片隅のリアル No.12
大学を出て、町工場に就職した。
理由は、家から近いから。
朝早くても、家からすぐだから、それは苦にならない。早起きするのが大変なくらいだ。丑三つ時の時刻だから、通勤するときは、大変に暗い。夜中の町は人通りもほとんどなく、まるで自分が世界に一人取り残されたような感覚になる。それは少しさみしいけれど、仕事終わりに同じ道を歩けば、いつもどおりの町並みが広がっている。結局、そのなんともいえないさみしさも、いつもどおりの町の空気と、体にまとわりつく疲労で、帳消しになってしまう。
つまり、僕は大変に退屈している。
学生時代は、よかった。
別にセンチメンタルな気持ちではない。単に、学生時代は学生であることがすでにひとつの目的であり、学生はこうあれという決め事の中で生活できていた。
様々なことも、学生生活という太い芯の周りを取り囲む、小さなものでしかなかったのだ。
だが、学生という身分を剥奪されたらどうなるのか。
答えは簡単である。
ただの人になるのだ。
自由だのなんだのとはあまり口にしなくなる。
自由のための金銭は、生活のための金銭になる。
自由な時間は、その時間自体が楽しかった学生時代とは異なり、休日という自由の後にくる労働からの一時逃亡のようなものになる。
つまり、学生が言うところの、束縛された自由というのは、戯言である。
束縛されていても自由なら、それは結局自由だろう。
自由であるか否かなどどうでもいいのだ。
自由があるならそれは間違いなく自由なのである。
とまあ語ってはみたが、僕は普通の人間であるから、頭の中で自由とはいかにと考えても、その思想を行動に反映はしない。
疲れるし。
無駄だし。
意味がないから。
どんなにご高説しようが、言葉だけではなんの意味もない。
言葉だけで世界が変えられるほど、世の中にはミラクルはない。
変えたいなら、自分を変えろということだ。
つまり、僕は自分の世界に変革をもたらすことができないということに気付いたのである。
だから、当たり前に働いて、当たり前の生活をして、当たり前に生きる。
それでいいのである。
納得はしていないけれど、力がないなら、縮こまってたほうが幸せである。
とまあ、僕はそうして世の中に溶け込んで、可もなく不可もない人間として過ごしているわけだけれど、困ったことがひとつだけある。
退屈なのだ。
可もなく不可もない人間には、さしたる目的もない。
金がなきゃ暮らせないから、金が欲しい。
働いている理由なんてそんなものだ。
そして、可もなく不可もない人間の特徴は、すぐめげて、すぐ孤独を感じて、すぐ死にたくなるのだけれど、死ねない。
理由は簡単。怖いからである。
死ぬのが怖いのは当たり前だろうと思われるかもしれないが、違うのだ。
怖いとかじゃなく、漠然と嫌だなーとか思ってしまうのだ。
世の中に不満があるわけじゃないし、もしかしたら今に時代が微笑むのでは? なんてことを夢想する。
で、そのまま寝てしまう。
当たり前だが、こうなるといいなーと考えて寝たところで、実際はなにも変わりはしない。這い上がるチャンスをベッドの中で今夜も祈るという歌詞を聴いて、自分の状況に照らし合わせて納得してしまう。
ああ悲しき可もなく不可もない人間。
僕の話はどうでもいいのだ。
ここまで話しておいて今更と言われてしまうかもしれないが。
しかし、きちんと意味はあるのだ。
可もなく不可もない人間であるのだということを示しているからこそ、僕の趣味の話につなげられるのだから。
可もなく不可もない人間である僕の趣味。それは……
人間観察である。
肩透かしであろうか。だが、我々のような人種だからこそ、人間観察をしっかりとしているのだ。
そうしないと、二十分単位で終業までの時間を気にして、〈夜のベッドで死にたいと泣く病〉が発症してしまう。病があるうちはいいのだけど。
まあ、退屈は、僕たちの人種にとって、死活問題なのだ。
では、その人間観察の一部を、この場で文章化してみよう。なぜかって?
退屈だからである。
その一「佐藤竹子さん(仮名)」
まず名前からして平凡である。
佐藤で竹子である。
僕の中で覚えやすい名前というのは、強烈さゆえに頭にこびれついて忘れないものと、平々凡々で脳内の容量をまったく使用せずに記憶できるものに区分されるている。
佐藤と竹子。
これ、容量食っているのか?
