サークルにて
「俺の時代がやって来た!」
「俺の時代の幕開けだ!」
「俺の時代に変えてみせる!」
部室を開けた途端、テンションマックスのメンバーが目に飛び込んできた。
暑苦しい真夏に、暑苦しいやつらだと思いながら中に入る。
「で?誰の時代だって?」
「「「俺」」」
声を揃えて自らを指すメンバー。
うっとうしい。
「諸君らは少し声を抑えたまえ。誰の時代でも良いではないか。いっそ野田の時代が来たと言うことでここは丸く治めないか?」
うんざりした表情の有岡先輩が、私にクッキーの乗ったお皿を渡す。
まだ届けられていたんだと思いつつも、数枚残っていたクッキーを摘む。
「野田の時代って、どんな時代だ?」
「そりゃ、石器時代だろ。狩猟、採集、ナウマンゾウが似合うこと」
近くにいたメンバーの額を空になった皿で打撃。
ゴツンと良い音がした。
「いってぇっ!地味にいてぇ。皿でデコ、殴られた!」
「いい加減に落ち着きたまえ。情けない。強く逞しき空手の使い手が、土器で殴られたぐらいで泣き言を言うな」
有岡先輩は離れた場所にいるので、代わりに別のメンバーの背中を蹴る。
油断していたのかでかい図体がごろんと転がった。
屈葬しようぜ、屈葬とはしゃぐメンバーは、俺の時代云々と騒いでいたのを忘れているようだ。
「で?何でみんな異常にテンションが高いんですか?夏休みなんて殆どサークルにこないのが通年の慣わしなのに」
2,3人いれば良いほうだと思っていたのに、ほぼフルメンバーが揃っている。
「あぁ。諸君らがサークル活動に励む理由は実に明確。木下さんが遊びに来るからだ」
「木下さんが?夏休み来るんですか?」
夏休み、ミシェルは日本にいない。
例年のことだが、ミシェルは始まって早々にフランスに帰省する。
ぎりぎりには日本に帰ってくるのだが、1ヵ月半ほど日本不在だ。
ミシェルがいないのに、木下さんが頻繁に遊びに来るだろうか。
「ここだけの話だが、ミシェルと木下さんがうまくいってないらしい」
「え?そうなんですか?仲良さそうに見えましたが」
気障にならず、スマートにレディファーストをこなすミシェルは、流石欧米人というべきか。
そのミシェルにエスコートされる木下さんもとても可愛らしく、お似合いのカップルだった。
「ところがどっこい、どっこいしょ」
ごろごろとじゃれあっていたメンバーが、話に割り込んできた。
「ミシェルがクッキー作って下さいと頼んだのを、木下さんが断ったらしいんだ。成功する時と失敗する時があって、うまく作れなくって嫌われると怖いからって。ミシェルはそれが不満だったみたいだけど、いつかは作ってくれるだろうってその場は我慢したらしい」
「………………へぇ」
真実を知っている私は、複雑な心情になる。
ミシェルはまだ木下さんが作ったクッキーを一度も食べていない。
その事を木下さんは知っている。
「夏休み、木下さんはミシェルを日本に引き止めたらしい。一緒にいたいから、帰らないでって。でもミシェルはフランスに帰国。つまりミシェルは恋人である木下さんよりもママンを取ったわけだ」
「マザコンは女の子に嫌われる一番の原因になるぞ」
「ミシェルがいないのに木下さんが遊びに来てくれるのは、俺に気があるからだと思うんだよね」
「自意識過剰すぎる!現実を見ろ!木下さんが見つめている先にいるのはこの俺だ!」
俺だ、俺だ、と主張しあい、もみ合うメンバー。
蒸し暑い時期に見たくない光景だ。
「こんにちは~」
鈴の鳴るような可愛らしい声が聞こえた。
空手の部室に似つかわしくない声が聞こえた途端、居住まいを直し、礼儀正しくなるメンバー。
木下さん専用の座布団をそっと出し、お茶やお菓子でお持て成しする。
髪をアップにし、シフォンのワンピースを着た木下さんは、柔らかな微笑でメンバーを魅了。
にやにやとするメンバーはいつもより2割増で情けない。
「暑いのでアイス持って来ました。皆さんで召し上がってくださいね」
木下さんの気遣いにメンバーはめろめろ。
このアイス1つあれば、どんな事でも乗り越えられます!と鼻息荒く木下さんに宣言し、木下さんは若干引き気味。
うっはぁーとはしゃぐメンバーは、自分の世界に入って周りが見えてない。
俺に気があるに違いない!と思い込んで自己アピールし、挙動不審になるメンバー。
「……………………」
木下さんは有岡先輩に気があるように見えるんだけど。
木下さんは有岡先輩の近くに座って、小首を傾げて有岡先輩を見上げている。
有岡先輩はメンバーの中で唯一平常状態を保っている。
その有岡先輩の隣に座るのは、気があるとかじゃなくて普通の心理かもしれない。
ミシェルいなくて寂しいか?と聞かれてぽっと頬を染める木下さんはやっぱりミシェルに恋しているように見える。
有岡先輩に気があると見えたのは気のせいかも、色恋に疎い私には良く分からない。
「野田さんもアイスどうぞ。バニラ好きかしら」
木下さんがバニラのカップを私に差し出した。
礼を言って受け取る私を押しのけるメンバー。
「はは!野田は大好きなんですよ、ハニワ」
うっとうしいので、蹴り飛ばす。
前のめりに倒れこんだが、アイスを庇ったので、顔面をぶつけていた。
良い気味だ。