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カフェにて

「お待たせしました」


 ミシェルは私の正面に、有岡先輩は私の隣に座った。

 最初の言葉が思いつかず、嫌な沈黙が走る。


「あの、狭霧さん」


「……はい」


 ミシェルが先に口を開いた。


「あの時のクッキーと学園祭のクッキーは、狭霧さんが作ったものなんですか?」


 単刀直入に切り出すミシェル。

 疑問系なのに、確認に聞こえる。


「……うん、ごめん」


 ミシェルの方を見ずに、テーブルを見つめながら肯定を返す。

 全員無言のままの沈黙が長く、そろりと視線を上げる。


「へっ!何っ…!」


 ミシェルがだばーっと涙を流していた。


「ナイアガラの滝のようだな」


「ちょ…冷静に比喩している場合ですかっ!ミシェル、とりあえずナプキンっ」


 テーブルの上にあったナプキンを数枚とって、ミシェルに渡す。

 

 2人用のテーブルを少しずつ離し、他人の振りをしようとする有岡先輩の足の甲に踵落としを食らわす。


「いてっ!だって悪目立ちしてるぞ。ミシェルを泣かした悪役だ、今の俺とお前」


 周りを見渡すと、ばっと逸らされる視線。


 三角関係じゃない?あのキレイな男の子を取り合ってるのよとヒソヒソ話が聞こえる。

 あの女の子がどっちかと付き合っていたけど、同性である2人が相思相愛になって修羅場じゃない?と言う声も聞こえてきた。


 あちらこちらで勝手なストーリーが出来上がっている。


「ミシェル、日本男児たるもの涙を見せるな。ただし親と俺が死んだ時だけは許す」


「僕はフランス人です」


「フランスボーイたるもの涙を見せるな。ただしママンとパトラッシュが死んだ時だけは許す」


「フランダースの犬って舞台はフランスでしたっけ?」


「ダを抜けば、フランスになるだろ」


「あ、そっか」


「フランダースはベルギーです」


 掠れた声でミシェルが事実を伝える。

 危うく納得するところだった。


「やべぇ、パトラッシュ思い出したら俺まで泣きたくなってきた…」


 少し涙目になっている有岡先輩にぎょっとする。


「ちょっ!パトラッシュで泣いて良いのはフランス男児だけじゃないんですかっ!」


「俺は前世がナポレオンだから、許されるんだ」


「ずうずうしいにも程がありますっ!」


 ミシェルの長い金色の睫が涙に濡れて、肌理細やかな頬が赤く染まって、キレイな顔は悲しげに揺らいでいた。


 本当に勘弁して欲しい、周りの目が冷たい。


「だって僕は間違ってしまいました…気持ちが舞い上がって、素敵な人に巡り合えるとふわふわしてしまいました」


「いやぁ、その、私でごめん…」


 私が悪いのか?と思いながらも、流れで謝罪。


「ネロとパトラッシュも、空に舞い上がっていったんだよな、ふわふわと」


「有岡先輩は黙ってて下さい」


 ミシェルの話とフランダースの犬の話が混じってややこしくなる。


「違うんです。僕が悪いんです。あのクッキーは懐かしい優しい味がして、ふわっとした女の子が頭の中に浮かびました。優衣を見たときに、あぁこの子なんだって思いました」


 木下さんは、ミシェルを初めとするみんなの想像したショコラさんそのものだった。


「でも優衣と付き合ううちに、違和感を覚えてしまいました。僕は、優衣と話し合わなくてはいけません」


「ちょっと待って。あのさ…いや、私が言うのも何だけど。クッキーはミシェルにとってそんなに大事?それを切り離して、木下さんと向き合えば良いんじゃないかな?」

 

 ミシェルは私の言葉を肯定も否定もしなかった。

 

「もし僕があの時……」


 小さな声で何かを言いかけてから、きゅっと口を噤んだ。

 ミシェルはぐいっと涙を拭うと、すっと立ち上がって私を見つめた。


 涙の跡を残すミシェルの目を見てズキッとなる。

 戸惑った私に、優衣と話し合ってきますねと柔らかく微笑み、ミシェルはカフェを出て行った。


「わぁ、何?あの儚い微笑み。ミシェル、木下さんと別れたりしませんよね?」


「恋愛は2人の間で解決すべし。ただし三角関係の時は除く、というのが鉄則だ。ヘタに口を挟むと、良くない結果を招くぞ」


「そのセリフ、良く有岡先輩が言えましたねっ!」


 あれだけ横から口を挟んで、楽しんでいたくせに。


 口笛吹いて誤魔化すなっ!

 

「ミシェルは前から悩みを俺に持ちかけてきた。クッキーの作り手が野田と判明しなくても、木下さんと改めて話し合う必要があったんじゃないか?」


 有岡先輩の言葉に2つのびっくり要素が含まれていた。

 1つはミシェルが大分前から悩んでいたという事。

 もう1つは相談相手に有岡先輩を選んだという事。


「明らかな人選ミス」


「そうか?空手サークルのメンバーの中で恋愛相談出来るやついるか?」


「……………………………」


 良く考えたらいないかも。

 私もそうだけど、恋人出来たことないひとりぼっち集団だし。


「でも木下さんってほんわりした可愛い子だし、女の子っぽくて、優しくてミシェルの理想にぴったりじゃないですか。ミシェルは何で悩んでいたんだろう。クッキーの作り手であるってそんなに重要でしたか?」


 だったら私が木下さんにクッキーの作り方を教えれば万事解決?


「ミシェルの悩み事の詳細は話せない。個人情報保護法、プライバシーマーク取得済みだからな。ただなぁ…野田」


「はい?」


 有岡先輩がふぅぅっと長い溜め息を吐いた。


「もうちょっと人を見る目を養え」


「………?」


「世の中そんな単純じゃないぞ。ま、ミシェルと木下さんの事は俺がそれとなくフォローしてやる」


「いやっ!有岡先輩もヘタに口を挟まない方が良いですよっ!それが鉄則じゃないんですかっ!」


 絶対状況の悪化を招く。

 

「素人はな。だが俺は違う。恋愛アドバイザーとしての俺の本領を見せてやる」


「いや、ほんっっとにっ!何もしない方が良いですよっ。私、全力で阻止しますっ!」


 余計なことをするんなら、私からの複合関節技を覚悟して下さいね!と脅す。

 有岡先輩は降参と言うように、両手を挙げながら、それでも自信満々の笑みを崩さない。


「俺はミシェルと木下さんが恋人同士でいてくれた方が都合が良いからな。本気で手を貸すつもりだ」


 その本気が不安なんだ!と胡乱な目を向ける。

 かといって私は何をして良いか分からないし、ミシェルと木下さんが丸く収まるように祈るだけだ。


 殊、恋愛に関する男女の心の機微に私は疎い。

 全く分からないのだ。 


 恋愛って難しいと水原にメールを送ってみた。

 水原からはイチゴのムースって返ってきた。

 

 

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