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学園祭、前日

 

 学園祭前日。

 

 水原と厨房を提供してくれるお店に向かっている。

 お店の名前はビッシュ・ド・ステージ。

 不便な立地にも関わらず、連日完売の洋菓子の名店。


 良いのかな?と思ったけど店長の丸田さんは快く協力してくれた。

 

「お忙しいところすみません」


 と会うたび平謝りの私に、丸田さんは


「水原君の頼みなら、このくらいお安い御用だよ」


 決まってこの言葉を返す。


 丸田さんが作る洋菓子は、どれも手が込んでいて芸術品。

 1つ1つ丁寧に作っているのが分かる。

 味はもうパーフェクト。どの洋菓子も、個性があっていくつでも食べられそう。


 それなのに出店当初は閑古鳥が鳴いていたらしい。


 問題は立地。

 駅から少し歩く上に、その駅も利用頻度が少ない。


 そこに来たのは、スイーツのためなら努力も苦労もお金も惜しまない水原。一口食べて水原は、丸田さんの洋菓子を大いに気に入った。

 

 水原は意味不明な会の会員で、そこでは重要なポジションに付き、発言力もあるらしい。会が行うイベントでは必ずと言って良いほど丸田さんのお店を利用。

 

「イベントまで参加してんだ?」


「そこで色んな情報を入手できる。丸田さんのお店は、地下甘党秘密保守派の本拠地になりつつある」


 地下甘党とは甘いもの好きであることに、世間からの弾圧を感じる男子の集いである。

 世には男らしさへの拘りや、周りに持たれたイメージ故に公言できない人も多く存在しているらしい。


「俺は甘党自由主義派だが、保守派のイベントにも参加する。ネット非公開の情報を得られる機会だからな」


 水原は己が持つあらゆるネットワークを使い、あちこちでアピール。


 更に水原はテレビで開催される大会に出場するように丸田さんを説得。丸田さんは優勝こそ出来なかったものの、TVの宣伝効果は絶大だった。

 

 丸田さんのお店の知名度は一気に上がった。元から丸田さんの洋菓子はそれに答えるだけのものはあったので、不便な立地でも完売にいたる毎日のようだ。

 

 結局のところ、丸田さんの実力のような気がするが、丸田さんは水原に絶大な恩義を感じている。

 

 そんな訳で、今回の無理なお願いを聞いてくれたらしい。

 

 丸田さんのお店は、今時珍しい土日休みだ。

 要望が多かったので来年からは定休日を変えるらしいが、今の所こちらには都合の良い定休日だった。


「君はひたすらクッキーを焼く。俺はそのクッキーをより分けて袋に入れる。焼き損じ枚数を換算し、どのクッキーをどれだけ追加するか指示」


「分かった。でも先に言っておく。失敗してないものは食べるな」


「何のことだ?」


 水原が言う焼き損じを本当に失敗した数だと思ってはいけない。水原は自分がつまみ食いをした分を言うはずだ。

 形が悪いのをより分けていても、その内焼き立てが1番だ!とか言って無限につまみ食い。

 

 そのせいで試作品であるクッキーは、殆ど水原の口の中に消えた。

 

 分かりやすくそっぽを向く水原に再度念押しして、クッキー作りに取り掛かる。

 


 覚悟はしていたがもう大変だった。

 一生分のクッキーを焼いた気がする。朝方近くかかって、途中幻覚まで見た。

 

 先にパウンドケーキを作り終わった丸田さんが手伝ってくれたけど、それでも膨大な数だった。

 

 朝日を見て感動するどころか、焦る。

 焼いて、焼いて、ひたすら焼く。

 少しでも形が崩れると、これは売り物にならない。と水原にぱくりとやられるので、そこは丁寧に焼き上げた。

 

 

 そのまま丸田さんのお店で就寝。

 何から何まで申し訳ない。


「君、今日はこれを着ろ。販売促進効果がある服だ」


「うぅ~眠い…」


 眠気を振り払いながら、水原が差し出した袋を受け取る。


 先日水原に、白のコビッティ、黒のパンツ、無地のエプロンを販売時要着用と言われた。


 後ろ2つは簡単に用意できるが、白のコビッティが何のことか分からない。ハテナマークを飛ばす私に、持っていないなら俺のを貸してやると言うので、そのまま頼んだ。


 手早く顔を洗い、髪を整えたあと着替え。

 水原に渡された袋の中身を取り出す。

 

 出てきたのはこびとがプリントされたオフホワイトのTシャツ2枚。


「コビッティってこびとTシャツ!?え?これ、着るのっ?」


 水原が待つ、店のイートインスペースに行けば、既に同じものを着用している水原。


 ダサいシャツのペアルックで、クッキー販売。

 涼しい顔して、シャツを着る水原に絶句。


「水原、恥ずかしくないの?」


「どこが?」


「このシャツ…」


 そういうと水原は心底驚いている表情をした。


「君が前に着ていたシャツの方が恥の極みだったぞ。洗われて、干されて、着られて、洗われてと死ぬまで酷使されたシャツを死んでからも平気で着ておいて、このシャツを恥ずかしがるとは驚天動地だ」


「言い過ぎだっ!」


 揉めている時間がないので、しぶしぶコビッティを着る。パーカーを羽織って、上までチャック。

 大き目のエプロンを持ってきた自分に拍手を送りたい。

 エプロンを付けてしまえば、鼻が立体プリントされたメルヘンチックなTシャツは目立たないだろう。



 学園祭開始、ぎりぎりに到着。

 水原が実行委員に手続きをしている間、私はクッキー販売の準備。


 こびとが付いたカゴの中に、30袋のクッキーを入れる。

 沢山持って売り歩いた方が効率が良いと思ったけど、水原は残り僅かと思わせたほうが購買意欲は増すものだと、持つ数を30袋に上限。

 5袋切った段階で、追加を取りに行く。


 かごのこびとは水原が付けた。

 私もクッキー作りだけじゃ悪いなと思ったので、それくらいは手伝おうとしたけど水原に拒否られた。


「何で君は、こびとの首に紐を付けるんだ?沢山のこびとの首吊り死体がかごについているみたいじゃないか!」


 首に紐付けて、かごの穴に縛るのが1番しっかり付けられると思ったんだけど。

 確かに落ちないようにとぐっと縛ったので、首が絞まってくたっとなっていたが、こびとの顔は楽しそうなので気にしなかった。

 

 逆さまに吊るされている子まで…とぶつぶつ言いながら、私が取り付けたこびとを外し、丁寧にやり直す。

 几帳面なやつだ。


「この出店許可バッチを見えるところに付けておいてくれ」


「3個も?」


「あぁ、3人分だからな」


 左手にクッキーのかごを持ち、肩からおつり用の小銭用と、売ったお金を入れるポシェット下げる。

 エプロンには、お菓子のピンバッチ数個と、出店許可バッチ3個。

 

 2人で売る集客が多いエリアの時間もあれば、それぞれが別の場所で売る時間帯もある。

 

 最初2時間くらいは来客が少ないので、ほぼリサーチと宣伝に使う。リサーチはもちろん水原が行い、それにより午後のルートを変えるらしい。

 最初2時間は別行動。

 

 10時になると同時に、お互い担当のエリアに向かった。


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