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異世界トリップしたら死にかけた(笑)

作者: 九条 隼



 左腕は複雑骨折。右腕は小指が無くなった。泣く子も忘れる様な平凡フェイスには、何時代だよと突っ込まれること間違いなしの刀傷が二つ。もともと残念だと言われまくった頭には十二針縫う様な傷。因みに、縫ったのが適当な奴だったので五円ハゲとかじゃなくて坊主になった。

 左足は親指と人差し指の爪が剥がれている。右足はミラクルが起こって傷一つない。腹には風穴あいてたらしい。信じらんねえけど。だってふさがってるんだもん。……なんつって。


「絶望した……。俺、厳しすぎる現実に絶望したよ」

 そよ風が入り込む窓から青空を見上げる。

 病院ではない。ここは、なんとかっつう奴らの隠れ家だ。隠れてないけど。

 簡素だが器具だらけの部屋のベッドに寝かされ呻いた。

「あはは、いーじゃん生きてんだから。っつーかオカさん大げさだよ」

「いや、マジ死にかけたんだよね俺!? 大げさも何もなくねえ?」

「叫べるんだから平気だって」

 ユーヤは傍らでイスに腰掛け踊った様な奇妙な文字で書かれた漫画を読んでいる。

 今日の暇つぶし役はどうやらこいつらしい。全然俺の相手になろうとしてないけど。

 本当に楽観的な奴め。いつか俺と同じ目に会って絶望しろ!

「っていうかさあ、オカさん。マジでここのことなんにも知らねえの?」

「知らねえよ。なんだっけ……ぺドフィリア?」

「ちっげえーよ、フェドフィリカ。それ王様のまえで言ったら今度こそぶっ殺されんぜ?」

 からから笑うユーヤに思わず頭を下げて、激痛の走る体に思わず少し泣いて呻く。



 ここは、異世界。

 そして俺は、日本人大学生……だったはず。

 気づけば王様の寝室にいて、その護衛にひっ捕えられて地下牢で拷問的なアレを受けていた哀れな男です。覚えてないけど。(精神的ショックでうんたらかんたらって言われた)



 あーあ、日本に嫌気がさして現実逃避してた俺マジ爆発しろ。

 ついでに俺のお気に入りの漫画借りパクして早五年の月日が経つ藤島もな!!



 ***



 天は二物を与えずとどっかの誰かが言ったらしいけど、多分それは嘘だ。天はこいつに二物以上を与えたに違いない。

「うん、少しは良くなったみたいですね」

 サラサラストレートな髪を肩で切りそろえ、後ろで結わえている。男だというのに、大きめの黒いコートから見える白いうなじは艶めかしい。

 陶器の様な白い肌に、絶妙な位置に置かれたパーツ。柔らかな笑みを向けられれば男だろうが女だろうが溶ける様な気分になる。ちなみに俺は激痛で起きた時真っ先に見えたその顔に一瞬天使かと思った。今じゃそんな自分を慰めたい。

 百七十はあるだろう身長だが大柄なわけじゃなく、むしろ華奢だ。

 うちの大学の女生徒がこいつを見たら涎垂らして追いかけてくるに違いない。つまりは、絵本とかに出てくる王子様みたいなヤツ。

 ちなみにこいつは、俺の貴重な髪を何のためらいもなく刈り上げやがった張本人だ。


「……めちゃくちゃ痛いんですけど」

 エグイ傷痕を見て頷いたナナに嘘つけと返事をしてため息をつく。

「ふふふ、生きているからこその痛みですよ」

「いやそうでなくて! これホントによくなってんの!?」

「ええ、少しはね」

 少しかよ!

 っつうか俺、恐ろしすぎて未だに傷口見れないんですけど。

「でも、奇跡みたいなものですよ。王城に入り込んで地下牢に入れられて生きて帰ってくるだなんて」

「入り込んだ覚えはねえよ! いや、地下牢に入れられた覚えもねえけど」

 そうでしたね、と小さくナナが小さく笑う。

 思わず目をそらすのは、そっちの気があるわけじゃなくてなんか居た堪れないからだ。

 生まれてこのかた美形を生で拝んだことはない。

 美醜には辛口な妹がいたからか、今まで大してカッコいいだとか綺麗だとか思ったことはない。意識したこともない。……が、きっとこいつは百人中百人と言わずに美形だと言われるだろう。

 だから多分慣れないんだな、うん。免疫ないから。

「顔赤いですね……また熱が出たんでしょうか」

 ……ちがうって。

 そっちの気はないんだって!!!


 するりと細く白い指が額に触れる。ああああああもうマジ勘弁して。

「少し熱いですね……。まあ、ゆっくり休んでください。怪我で動くこともできませんけれど」

 やめて、伏し目がちに微笑まないで!

 違うってホントもう勘弁して下さい。

 俺いつから少年趣味に走ったんだよ! こいつどう見ても十五、六歳だろ!


「いえ、十四ですよ」

「なんで分かった!!」

「顔にかいてあるので」

 包帯だとかを仕舞い込んで、黒いケースを持ち上げる。

 その細腕は頼りないが、ユーヤからの話じゃナナは一万年に一人の天才だとかなんとからしい。まあ確かに、医術の腕は確かみたいだ。実際、こんなぼろぼろの体でふつうに叫んだりできるんだから。


「世の中は理不尽だな……本当に」

「ふふふ、命がある前に気付けて良かったですね」

 毒気を抜かれる様な笑みに思わずため息をつく。

 きっと、息すら詰まる様な美形の前でもこうして話していられるのは、この呑気な笑みの所為だろう。

 のんびりどころじゃない。かの、赤白ボールに入るモンスターのピンクの奴に負けず劣らずだ。なんだかんだいってエスパーっぽいし。あ、もしかしてこれってギリ?


 何か考え込んでいるらしいナナから目をそらして、一応。

「まあ、サンキューな」

 なんかここのリーダーらしいし。俺を拾ったのもこいつらしいし。

 取り敢えず言っておこう。異世界で死んだなんて笑い話にもならん。

「いいえ。ここで死ぬわけにはいかないのでしょう? 熱にうなされてた時、ずっと言ってましたよ」

「……マジか」

 くすくす笑って、胸ポケットに突っこんでいた黒縁の眼鏡をかける。

 まったく、何をしてもお美しい事で。

「真っ直ぐな人は嫌いじゃありません。リハも頑張りましょうね」

「……リハって辛い?」

 輝かしい笑みを浮かべているナナを見上げると、首をかしげてさらっと言いやがった。


「血反吐吐くのは確実です」

「やだ俺もうほんと打たれ弱いんだから勘弁してよ!!」



 夢見がちな人々に忠告してやろう。



 異世界なんて危ないだけだからトリップしたいとか命知らずなことは言っちゃいけません!!




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