クッキー完売
気付けば学園祭2日目の朝を迎えていた。
「作戦変更だ。君は一定の場所で、クッキーを売る。昨日売ってみて分かったが、君は移動できるメリットを全然活用していない」
「すみませんねっ」
「君の方でクッキーを買って、美味しかったから俺の方に来たと言う女の子たちが数人にいた。リピーターが付くことも考えれば、決められた場所で売っているのもメリットだ。移動してしまうと、買いたくても買えない事態も出てくるからな」
私と水原が同じ出店先と分かったのは、やはりこのシャツのお陰らしい。
本日もコビッティと黒パンツ、無地のエプロンを着用。
またも水原は腹黒く売っていた。
ミュージックライブや、ダンスパフォーマンスの後は、自動販売機の隣に並んでクッキー販売。
飲み物を買おうと集まった人を狙う。
人気のコスプレ喫茶の前で販売。
可愛いものが好きな女の子が多くいる上、料金設定が高めなその店を出た後だと250円のクッキーが安く思える効果があるようだ。
さらに水原は移動販売で学内を回っているメリットを活かし、実行委員会に情報のオマケ付きで販売。
忙しく、小腹が減っている彼らは、情報付きのクッキーをお買い上げ。
マイナーな人気のないサークルの展示に、クッキーを買おうとする女の子数人伴って訪問販売。
きゃきゃしながらクッキーを買う女の子は彼らにとって目の保養。
潤いを与えたお礼にクッキーお買い上げ。
リピーターから得た水原の所在地。もし追加分を買いたくなったらと水原はクッキーを売るときに私の販売場所も言付けているらしい。
さっきどこどこで買ったんですけど~と言うリピーターから、水原がどこで何をしているかの情報が入ってきた。
昨日よりもハイスピードでクッキーが売れている。
昨日買って美味しかったからという同じ大学の生徒もいて、それはそれで嬉しい。
「あれ?野田じゃん、何やってんの?」
「…………………」
向こうから空手サークルのメンバーが私に気付き、近寄ってきた。
メンバーに見えない角度で顔を顰める。
昨日は移動販売だったので、メンバーの顔を見れば相手が気付く前に、くるりと方向転換していた。
「野田、もしかしてクッキー売ってんの…?」
「あー…手伝いで」
「何やってんだよ!台無しにする気かっ!」
「台無しって何をだよ」
「ミシェルと木下さん、仲直り計画だよっ!!クッキーとママンとフランスは、タブー用語になっているんだぜ」
「野田は俺らが綿密な計画を練っている時ずっといなかったもんな」
「しかしクッキーとは…クッキーは避けたい話題なのに」
「リーダー有岡が非情に野田から副の肩書きを奪うな」
「望むところだ」
「でも有岡、寝坊してまだ家にいるんだぜ。急いで支度するから、それまで計画を個々のメンバーに一任するって一斉送信メール来てた」
「有岡先輩の方をリーダーから下ろすべきだと思うけど」
クッキー下さい、2袋。と言う女の子の声が聞こえる。
横並びするメンバーは営業妨害なので、しっしっと追い立てる。
「ミシェルと木下さんはこっちに来ないようにしようぜ。クッキーを売っている上に、変なシャツ着てるし、2人が気まずくなると困る」
「…え?あっそうだねっ!そうだよ。ミシェルと木下さんには私がクッキーを売っていることと秘密にしておいて。うん、その方が良いね」
内心ラッキーと思いながら、メンバーに大きく同意する。
メンバーはミシェルと木下さんが仲直り出来るようにありとあらゆるフォローをしているようだ。
楽しめる企画や盛り上がるステージに案内し、一緒に学園祭を回っている。
仲直りさせたいなら、2人きりにしてやれば良いのにとも思ったが。
「野田。俺らもクッキー買うよ。売れ残ったら可哀想だし。お前の将来を暗示しているようで」
