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お隣の猫

 

 お金って言うのは稼ぐのにどんなに苦労しても、一瞬でなくなるものなんだなぁ~と遠い目になっている私。

 そんな私の腕に抱かれた1匹の黒い猫。


「お姉ちゃん、本当にありがとう。デビーナがぐったりしているって聞いてびっくりして…でも足の怪我だけで良かった」


 デビーナと言うのは隣の家の黒猫のことだ。


 隣の子は鳴き声からウーナと名づけたらしいが、水原はデビルと命名。


 窓に顔面を押し当てた猫は鼻が潰れて、舌がでろんとなって、かなり恐ろしい顔だったらしい。


 ウーナとデビル、名付けで揉めて、話し合ってデビーナ。

 隣の家の猫なんだから、ウーナって呼びなよと言ったけど、水原はあいつはデビルだと譲らない。

 大人気ない。


 デビーナは隙を見ては、水原の家に侵入するふてぶてしい性格だった。

 夏休みなので、隣の家の子がデビーナを迎えに来て、そのままお菓子を分けることもしばしばあった。

 

 流石に水原も子供相手に嫌味は言わないが、むっすーとしている。

 エアコン前を陣取るデビーナに


「このデビルがっ!君のせいで俺の取り分が減ったっ」


 長々八つ当たりをしていた。

 

 子供に言うのは我慢しているようなので、私も見なかった振り。

 デビーナもストレスをぶつける水原を相手にしていないようだったし。

 

 子供の母親も1度挨拶に来た。

 うちの子と猫がいつもすみませんと、手土産片手に頭を下げる母親。

 いえ別にと無愛想に返す水原をどつく。

 

 訳ありのシングルマザーのようで、昼と夜も働きに出ているようだ。

 ちょっと派手な独特のメイクは夜の商売のようだけど、礼儀正しく優しそうなお母さんだった。

 

 ちょっとした事件は一昨日起こった。

 一昨日私は、アパートの前でぐったりするデビーナを発見。

 

 びっくりして近くの動物病院に連れて行くと、左足に釘状のものが刺さって化膿し始めていたらしい。

 膿を取ってもらって、細菌に感染もしていたので2日入院して、穴状の傷口を縫って貰う。


 運悪く、お隣は親子同伴サマースクールのキャンプに参加していて留守だった。

 元野良のデビーナは餌と水を用意しておけば、3日くらい留守しても問題ないらしい。

 

「あ、これ化膿止め。あと抗生物質の入った塗り薬と消毒薬。詳しい方法はこの紙に書いてもらってきたから。包帯はなるべく小まめに取り替えるように言っていたよ」


「うん…。ありがとう。…ねぇ、お姉ちゃん……病院代…いくら?」


「あぁ、そんなにかかってない。私の知り合いの獣医に連れて行ったの。軽傷だったから診察も治療も簡単にすんで4500円だったよ」


「そうなのっ?良かったっ!僕、お母さんに頼んで貰ってくるね!ありがと!」


 不安そうな顔を一転し、ぱっと顔を明るくした男の子は、デビーナを抱えてバイバイと手を振った。

 その子に手を振り返し、家の中に入る。


 お菓子の材料を置き、はぁっと溜め息をつく。


「君、嘘を吐いたな。保険が利かない猫の治療が千円単位ですむわけがない」


「……………………」


「しかもその病院はうちから一番近いところじゃないか。君の知り合いっていうのも嘘だな」


 水原の言うとおりだ。

 治療費、薬代、入院代含めて驚くべき料金がかかった。

 

 動物病院は診察代の差が大きいらしい。

 私が駆け込んだ動物病院の価格は、通常よりも高めだった。 


「幾らだ?俺が払って」


「良い。そもそも私の判断で勝手に連れて行ったんだし」


 デビーナは野良猫だった。

 軽傷なら自然治癒したかもしれない。

 

 それなのにぐったりしているデビーナにパニくった私が、勝手に病院に連れて行ったのだ。

 しかも料金設定が高めの病院に。


 その高額な治療費を隣に請求するのは、不条理な気がするし、私自身納得できない。


「でも君。使った金は、君が貯めていた宿泊費だろう」


「…………………………」


 バイト代はもうゼロに近い。

 無言のままの私を、水原は馬鹿するように鼻を鳴らした。


「なら貸してやる。返すのはいつでも良い」


「良いってば」


 借りたお金でパパとママを高いホテルに泊まらせるのも可笑しい気がする。

 形容しがたい複雑な気持ちになって、俯く私にまた溜め息を吐く水原。


「じゃあどうするんだ。パリの限定スイーツは」


「諦めるしかない。今からじゃ到底稼げない金額だし、幸いパパとママにはまだ何も言ってない段階だし」


 ママが憧れていたスイーツを食べさせてあげれると思っていたので、悲しくなってきた。

 それはデビーナのせいじゃないし、判断した自分の責任だ。

 

 あのまま放置してデビーナに万が一の事があったら、多分ずっと後悔する。

 かといってその治療費を隣人が払ってくれたとしても、そのお金でパパとママを送り出すのに罪悪感を感じる。

 

 偽善なのかもしれないけど、あれは私にとっては最善の判断だった。


「君、馬鹿馬鹿しいほどのお人よしだな」


「うるさい、ばかっ」


 潤んだ目を誤魔化すように怒鳴る。

 仕方ないと思いつつも、やりきれない気持ちもある。


「詐欺とかに遭いそうだ。…そういえば君の名前、狭霧だったな」


「詐欺と関係ないっ!ばかっ」


 水原は眉根を寄せ、八つ当たりは止めろと言いながらメガネをかけなおした。

 黒縁メガネの奥の目が、黙り込んだ私をじっと見ていた。


「10万程度で面倒なやつだ。俺にとっては大した額ではないのだから軽く受け取れば良いものを。全く、これだから貧民は困る」


 腹が立つ言い方に、目を拭って水原を睨む。

 今の不安定な気持ちに水原の金持ち発言は殺意を覚えるレベルだ。


「だが君でも2日で10万稼ぐ方法はあるぞ」


「やばいことはやらない」


 2日で10万なんて高収入、違法キャバクラとかやばい仕事しか思いつかない。


「何も臓器を売れと言っているわけではない」


「それは全く考えてなかったけどっ!」


「10月の中旬に行われるK大の秋風祭(あきかぜさい)


「へ?」


 秋風祭というのは大学見学も兼ねた大規模なK大の学園祭だ。

 毎年数千人以上が来校し、結構な賑わいを見せる。


「その秋風祭で、君のスイーツを売るんだ」


 水原の提案が飲み込めず、私はしばし固まっていた。


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