこびとたちを頼む、とかの遺言だったら困る。


「頚動脈を圧迫し、脳への血流を止めればいいと思うよ。ってかごめん。私、用を思い出したんで、ちょっと先にお暇するね」

 

 後片付けは頼んだーと鞄を持って、大学から水原の家までノンストップダッシュした。


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