バースデーケーキ
「外は暑いよ。夏だね、本当」
汗を拭いながら、水原の家に上がる。
水原はかなりの暑がりで、夏は冷房をガンガンにつける。
キッチンはお菓子作りに最適な温度で設定してあるけど、部屋は冬に近い。
「君、今日はサークルに行くって言ってなかったか?」
論文を書いていたようで、パソコンの側に良く分からない専門書が重なっていた。しかも英語で、見るだけで頭が痛くなりそうだ。
「うん。これから行く予定。ただケーキ渡そうと思ってさ。水原の家って学校に近くて便利だよね」
私の言葉に、即効テーブルを片す水原。
実は今回のケーキは、かなりの力作。
今日は水原の誕生日だ。
夏休みに誕生日だと友達に祝ってもらえなくて寂しいねと言ったら、友などいないから別にいつでも良いという返事が返ってきた。
水原がすごいのは本当に寂しいと思っていないところだ。
かなり1人を満喫し、自分の世界を作り出している。
「君は4分の1な」
開ける前なのに水原が念を押す。
幾ら言っても水原が独り占めをするので、この間4分の1は私のもので、4分の3は水原のものとルールを作った。
1度、大人気なくも取り合いになり、空手の技を使った私が勝利したので、それからと言うもの最低限、水原は分けるようになった。
「麦茶貰うよ」
グラスに氷を入れながら麦茶を注ぐ。
炎天下の中を早足で来たので、かなり汗をかいた。
気温は30度を越している。
保冷剤を入れていても、お菓子の持ち歩きには気を使う。
持ってきたのはバースデーに定番のデコレーションケーキ。
ママと試行錯誤を重ねた門外不出のレシピ。
しっとり焼き上げたミルクスポンジに、クリームとイチゴを挟む。
その時にイチゴのジュレを使うのが我が家のレシピの特徴。
生クリームでデコレーションして、ここからが水原仕様。
イチゴのこびとを作る。
形の良いイチゴを3分の1でカット。
ヘタの部分の下3分の2が体、丸く絞った生クリームが顔、その上に乗せた3分の1の先はとんがり帽子。
チョコペンで顔、体の部分に服の模様を描いてこびとっぽくする。
くつも履かそうとしたけど、難しくて断念。
同じ位の大きさのイチゴを選んだつもりだけど、やっぱり不揃いで、でもそこがこびとに個性を作っている。
見ていたママが、チョコを溶かしてメガネを作り出した。
これも使って~と渡されたチョコのメガネは、水原の黒縁眼鏡に似ていた。
これをこびとにかけるわけにはいかないっ!と拘って、シュガークラフトで水原を作成。
ママが手伝ってくれたので、早回しで作業は進む。
クリスマスケーキの上に乗せるサンタのシュガークラフトは作ったことがあるけど、水原を作るのは初めて。
ふっと嫌味に上がった口元を意識して描いた。
目は点だけ。
メガネかけるから、そこは簡素に。
ママに、シュガークラフト水原にスイーツ狂って描いといてと頼んで、私はチョコプレートに文字を描く。
Happy Birthday Mizuhara 21と白のチョコペンで描いた後、残ったピンクのチョコペンでデコレーション。
本やペンを描いて止めていた息をふうっと吐く。
それからママの方を見て唖然。
スイーツ狂って描いてって頼んだのに、スイーツ卿って描いていた。
「マ、ママっ!違う、狂うって書くスイーツ狂だよっ!」
「えっ?そうなの!?ごめん、スイーツ王子がいるから、スイーツ卿もいるのかと思って」
痛恨の漢字変換ミス!
卿って画数多いのに、綺麗に描けている。
流石はプロだ。
チョコプレートを中央に置き、その前にシュガークラフト水原。その周囲をイチゴのこびとで囲んだ。
更に生クリームとフルーツでデコレーションして完成。
かなりの手間と時間をかけた渾身のケーキだ。
オプションでクッキー。
ピンクで色を付けた生地と普通の生地を入れて絞ると花っぽくなる。それに飾り用のチョコで、更に花びらを作った。
女の子向けで、水原が喜ぶか分からないが、私が楽しかったので良しとしよう。
箱から出したケーキを見て、水原はしばし固まった
「私が切るね。水原がやると崩れるから」
自分の分を4分の1切ろうとしたところ、全力で水原に拒否された。
「君っ!これは俺のケーキだろうっ!俺の誕生日だから君はこれを作って来たんだろうっ!」
「そうだけど?」
「それなのに食べようとするのかっ!?」
「良いじゃん。味見してないし。結構な手間隙かけたから私も食べたい」
ナイフで切ろうとすると、水原が騒いだ。
水原がお菓子に命をかけて取り乱すのは良く見るが、今回は今までで一番酷い。
「止めろっ!俺のケーキだっ!俺が食べるんだっ!俺だけの!」
子供の癇癪に近い自己主張。
「そんなむきにならなくてもいいじゃん」
水原の勢いに、ナイフを下げた。
切ろうとナイフを向けたところに腕を出すから大変危ない。
「君にはっ!そうだ、君にはあれをやる!昨日届いたブランデーチョコケーキ。2万するのに4ヶ月待ちだった。10万で四苦八苦している君には一生食べれないものかもしれないぞっ!幾らでも食べて良いからっ」
「そんな高いケーキあるんだ…って食べて良いの!?」
「食べて良いからあっちに行けっ!スイーツ卿水原と7人のジャンボこびとたちのケーキは俺のものだっ!」
「目ざとい…スイーツ卿に気付いている…」
水原がすすんでお菓子を分けるなんて初めてだ。
しかもそんな高いケーキ。
そのケーキを食べさせるくらいなら、私が作ったケーキを分けた方が良いと思うんだけど。
値段が全然違うし、味も遥かに及ばない。
「んじゃー水原の気が変わらないうちに食べよ」
とはいえ2万。
1cmくらいで我慢した。自分の誕生日に取り寄せたのかもしれないし。
「これは何だ?」
「それ?クッキー。花のクッキー」
うわぁ。さすが2万のケーキ。一口で高級さが分かる。
ちまちま食べる私の隣で、クッキーを摘む水原。
水原はケーキを冷蔵庫にしまっていた。
「あれ?食べないの?」
「君がいると落ち着かない」
「いや、このケーキ食べているからそっちは狙わないって」
「君は油断できない」
信用ないな。
水原がこれはどこどこから取り寄せた限定の~とか自慢げに言い出したときは結構本気で狙うけど、今回は自分で作ったものだ。
そこまでの執着はない。
「これすっごい味が濃厚」
初めて食べる味わいに満足して、ご機嫌で皿を片す。
「ところで君、材料費足りているのか?」
今回のケーキはフルーツをふんだんに使った。それを水原は気にしているのだろう。
水原は妙に律儀なところがある。
「足りてるって」
ぴらぴらと手を振ると、水原は眉に皺を寄せた。
「しかし今回のケーキは……それなりに金額が…」
「いや、水原のバースデーケーキなのに、水原から貰ってる材料費を使うわけないじゃん」
一応プレゼントのつもりで作った。
それなのに水原のお金を使ってはプレゼントにならない。
「……………ふーん………」
「じゃあね」
玄関から手を振る水原。
何故かクッキーを持ち歩いている。簡素だけどラッピングもして、いつもは使わないファンシーな箱を使ったので、水原がそれを持つと違和感があった。
ぷっと吹き出しそうになりつつも後ろを振り返る。
言い忘れていた。
「あ、水原。ハッピーバースデー」
「……………あぁ……」
私の言葉に、水原はちょっと照れくさそうに笑った。