捜査開始
「ではみんな注目してくれ。ミシェルの未来の恋人、クッキーの作り手たる女の子はショコラさんと命名する。またそれに伴い、我が校のプリンス・ミシェルはスイーツ王子と改名する」
部室の隅からホワイトボードを出してきた有岡先輩。この人は面白いこと大好きで、良くみんなを巻き込んでいる。
「……ショコラさんって……」
ミシェルがフランス人だからって、その呼び名はないと思う。
しかしノリの良いサークルメンバーはうぉぉ!ショコラさんーっと叫んでいる。
付き合ってられない。
「ではこれより、ショコラさん捜索本部を設置する。ショコラさん自ら名乗り出てくれれば、事件は速やかに解決、本部は撤収となる。しかしミシェル曰く、ショコラさんは控えめで奥ゆかしく、それにより捜査は難航する可能性がある」
「ミシェル…知らない人なのに…」
何故自信満々に言い切る!?
控えめで奥ゆかしい…って…。ピクピクと顔が痙攣する。
「総指揮官は俺、有岡だ。副指揮官には有能で悩殺系美女捜査員を配置したいところだが、我が空手サークルに女性はいない。よって限りなく女に近い存在である野田を副指揮官とする。野田、一言挨拶」
「マジふざけんな」
私は紛うことなき女だっつーの。
「やる気があって結構。ミシェルの証言からプロファイリングを作成する。プロファイリングが出来る捜査員、挙手を」
「…いるわけないじゃん…」
いつまで付き合わなきゃいけないんだ。この遊び…。
しかし遊びにしてはやることは本格的で、学内サイトへの情報アップ、掲示板への貼り紙、新聞部への協力依頼を数日内に済ませていた。
仕方ないな、と言うやる気のない新聞部だったが、意外にも反響が多く、次の号では大きな面を割くことを約束してくれたそうだ。
子犬の飼い主募集やら、不要なピアノ譲りますやら、ルームシェアしませんか?やら書かれた新聞の片隅に
『ショコラさんを探してます。ショコラさんは我が校の王子、ミシェル=フランソワの未来の恋人です。ショコラさんの名乗りでを求む。もしくはショコラさんの情報求む』
と言う記事を載せた。
何となく読んでいて、んー?っと思った人たちの問い合わせが多数。
ショコラさんって何だよ…て普通疑問に思う。
ミシェルは空っぽの袋を抱き締めながら、部室で新聞部のインタビューに応じていた。
「つまり王子はショコラさんにお会いした事がないのですね。クッキーを食べて運命を感じたと」
「はい!あのクッキーはママンのクッキーと同じ味でした。とても可愛くて、優しくて、守ってあげたい女の子に違いありません!」
「なるほど。それで探し出して、愛の告白をしたいんですね」
「はい、すごく会いたいです」
良くクッキーだけで、そんな想像が膨らむな…。
ショコラさんは空手の段持ちだから守る必要なし。
「手がかりは…その袋とメッセージカードだけなんですね」
「そうです…。これだけしか」
ぎゅっと握り締めて切なげな表情を浮かべるミシェル。それを逃さずシャッターを切る新聞部。
「そのクッキーはどのように渡されたんですか?」
「それに関しては…うちの捜査員から。野田、記者の方に詳細説明を」
有岡先輩が私を前に押しやる。
「えー私が、最初に部室に来たのですが、その時には既にクッキーの袋はありました。部室に鍵はかけていません。誰でもすぐにクッキーを置くことは可能です。こんな臭くて汚い部室部外者は誰も来ないので、防犯上何の問題もありません」
「捜査員!余計なことは言わないように」
部室は汚い上に臭い。女子部員がいないのも、マネージャーがいないのもそのせいだと思うのだが、改善の余地なし。
ショコラさんをマネージャーに!とか盛り上がっていたけど、この臭気に我慢できる女子は早々いないと思う。
ショコラさんをマネージャーにしたいのなら、清潔な空気を作れ。
もっともショコラさんが現れるはずがないので、そんな心配は不要なのだが。
前期のテストが終わって、夏休みを待つばかりの娯楽が少ない時期。そのせいで一時ショコラさんネタは盛り上がるが、その内下火になるだろう。
過剰に反応すると怪しまれる可能性があるので、いつもの低めのテンションで遊びに付き合う。
スイーツ王子の恋人候補!
と言う見出しの記事には、ショコラさんは非の打ち所がない美少女として語られていた。
絶対名乗り出るもんかっ!ばれてたまるもんかっ!と思っていた数日後…。
予期せぬ不幸が訪れた。