風の音・6
隼人の誕生日パーティーは、何をやったのか全く覚えていない。
ただ頭の中はあのプレゼントの事でいっぱいで、ケーキを飾りつけても、隼人の大好物のグラタンを作っていても、ただいまと言ったと同時に驚いた顔を見せた隼人の顔を見ても、珍しく家に帰ってきたお父さんが僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でても、とにかく、あのプレゼントは今どこにあるんだ、と、そればかり考えていた。
「……なんかヒロがおかしい」
食後、隼人がそう言って心配そうに僕を覗きこむ。熱でもあるのかとおでこに手をあてたり、目の前で手を振ってみたり。どうやら僕は隠し事なんてものが出来ないらしい。僕は自分がもっと冷静な人間だと勘違いしていた。
「そう? いつもと一緒よねえ、ヒロ君」
「はい……、え、なにがですか?」
「もう、ヒロ君たら」
「ごめんなさい」
ごめんなさい、隼人。そう口をついて出そうになって、飲み込む。せっかくの隼人の誕生日なのに、隼人の生まれた日なのに、こんなふうでごめんなさい。笑って、お祝いしないとダメなのに。
「ねえねえねえ!! 何があった!? なんでヒロ泣いてんの!?」
「あらあら、もうねえ、仕方ないわねえ」
「ごめんなさい隼人ぉ」
「いいよ、なんかよくわかんないけど、いいから! もういいから! な?」
泣いたのは、母が亡くなったと知らされた時以来だった。病院のベッドで目を覚ました時にはもう母はお墓の中だった。あの日僕は一生分の涙を流したと思っていたけれど、人間ってすごい、まだ泣けるんだ、なんて、どこかで冷静に考えていた。
僕の目の前で眉を下げに下げて困り果てる隼人と、今日あった事を回りくどく順を追って説明する涼子さんと、僕たちの様子にどうしていいのかわからずただ困り果てる父と。
皆が何だか同じ空気に包まれている気がして、大泣きしながら、どこかで何だか嬉しかったんだ。
「よしよし。もー泣くな。明日学校終わったら一緒に探すから。な?」
お風呂から上がって、いつものように僕の髪を乾かす隼人にもたれ掛かる。まだぐずぐずと泣いている僕に隼人は優しく声を掛けた。
「探すったってもう、きっと、ないよ」
「そんなのわかんねーだろ? な、どんな入れ物に入ってた?」
隼人はドライヤーのスイッチを切っていい香りのするスプレーをかける。ぐしゃぐしゃと僕の髪を撫でながら僕を覗き込んだ。
「確か薄いブルーの、このくらいの紙袋で、中に小さな箱が入ってて」
「店の名前は?」
「……確か、Blue moonって書いてた気がする。小さいセレクトショップだよ。色んなブランドのアクセサリーが売ってて。それで、シルバーの、すごく隼人に似合いそうな、ピックみたいな」
ギターのピックを象ったそれには、小さな青い石が埋め込んであった。他に赤や緑もあったけれど、隼人に似合うのは青だと思ったんだ。
「そっか、そっか。ヒロが選んでくれたの」
「うん……。絶対隼人に似合うと思ったんだけど、なくしちゃった……」
今頃誰かに拾われて、持っていかれちゃってたりするんだろうか。誰かの手に渡って、他の誰かが首に提げて。
「うー……、悔しい」
「あああもう、泣くなって。俺、すげー今嬉しいから」
「嬉しい?」
「ヒロが俺のこと考えて選んでくれたんだろ? その気持がめちゃくちゃ嬉しい」
隼人は、うん、と頷きながら、ドライヤーやスプレーなんかをいつもの籠に戻した。隼人の髪はまだ濡れている。いつもなら僕の髪を乾かした続きで自分の髪もやっちゃうのに。
「僕、隼人の髪乾かす」
「え、なに、いいって」
「いいから。ほら、座って」
「しゃあねえな。じゃー、やさしくしてね(ハァト)」
「ばかじゃないの」
ドライヤーのスイッチを入れると、静かなファンの音が辺りに響く。テレビもなにもついていないから、まるでこの世界にふたりだけになったような気分になる。時々家のすぐ前の道を通り過ぎる車の音も、今は聞こえない。
「隼人って」
「んー? なにー?」
隼人って、どうして僕の兄なんだろう。半分とはいえ血がつながっていて、どうしてこんなふうに出会ったんだろう。もし僕の母が死ななくても、僕たちは他のかたちで出会ったんだろうか。もし、運命というものが本当にあるなら。
「……あたま絶壁なんだね」
「うっせ、ほっとけ!」