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 日が傾き、窓から太陽が差し込まなくなった教室。ヒカルは教室の隅へと行き、電灯のスイッチを入れた。


 パツパツ、と音を立てて、夕暮れの教室に光が点る。


「よっ」


ヒカルは教壇に飛び乗り、腰を下ろす。足をブラブラと放り出し、右手はくるくるとペンを回している。


 何も書かれていない黒板をぼんやりと見つめながら、ヒカルの頭の中は、先ほどのタクミとのやり取りで一杯だった。


 タクミの言うとおり、ヒカルはアカネのことが好きだった。


 幼稚園の頃からの付き合いだ。いつから異性として意識し始めたかなんて、覚えては居ないが、いつの間にか、アカネの事を好きになっていた。


 アカネの事が好きなのだと気づいたとき、ヒカルは、当たり前か、と妙に自分の心情に納得したことを覚えている。


 アカネは魅力的だ。これまでも仲良くしてきて、これからも仲良くしていく。それほど傍に居る異性に想いを抱かないはずも無いかと、変に冷静に思った事を覚えている。


 タクミの言った事で間違っているのは、自分が、アカネと付き合いたいと思って居る、と言うことだった。


 だからこそ、タクミの言動が理解できなかった。今まで、一度たりとも、ヒカルの中で、アカネへの好意とアカネと恋人同士になると言う関係性は一致したことが無かった。


 アカネのことは好きだ。しかし、アカネは自分と幼馴染なのだ。そして、自分はタクミとも幼馴染の親友で、もちろんアカネとタクミの間柄だってそうだ。


 好き、であることと、付き合う、という事は、イコールではない、とヒカルは思う。今まで、誰かと付き合った事など無いヒカルは、恋愛の何たるかを語るなんて気持ちは無かった。しかし、自分の心の中は自分で語れるだろうとも思う。


 ヒカルにとっての好き、は、付き合いたい、ではないのだ。


「どうしたいんだよ、タクミ」


 ヒカルの中で好きと付き合うが符合しなかったのは理由がある。決して付き合いたくないと思っているわけではない。ヒカルが、付き合いたいとならないのは、それより優先するものがヒカルにはあり、それはアカネと付き合ってしまうことで壊れてしまうものだと考えていたからだ。


 ヒカルは、なにより、三人の関係性を壊したくなかった。


 幼稚園から一緒に仲良くやってきた、三人。鷲尾輝。白鳥巧。琴月茜。この三人の関係性こそが、ヒカルにとってなにより優先すべきものなのだ。


 ヒカルは、自分を人付き合いの下手な人間だと思っていた。自分の感覚と、周囲の感覚に齟齬が生じることがとても不愉快に感じられるのだ。


 どうして、そんな性格に育ってしまったのか、自分にもわからないが、ヒカルは、そんな自分の、言うことのきかなさが好きではなかった。孤独であることに良いことなんて無いとも思う。でも、自分が思いつくことと、多くの友人たちが思いつくことは大抵一致しない。皆と、同じ考え方が出来ない自分もそうだし、精一杯皆の考えに合わせて行動してる時に、心の何処かで不快感を感じている自分も嫌いだった。


 そんな、幼く、歪な自分の居場所、周囲への窓。それがタクミやアカネと一緒に居る時間、空間なのだ。


 カップルと一人の男。そんな三人組があり得るだろうか。ヒカルがアカネを好きでなかったら。タクミがアカネを好きでなかったら。もしかしたら、そんなこともあり得たかもしれない。でも、そうはならなかった。ヒカルとタクミは少年から青年になり、傍に居た少女を、一人の異性として捕らえ始めてしまったのだ。


 だからこそ、かき回すことなどしたくなかった。


 タクミは、そんなヒカルの思いを知ってか知らずか、心の中に踏み込んできた。アカネの事が好きなのだろう、と。


 そんなことは、お互いに知っていたことだ。でも、これまで、一度だってそんな事は口には出さなかった。言葉にして、互いに認識してしまったら、それはもう目を背けることの出来ない何かになってしまう気がしたから。三人の中に亀裂を生む楔になってしまうかもしれないと恐れたから。


 答えのない問いが、ヒカルに立ち込める。目の前の濃紺の黒板が、えも言われぬ威圧感をかもしている気がした。


 左手を、そっと、ポケットに偲ばせる。そこには、タクミが勝手に書いて勝手に笹に結んだ短冊とは、別のヒカルの短冊。それは書きかけのヒカルの本当の願いが書かれた短冊だ。


「どうすれば、いいんだよ」


 ヒカルの呟きが誰も居ない教室に落ちた。

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