「うるさい。そっちに言われたくない。それに、あー良いよ。ミシェルと木下さんに見られたら気まずくなる原因になるでしょ」
「んじゃ、そっちのパウンドケーキは?」
「あーこれは」
限定販売なんだよねと言おうとしたけど、さっさとお取引願うためにパウンドケーキを渡す。
「これ本当は限定商品だから内緒ね。ビッシュ・ド・ステージって言うお店のケーキ」
丸田さんには本当にお世話になっているので、ささやかながら宣伝。
お!美味そうと言いながらパウンドケーキを買って、メンバーは去っていった。
「ミシェルと木下さんに、野田はどうしてるか聞かれたらどうする?」
「絶滅したって言おうぜ」
と会話が聞こえ、後でミドルキックと心の中にメモ。
ミッシェルと木下さんがこっちに来る危険は1度あったけど、メンバーの見事な連係プレーでばれずに通過。
出店を隠すよう、でかい図体のメンバーが壁になり、反対方向に2人の注意を引き付けるという作戦に出た。
通り過ぎるまで柱の陰に身を潜ませる私。
その間、料金はここに入れてくださいという田舎の農家方式に出て、無用心すぎると水原に怒られた。
窃盗の被害には遭わないように、柱から見張ってはいたんだけど。
2日目の方が、来客数が多かったのでクッキーは昨日よりも速いペースで売れた。
午後から売り出した、捨てこびとクッキーの売れ行きも良かった。
水原はかごではなく、ダンボールを用意。
子供っぽい字で
『拾って下さい、150円で』
とマジックで記入。
その下には怪我して泣いているこびとのイラストが描いてあり、このままでは保健所行きかも…という吹き出しも付いていた。
慣れない販売に四苦八苦している内、時間は過ぎ、気付けば完売していた。
「ほらお金」
小銭だらけでずっしりと重い売上金を水原が手渡す。
「あぁ、うん。これらの計算は後日にする。気が抜けて眠くなってきた」
「俺もだ。脳内停止状態に近い。昨日は2,3時間しか寝てないしな。しかもお店で雑魚寝したから疲れが取れない」
「帰って寝ようよ」
のろのろと後片付けをする私に、水原が無情な事実を告げる。
「出店者は終了時間までいなければならない決まりだ。あと2時間は学内で待機、それから実行委員へ手続き」
只今の時刻14時。
「眠い~…けどお腹も減ってきた」
「そうだな、何か食べるか」
「私、フランクフルト食べたい」
「俺は、あっちで売ってたベルギーワッフルだな」
「あ、それは私も食べたい」
手分けして食べ物を買ってくることにした。
フランクフルト、餃子ドック、たい焼きとお茶を買って中庭に行くと、水原は先に戻ってきていた。
水原が買ってきたものは、ベルギーワッフル、あんこの揚げ餅、ベビーカステラ、タピオカドリンク。
「あーもう、甘いよ、眠いよ。ちゃんと主食買いなよ、眠いよ」
「餅が主食だ、俺も眠い」
眠気がピーク。
瞼が閉店ですよ、といった感じで重く下がってくる。
水原のそれはないだろという組み合わせへの突っ込みもおざなりになる。
荷物に寄りかかりながら、うつらうつらと食べる。
学園祭も終わりに近づいてきた。
中庭の特設ステージでは何やらマイクを持った司会者が、集まった人たちを盛り上げている。
大音量でかかるミュージックに何が始まるんだろうと注目が集まる。
「お待たせいたしましたっ!みな様お待ちかね、ベストカップルコンテストを開催いたします。今年は前年度に増し、我こそはベストカップルと粒ぞろいの参加者が集ってくれましたっ!」
「あーベストカップルコンテスト…」
ミシェルと木下さんが出場するはずだ。
ステージはかなり高く作ってあるので、設置された椅子に座れなくとも、コンテストを見ることが出来る。
渋る水原を急きたてて、場所を移動。