未だ解決せず
翌日、木下さんのお薦めのカフェで、アフタヌーンティ。
ケーキを堪能している場合じゃないのは分かっているけど、ケーキを食べて幸せを噛み締める。
しっとり、まろやかで美味しい。
「今日はいきなり呼び出してごめんなさい」
「いや、気にしないで。部室だとメンバーのせいでゆっくり話できないしね」
紅茶を飲みながら、しばらく沈黙。
必要以上に紅茶に砂糖を入れ、手持ち無沙汰にかき回す。
「あの、実は私、ミシェルに振られてしまったんです」
「………あーえっとー」
そうなったかーっ!
気まずさがアップ。
ミシェルははぐらかしていたのであまり良くない方向に進んでいるとは思っていたが、想像する1番最悪の展開だった。
「ミシェルはたくさん謝ってくれました。傷つけてすまないと泣きながら言われました。でも私は諦められません。ミシェルが好きなんです」
きっぱりと言い切る木下さん。
その勢いに押されて、私は言葉が見つからない。
「そのために私、空手サークルのマネージャーになることにしました。有岡先輩には了承を頂いております」
「えっ!?マネージャー?メンバーは諸手挙げて迎え入れると思うけど、マネージャーって激務だよ。普段の練習とか試合の時とか。うちのメンバー、アホなことばっかやるから救急道具の使い方とか覚えなきゃいけないし」
「良いんです、傍にいたいんです。私がマネージャーになること野田さんも賛成してくれますか?」
「それはもちろん。木下さんが良いなら」
木下さんがいるとメンバーは浮つきそうだけど、部室は清潔に保たれるし、練習も試合も無駄に張り切ると思うし、良いこと尽くし。
そもそもマネージャーになるのに、私の許可は不要。
これからよろしくお願いしますね、と頭を下げる木下さんに私も下げる。
「でさ…さっきから聞くタイミング見計らっていたんだけど、あの…ミシェルは理由を言った?」
デリカシーがない質問かな?と思ったけど、それについて木下さんから話が出ないので勇気を出して聞いてみた。
「私と付き合う前と付き合ってからと、心に不和が生じたと言われました。抽象的で随分勝手な理由ですけど…それでも私はミシェルは好きなんです」
悲しそうに微笑み、何度もお辞儀をしながら去って行く木下さん。
不完全燃焼を引き摺り、ベッドの上でちーちゃんに愚痴の電話。
「ミシェルが酷いっ!自分から告白したんだから、ちゃんと末永く付き合えと思うんだけどっ」
「さーちゃん、感情ってそういったもので割り切れるものじゃないのよ。木下さんがクッキーを作ったと思っていた時から、ミシェル君は悩んでいたんでしょう」
恋愛って言うのは複雑で、私には分からない。
少し良いなって思う人がいても、そんな悩むまではいかない。
彼の事を思うと夜も眠れないって目の下にクマを作っている女の子がいたけど、私はいつだってベッドに入って5分で安眠。
恋と風邪の症状は似ているって言うけど、風邪引いたことがないから分からないし。
「で、木下さんはクッキーの作り手がさーちゃんってこと知っているの?」
「それが分からなかったんだよね。木下さんは何も言わなかったから、ミシェルは言わなかったんだと思う」
木下さんに呼び出されたとき、その件についてだと思ったのだ。
しかし実際会ってみれば、マネージャーになった事への挨拶。
色んなパターン想像して、ドキドキしていたから拍子抜け。
「わざわざ個別に挨拶するなんて律儀だよね」
「違うわよ。それって牽制でしょ」
「牽制って私に?」
何で私に?
木下さんと私は比べる対象にもならないと思うんだけど。
女の子としての魅力は、何万光年もの差がある。
「ところで、さーちゃんは以前ミシェル君のことが好きだったんでしょ?」
「うっ!だからちょっと良いなって思ってただけだって」
ミシェルの理想の女の子を聞いて、あぁ私じゃ絶対ダメだなって思った。
今は木下さんとミシェルがうまく行けば良いと思っている。
「それなら、他の人の恋愛に構ってばかりじゃダメよ。もう11月に入るのよ。分かる?12月はもうすぐ」
「それは分かるけど、12月がどうかした?」
秋が終わり、冬が近づいている。
もう数日で、11月になる。
しかし何でちーちゃんは12月まで話を飛ばすんだろう。
「12月はクリスマスがあるからよ。こういうイベントを前にするとカップルって出来やすいのよね。というわけで、合コンよ。来週の土日は空いてるかしら?」
「土曜は練習があるから、日曜なら空いてる」
「なら日曜日にセッティングするわ。クリスマスまでに恋人を作らなくちゃ」
ちーちゃんのクリスマスへの意気込みを聞き、勢いに飲まれる。
クリスマスに1人で過ごす事への寂しさを過去の体験を交え、情感をたっぷり含ませた声で切々と語られると、そうなのかぁと頷いてしまう。
木下さんのマネージャー就任は数日の内にメンバーに知らされた。
狂喜乱舞という言葉が、ぴったりで大変だった。
喜びの極みに達して、奇声をあげたり、ごろごろとローリングしたり、シャドーボクシング始めたり、手に負えない興奮状態。
みんなの都合がつく日に歓迎会を開催することになった。
木下さんは恐縮していたけど、メンバーは大張り切りで部室の飾り付けをしている。
お店でやるんだと思っていた私は、誕生日会みたいになった部室にあきれ返った。