三十秒の音楽ファイル以下の容量であろう。
なにより、この佐藤で竹子な人は、顔がものすごく庶民的なのである。
竹子という名前はこの人のためにあるのだなと思うほどである。
さて、この佐藤竹子さん。
平凡な名前で平凡な容姿(大変失礼であるが)の割に、我が工場での地位はそうとうに高い。
工場で僕が在籍しているセクションのリーダーをつとめているのだ。
すごいぞ佐藤竹子。
僕の職場における最初の人間観察対象は、この佐藤竹子だった。僕を指導する立場だから、よく一緒にいたし、それなりに親しみやすい人だったから、最初の対象に選んだのである。
観察しているうえで最初に気付いたのは、その声の大きさだった。
とにかく声が大きい。そして高い。
嫌な人ではないのだが、時々耳が痛くなる。
次に、おばさんと呼ばれる人々によく見られる特徴。
なんだか威圧されているように感じる。というものだ。
別に怖い顔をしているわけではないのに、何故だか時々、非常に威圧されているように感じるのである。
女の腕っ節で現場を生き抜いてきたことで、表情にそうした力が宿るのかもしれない。
最初のころは、この妙な威圧感のせいで、〈夜のベッドで死にたいと泣く病〉が多く発症した。
今では慣れたが、苦手意識は抜けきれない。
何だか、嫌われているように感じてしまう。
被害妄想かもしれないが、可もなく不可もない立場を守りたい僕は、嫌われることが怖いのだ。可もなく不可もない以上、誰かの横、それも三歩ほど下がった場所にいないと、僕は生きていけないのだ。仕事の覚えの悪さを、爽やかな挨拶と爽やかな笑顔でごましているが、それが通用しなくなったら……
夜が怖くなるので、もうやめよう。
その二「原田康介さん(仮名)」
工場に入った当初、先輩にさんざん脅かされたのが、この原田さんの存在だった。
やたら噛み付く。
怖い顔。
口調も怖い。
厳しい。
等である。
その時はにこにこして聞いていたが、内心はもうビクビクである。その夜はより一層ひどい〈夜のベッドで死にたいと泣く病〉でひどく苦しんだ。
責任をとってほしいくらいである。
で、その原田さん。なんと、僕の在籍するセクションの副リーダーであるとという。
もう落ち込んだなんてレベルではない。
落ち込みすぎて凄まじいことになった。
胃がキリキリと痛むのをこらえながら、挨拶をした。
「おはようございます。新人の○○です」
「ああ、そう。僕はこのセクションでサブリーダーをやってる原田です。よろしく」
怖いというのとは少し違った。
なんというか、言葉に感情があまりこもらないのだ。
だから、注意をしているときに、それが厳しい口調に聞こえてしまうのだろう。
話してみると、あまり怖いという印象は受けなかった。きちんとこちらから説明すれば答えてくれるし、無表情で淡々としているから、少しばかりの苦手意識は持ったけれど、僕の宿敵という感じではないので安心した。
基本仕事の話しかしないので、僕と会話することはほとんどない。仕事を教わる時に、軽く言葉を交わす程度だ。
隣同士で作業をしていても、言葉を交わすことはまずない。
だけど、僕が作業していると、時々声をかけて、こうすると効率がいいと指導してくれたりする。僕のことをちゃんと見ていてくれるてるんだなと少し嬉しくなった。
無口で無愛想な人だし、恐らく仲良くなることもないだろうけど、仕事をする上で上手に付き合っていければ、良い関係性を築けるのではないかと思ってはいる。
ここまでが建前。
本音は、
苦手、あんまり話したくない。
その三「菅生幹久さん(仮名)」
付き合いやすさでいえば、間違いなくこの人だろうと思う。
他人の三歩後ろを歩いていく人生を歩みたい可もなく不可もない人間にとって、明るく、気さくに話しかけてくれる菅生さんは、大変に貴重でありがたい存在である。
僕が一人で作業していると、気軽に声をかけてくれる。
ありがたいことである。
そして、この菅生さんの面白いところは、とにかく愚痴を言いまくる所だ。原田さんを印象を怖い人にしたのも、菅生さんが原因である。
根は悪い人じゃないんだけどという言葉を使い、その人がこういう人なのだということを一気に語る。
明るく気さくな人も、色々抱えているのだ。
明るく気さくであるが故なのかもしれない。
菅生さんは、僕のさいごの観察対象だった。
さて。僕の日常を感じ取ることができただろうか。
自分の心というものは、意外と自分でもわからないものだ。自分のことであるがゆえに、本心を見ようとしない。
はっきり言おう。
言葉にしなければ、伝わらない。
親だろうが。
友人だろうが。
同僚だろうが。
自分自身であろうがだ。
見つめなおすといい。自分のことを。可もなく不可もない人間である僕の戯言にここまで付き合ってくれたあなたへ伝えたいのは、それだ。
僕のように、人間観察という形でもいい。どんな形でもいいから、しっかりと自分と向き合って欲しい。それが、僕の願いだ。
さて、もうそうろそろよあけだ。たいくつもすこしはきえた。
それにぼくのやまいである、〈よるのべっどでしにたいとなくやまい〉は、どうやらなおったらしい。では、さようなら。
※以上は、昨年自殺したある青年の遺書である。今回、遺族の許可を得て特別に掲載した。
関係者の名前は、プライバシーの問題を考え、仮名としたことをご理解いただきたい。
追い詰められるということは、当事者の問題だ。
私は、今回この遺書を載せるにあたり、内容に目を通し、それを実感した。大小ではないのだ。規模や内容も確かに受けた苦痛を測る目安にはなるだろう。だが、当たり前のことだから、それは苦痛になりえないというのも、エゴなのではないか。
生きるということは、こんなにも難しいのだと、私はこの青年に教わったように思える。
二〇××年 九月一一日 週刊ゲンジツ・片隅のリアル担当:上杉敬司




