状況説明
「鬼気迫る野田の顔で朝が始まるとは、何とも爽やかなものだな」
「先輩がミシェルとビッシュ・ド・ステージ行ったって聞いたんですけどっ!」
先輩の嫌味をスルーして、自分が聞きたい事を切り出す。
私の言葉に、先輩は眠そうに半分閉じられていた目を見開いた。
「あの店の店長に聞いたのか。半信半疑だったんだが、ミシェルの言う通りママンクッキーは野田が作ったんだな」
続く有岡先輩の言葉に、がっくりと崩れ落ちる。
何故そこまで、ばれるっ!?
ミシェル、何故クッキーにそんなに敏感なんだっ!
「何でビッシュ・ド・ステージ行ったんですかっ!?」
話せば長くなると言いながら、有岡先輩は部室に鍵をかけた。
お祭りメンバーには聞かれたくない話なので、その辺の配慮はありがたい。
「小腹が減ったな~と買ったクッキーを開けると何とも不吉なニートカードが出てきた。何なんだ、と思いながらもう1個クッキーを追加で買ってみた。するとワーキングプアカードが出てきた。何てことだ、もう1個と追加して買えばまたニートカード」
「かんっぜん、水原の策略に嵌ってますっ」
水原はどうやってか分からないが、人を見分けてクッキーを売っていた。
「5個買ってやっとノーマルこびとが出てきた。もう1個買ってみようかと思ったが、またニートだと恐ろしいので切り上げた」
妙なところで小心な有岡先輩は、ノーマルこびとで一応満足したらしい。
「しかしメンバーが何と、エリートだけが手にすることが出来るケーキを持っていた。拝み倒し譲ってもらって一安心した俺は、ベストカップルコンの準備をするため、ミシェルと2人で部室に向かった」
木下さんは、ミスコンの特別ゲストで呼ばれていて、他のメンバーも見学しに行ったらしい。
可愛い女の子が大集合するミスコンは、毎年メンバーが楽しみにしているイベントだ。
「俺はクッキーに付いていたカードの処理に困った。捨てるとニートになる祟りが来そうだ。でも持っているのも嫌だ。悩んだ末、俺はニートカードとワーキングプアカードを1つのクッキーの袋にまとめ、ミシェルにあげた」
「クッキーはタブーなんじゃなかったんですかっ!」
リーダー自ら、禁忌を犯している。
しかもカードを全部渡すとか小悪党じみている。
「腹が減ってたんだ。クッキーにせよ、ケーキにせよ、1人では食べ辛いだろ。だから俺はミシェルに分けただけだ」
「……………………」
「ミシェルはクッキーを食べてすぐに、これはママンのクッキーだと感動したように言った。興奮するミシェルを宥めて、ベストカップルコンに連れて行ったんだが、ママンのクッキーと言い張って聞かない」
ミシェル、舌にママンのクッキー感知センサーでもついてるのか?
「せっかく木下さんと仲直りして、嫌な雰囲気が払拭されたのに、ここでミシェルがクッキーに拘っては、また元に戻ってしまうだろう。だから俺はベストカップルコンの間にパウンドケーキのお店を調べて、翌日ミシェルを連れて行ったんだ。クッキーを作ったのが中年シェフだったら、ミシェルもそのクッキーに拘らなくなるだろうと思ってな。しかし、実際行ってみれば、クッキー作ったの野田狭霧宣告。アンビリーバボー」
「アンビリーバボーじゃないって…」
「まさか野田の名前が出てくるとは思わなかったんだ。あの完成度の高いクッキーを野田が作ったなんて、想像もしてなかったぞ」
「パティシエのママのお陰か、お菓子だけは得意なんですよ」
声がワントーン低くなる。
ミシェルはあの最初のクッキーを作ったのが私だと確信しているわけだ。
「ってかそんな事になってたんなら連絡してください。丸田さんから聞いて初めて知ったんですよ」
「ミシェルも混乱してたし、時間を置こうと思ったんだ。俺がまず聞くからちょっと待てと言っておいた」
朝一に有岡先輩に会いに行かなくとも、有岡先輩から来る予定だったらしい。
「ちょっとした出来心だったんです」
「犯罪者がよく言う台詞だな」
「うまく出来たクッキーをおすそ分けしようかな、くらいの気持ちで」
「それが大事になったわけだ」
「最初のクッキー作ったのが私だってことで、ミシェルと木下さんどうなりますか?」
それが1番心配。
眉を下げて困った顔になった私の頭を、有岡先輩が米を洗うみたいに粗雑に撫でた。
「新聞に載ったし、昨日のベストカップルコンでも王子とショコラさんの名は広まってる。今更人違いでしたとは言えないな」
「誰も信じないので、それは心配してません。言う気もないし」
問題はミシェルの気持ちのみ。
ママンに似た、キュートな子が作ったはずのクッキーの本当の製作者は、推定女子の私。
木下さんではなかったという事実に、ミシェルはどう思うんだろう。
「ショコラさんだけじゃなく、ショコル君もいたぜって感じで2人説にするか?」
「ショコル君って何ですかっ!大体、有岡先輩たちの悪乗りが話を大きくっ…」
クッキーを差し出し人不明のまま置いてしらばっくれた私も悪いけど、勝手に話を大きくした挙句、ショコラさんを勝手に選出した先輩たちも大いに悪い。
「大丈夫だ、野田。ミシェルと話し合え。きっと丸く収まるさ………と良いな」
「何ですか、その頼りない語感っ」
「いやぁ…だって、ミシェルのクッキーへの拘りが俺には分からないんだもーん」
「だもーんじゃないですよ…本当」
「何で野田のクッキーが分かるんだ?フランス式の作り方でもしてんのか?」
「フランス式なんて知りませんよ。普通のクッキー作りました」
はぁぁと大きく溜め息。
有岡先輩に乱された髪を直す。
「ま、厄介ごとは早期解決が良いと思うぞ。ミシェルを後で呼び出すから、そこで話し合え」
「今日ですか…?」
「日にち延ばしてどうする」
「そうですけど…」
あーやだな、ミシェルと会うの嫌だなと思いながら、待ち合わせ場所であるカフェで鬱々としていた。
私は4時限で終了だが、ミシェルと有岡先輩は5時限目まである日だ。
ミシェルと2人きりは気まずいので、有岡先輩に同席を頼んだ。
えー面倒な事になったら嫌だなと渋る有岡先輩を、ミドルキックで説得した。
八つ当たりもあって、威力があるキックだった。
ちょっと反省している。