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不完全燃焼

 

 ミシェルと木下さんがどうなったのか、数日経ってもまだ分からない。

 

 事実を知れば騒ぐメンバーがいる部室でおおっぴらに聞くわけにもいかず、ミシェルが1人の時を狙って聞いてみたけれどそれとなくはぐらかされた。


「うぅ…気になるっ!」


 水原の家のキッチンで唸る。

 

 別れたのかそうでないのかくらいは知りたい。

 

 もやっとした気持ちを振り払うようにメレンゲを作る。

 ハンドミキサーを使わずに、手動でかき混ぜる。

 機械に負けない手首のスナップだったと思う。


 生クリームも手動で作る。

 むぉぉぉーっと狂ったように泡だて器を回転させ、短時間で滑らかなクリーム完成。 


 イチゴを洗って粒が残らないように潰す。

 ふぉぉぉーっとフォークを使ってめった刺し。

 

 ゼラチンを溶かして、イチゴとメレンゲと生クリームを混ぜ合わせる。

 容器に流し込み、冷蔵庫で1~2時間冷やし固める。


 はぁぁぁーっとイチゴ、グラニュー糖、レモン汁をミキサーにかけていると


「奇声をあげて菓子を作るのはやめてくれないか?」

 

 水原に怒られた。

 いらっとした時の、ママ直伝製菓ストレス発散法なのに。


「あーなんかすっきりしないっ!もう1個作ろうかな。食べたいお菓子ある?」


 出来上がったソースを冷蔵庫に入れながら、水原に声をかける。

 

 学園祭のお礼とお詫びに、ここ暫くは水原のリクエスト通りのお菓子を作るつもりだ。


「水原、何してんの?」


 水原は、私が持ってきた有岡先輩の秘蔵の写真集に、せっせと落書きをしていた。

 私はヒゲと鼻血を書き込むくらいしか思いつかなかったが、水原は違った。

 

 全ページにこびとの書き込み。

 アイドル自体には落書きをしていないのに、小さなこびとの存在感がすごい。


 とっても先輩に似てる。

 先輩似のこびとがアイドルにまとわり付く感じであちこちにいる。

 しかも嫌なセリフの吹き出し付き。


【歯がないじじいになっても、親のすねは齧り続ける。それが俺の本性さ】


 歯抜けの先輩こびとが誰かのすねを齧ってる。

 グロイ上にシュール。 


【俺は何色にも染まらねぇ。無職だからな】

 

 無色透明の先輩こびとのクビが転がっている。

 そんな考えだから、リストラされたようだ。


【寄生虫だけど、絶対目黒には行かねぇよ。それが俺のスピリッツ】


 目黒駅のプラットホームで、先輩こびとがぐって親指を立てていた。

 

 しょうもないこと考え付く水原が、本当に頭が良いのか疑わしい時がある。

 くっだらないと思うけど、ニートこびとを気にしていた有岡先輩には効き目があるかもしれない。


「で、水原。何が食べたい?」 


「タルト・フィナンシェ・ガレット・ブラマンジュ・ドーナツ・バターケーキ・ティラミス・プティング・スフレ・メレンゲパイ・トルテ…」


「何の呪文っ?」


 ノンブレスでエンドレス。

 全然聞き取れなかった。


「あーじゃあ、スティックチーズケーキね」


 水原があげた候補にはなかったけど、それを作りたい気分。

 水原を見れば、それで良いとばかりに鷹揚に頷いている。


 タルトは市販のビスケットで代用。

 丈夫な袋に入れて、ぬぉぉぉーっとめん棒でビスケットを滅多打ち。

 両手だと力が入りすぎるので、左手で粉砕。

 利き腕ではないほうが、腕力は小さい。

 

 牛乳とバターを混ぜて、バットに平らに敷き詰める。

 すりおろしたレモンの皮とクリームチーズ、砂糖を加えて混ぜる。生クリームを加えて、ビスケットの上に流し込んで、オーブンで焼く。

 

 荒熱が取れたら、冷蔵庫で3時間ほど寝かせる。

 

 固まるまでやることがないので、エプロンを外して落書きをしている水原の前に座る。


「ミシェルがはぐらかすのってやっぱり木下さんと話が拗れたからかなぁ?」


 テーブルの上に顎を乗せて、うぅっと悩む。

 

 水原は最後の仕上げとばかりに、嫌な感じで高笑いしているエリートこびとを描いている。


「理論どおりの答えがない話は、俺に聞いても時間の無駄だ。対象の2人以外にもプロセスの要因や外乱があって結果が出るだろう」


「外乱って何?」


 恋愛話を俺に振るなと言う主旨は分かるが、後ろの意味が分からない。


「通信系などに不要な信号が伝わり、妨害になることだ」


「あぁ、分かった」


 つまり空手サークルのメンバーの事だろう。

 外乱って言葉は初めて聞いたけど、メンバーにぴったりだ。


 キッチンに戻り、紅茶を入れる。

 水原の家には色んな種類の紅茶が揃っていて、どのお菓子にどの紅茶があうのかもリサーチしている。


「君の携帯が鳴っているぞ」


「ちょっと手が離せないから、誰からか見て」


 中断したくないので、水原に発信先の確認を頼む。


「見た」


「誰からか言ってよ」

 

 パパとママか、ちーちゃんか空手サークルの誰かだろう。


「木下優衣」


「………………え?」


 慌ててフキンで手を拭い、水原から携帯を取る。

 メールを1通受信、差出人は木下さん。

 

「お話したいことがあります。お時間を頂けないでしょうか?」


 嫌な想像をかき立てるメールの内容だった。



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