第一話『嘘と道化とプロローグ』
人は誰も、人生という名の舞台を駆ける道化師だ。
姿を偽り、心を隠し、嘘を吐いて嘘を吐いて嘘を吐いて嘘を吐いた。
道化師は鏡を見ない。自分が何処までも嘘臭い存在だって、気づいてしまうから。
ああ、けれどもし、その瞳が鏡だったなら。
君は気づいてしまうのだろう。己の嘘に、歪さに。そして後は、壊れて行くだけ。
気づいて、壊れて、それからどうする?
その過去は嘘で
この現在も偽りで
あの未来さえも欺瞞
全ての感情はフェイク
きっと
それすらも―――
その後の空白にどんな言葉を刻むのか。嘘が終わった後にどんな物語を紡ぐのか。
それは本当に、君の思うがままだから。
最悪だ。そんな呟きを何度繰り返しただろう。
こんな眼さえなければ。こんな風にさせ育たなければ。こんな道さえ選らばなければ。
あんな嘘さえ、吐かなければ。
後悔したって手遅れだ。願いを叶えたくて彼女たちの目になった僕は、夢半ばにして消えていく。
考えてみれば、僕はいつだって見ているだけだった。大切な人たちが傷つくのを、眺めて立ち尽くすだけだった。
それが嫌で、何かを変えようとして―――結局、この有り様だ。
目の前に立つ、空白の道化師。彼は僕の頬を撫で、嘘と偽りを直接脳内へと流し込んでいく。
少しずつ、心が壊れていくのがわかるんだ。
僕だけが彼を見ることができた。なんでもない火曜日の午後、繁華街の横断歩道で偶然彼とすれ違ってしまった。
後を追って、路地裏に入っていくとき、僕は境界線上に立っていたのだ。
退くこともできる。立ち向かうこともできる。けれど僕には、戦う力がない。
いつだって、見えるだけだった。みんなが戦って傷つくのを、ただ眺めているだけだった。
嫌だ。苦しい。僕はここにいていいの?逃げてばかりでいいの?助けてあげなくていいの?ねえ、どうなんだよ。
嫌なんだ、もう。だから僕は、ここで根源を断つことに決めた。立ち向かうことを選んだ。
勝てる可能性なんか、それこそ1%も有りはしないのに。立ち向かって、あしらわれて、僕は壊されていくんだ。
全部諦めて、そっと目を閉じた。この瞳に、もう二度とおぞましいモノが写らないように。
だけど、ただ一つだけ聞きたかった。心が壊れる、その前に。
「ねえ、道化師さん。あんたはさ―――本気で笑えたこと、あるの?」
「―――ないよ。君と同じさ」
思ったより柔らかい声だな、なんて、そんなことを感じていた。彼が、答えてくれたのだ。
もういい、満足だ。それを最後に口をも閉ざした僕は、結びにそっと舞台の幕を下ろす覚悟をした。
『返して』
不意に、何かが聞こえたような気がして。
閉ざし忘れていたその耳に、清らかな福音を思わせる声がが流れ込んで来る。
瞳を、開きたくなった。おぞましいモノばかりのこの世界にあって、数少ない清らかなモノが、今目の前にある筈だから。
口を、開いてみたくなった。もう一度、彼女と言葉を交わしたい。この人生の輪、閉じるには早すぎる。
『―――真宮くんを、返して』
綺麗な声。温かい声。柔らかい声。聞きたかった、大切な人の声。
瞳を、開けた。
『ねえ、帰りましょう?』
僕は頷いて、差し伸べられたその手を取った。
綺麗な手。温かい手。柔らかい手。僕が触れたかった、大切な人の手。
今はまだ、自分がどうしたいのかわからいけど、生きていたいとだけは思えたから。
もう一度、立ち向かう決意ができたとき。足掻いてもがいて生きる覚悟ができたとき。
そのときはまた、あの場所に帰ろう。みんなと居た幸せな日々が詰まった、あの店に。
そして、物語の扉が開いた。
初めましてこんにちは。本作の作者、しろくろと申します。
あらすじと今回の話を読んで勘違いされるかもしれませんが、本作は幅広い要素を取り入れた上でのほのぼの日常ものとなります。
それでも構わんよという方は、タイトル『きっと、それすらも』の後に続く言葉を目指してご愛読の程を宜しくお願いします。