計画始動
「食品営業許可がある製造物専用の厨房と食品衛生責任者を探すのに苦労したが、会員の伝手を辿って何とかなった」
「…は?えーっと…はぁ?」
「クッキーのレシピとデザインはどこだ?」
「…どこかな?」
遠い目になる。
水原がまだ本気で取り組んでいるとは思わなかった。
「明日までレシピと検便を提出するように」
「………………はい」
気のない返事を返す私の手に、袋が渡される。
検便用のキッドだ。
「念のために事前確認しておく。君、ギョウ虫とサルモネラ菌は飼っていないだろうな?」
「いや、飼ってないよっ」
いたとしても好きで飼ってるわけではない。
「この検査が合格すれば、無事に保健所から許可が出る。それさえ下りれば、実行委員も許可すると言っている。6人以上の構成人数が条件なので、俺が3人、君が3人で計6人で申請しておいた。そのつもりでいてくれ」
「どのつもりだ」
そんな無茶しないで名前だけ友達に借りればいいじゃんと言えば、友などいないといつもの切り返し。
そのまま水原の家に行けば、いつも整っている部屋が散らかっていた。
「これ何?」
こびとの絵が書かれたカードが多数。
「あぁ、クッキーに付けるカードの試作品だ。俺と君しかいないし、いかに短時間でクッキーを多く売るかが要となる。1つの作戦としてこのカードを使う」
水原がパソコンを操作しながら、プリンターを動かした。
「俺の高校の体育祭の競技に障害物競走があった」
いきなり高校の体育祭の話に飛んだ。
「障害物競走?」
水原は障害物競走に出るイメージじゃない。
パン食い競争に真剣に取り組んでいそうだ。
「その中にハードルの下をくぐる障害があった。5レースあり、ハードルは5つ並んでいたが、みんな高さと広さが違う。左側が1番狭くて低い。当然くぐるのは一番難しい。右側は1番広くて高い。つまりくぐり難い順に左から並んでいた」
「ふーん。平等じゃないんだ。…で?」
「左が一番くぐりにくいにも限らず、生徒は左のハードルをくぐろうと殺到。何故だと思う?」
「さぁ?格好良いからとか」
「障害物競走で格好良さをアピールしようとするのは格好悪いだろう。そうではない。ハードルには東大、六大、そこそこ、三流、浪人と貼ってあったからだ。もちろん1番狭きハードルは東大。簡単にくぐれるハードルは浪人。3年生ともなると熾烈な争いだった」
「流石は進学校」
「縁起っていうのは担ぎたいものなんだ。それを思い出して、考えついたのがこのカードだ」
水原は4枚のカードを私の前に並べた。
「………………………」
1枚目のカードにはヒゲと髪がぼっさぼさでジャージを着ている小太りのこびとが描かれていた。
ニートこびと。
好物は親のすね。
2枚目のカードは青くて悲壮な顔をしたこびと。
ワーキングプアーこびと。
好物は人の不幸。
3枚目のカードはスーツを着た、特筆すべき特徴がないこびと。
ノーマルこびと。
好物はカレー(中辛)
4枚目は、ブランドのスーツを着た黒縁眼鏡をかけたこびと。
エリートこびと。
好物はスイーツ。
それぞれ注釈が入っていた。
「何これ?ってエリートこびと、水原に似すぎ。誰が描いたの?」
「俺」
「自画像!?」
他のこびとも水原が描いたらしい。
意外な才能を知った。
「君も描いてみようと思ったんだが、失敗してな」
水原が失敗作であるこびとを画面に出す。
言われれば私だと分かるくらい似ている。
よれよれのシャツとジーパンと『オンリーミー』と言うふき出しが腹立たしい。
1着以上持ってるし。
でも1番むかっ腹なのは、そのサイズ。
4人のこびとより10倍以上の大きさがある。
「カードは名刺サイズだ。君はそれに入らなかった」
「小さくすれば良いじゃん!」
普通サイズで描いて、物凄い勢いで拡大した気がする。
水原は4枚のカードからエリートこびとを取った。
「借りる厨房と食品衛生責任者のお店の商品の販売が協力条件としてある。そこまで無理な数ではないので売るには困らない。むしろ足りない量だろう」
そのお店のサイトに繋いで、画像を出す。
美味しそうなパウンドケーキで、料金も手頃だった。
「クッキーにこびとカードをつける。エリートこびとが入っていた人だけパウンドケーキが買えることにする」
水原はエリートこびとの好物の下の欄に、このカードを持つ人だけパウンドケーキを限定販売します(@350)と書き加えた。
「ノーマルこびとはさて置き、ニートこびととワーキングプアーこびとが出た人は、何だか縁起悪いな、もう1個買ってみようかな?と思うはずだ。またエリートこびとを持つ人は限定なら買っておかないと損かな?と普通に売っているよりも購買意欲が増すに違いない」
「大学生が多い学園祭で、しかも就職氷河期の内定取り消しも多々起こる世知辛いこの時代に、良くそんな人の心を抉る策を考え付くね」
「童話とは残酷なものだ」
没になったこびとたちも、キャバ嬢こびと、好物は男、ドクターこびと、好物は末期症状、パラサイトこびと、好物は甘い汁、など良いこびとが全くいない。
こんなこびとの世界は絶対行きたくないと思う。
「このカードの後ろに成分表示と材料表示を印字する。その辺はアレルギーの問題もあるから正確にしてくれ」
「あぁ、うん」
カードは端に穴を開け、小さなリボンが付いていた。
内容はともかく、手が込んでいるのが分かる。
「あとはどうやって売るかだ。考えたが移動販売が一番良いと思う。他の飲食物の出店はその場で調理が殆どだから、場所は決まっている。しかしクッキーなら移動は簡単だ」
計画書をまくる水原。
次のページには、スーパーのカゴのようなものが描かれていて、その中にクッキーが入っていた。
その下には学内地図が載っていて、回るルートが書かれていた。あっち行ってこっち行ってとぐるぐるしている。
「学内のイベント、人気が高いお笑いライブやミスコンだな。それが始まる前を狙う。早めに席を取って時間を持て余している奴らを対象に売り歩く」
ルートはより人が集まる場所の、コアな時間を狙って設定しているらしい。
「あとはお店の名前なんだが、これが未だ定まらない。パンフレットに載るものであるし、インパクトがあって、興味を引くような店の名前があれば良いんだが」
「店の名前かぁ」
「色々考えたんだが、どれも帯に短し襷に長し。今のところの1番の候補はJKキッチン」
「JK?あぁ、女子高生か。ネットスラング使うの?しかも嘘じゃん」
せめて女子大生にすれば嘘ではなくなるけど。
「JKは女子高校生の略語なのか?」
「へ?知らなかったの?じゃあ何で……良い、言わなくて」
ジャンボこびとの頭文字だ。
「そうか、一般的には女子高生になるのか。それならメガジャンボこびとキッチンで、MJKと言うのは?」
「店名長すぎっ。いや、でか過ぎっ!」
水原はネットでMJKと検索し、だめだと呟く。
「MJKはネット用語で、まじか!と言う意味らしい」
「まじか。勉強になるね」
あれだこれだ、と長い時間をかけて議論したにも関わらず決まったお店の名前は
『こびとのクッキー』
私と水原の妥協点がそこで重なった。
こびとを入れるのは水原の譲れないラインだったようだ。