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アカネの優しさは眩しかった。
その光に照らされて生まれる影が怖かった。その暗がりに自分がぽつんと立っているのではないかと思うからだ。
いつも当たり前に恩恵にあやかり、信頼をしているアカネという娘に、自分はいつも迷惑をかけてばかりではないのかという鬱々とした感情がタクミを襲う。
ヒカルとアカネと自分の三人を男と女として並べてみると、いつもそんな思いに駆られる。おちゃらけて、誰かに迷惑をかけることも多く、コレといった長所も無い自分がアカネと一緒に居る事なんてと卑屈な想いが湧き出て止まらない。
そんな思いをヒカルなら、馬鹿じゃねぇのと言って、励ましてるんだかなんだかわかんない口調で叱咤してくれるだろうか。
そんな想いをアカネなら、何を言ってるのよと言って、笑いながら、そんな弱気で、と叱りつけてくれるのだろうか。
そんな彼らに、なんてな、と言って、心の底から笑顔を浮かべ、肩を、自分は並べられるのだろうか。
葛藤がタクミを襲う。
だから。だからこそ、今の自分のあり方に。自分たちのあり方に、何か一つけじめのような物が欲しかったのだ。
そんな思いで、密かにタクミは賽を天に預けていた。ヒカルに出てくると告げ、教室を後にしたときだ。
花びらを一つ一つ数えていく下らない恋占いと一緒。なんの根拠も必然性もない賭け。
廊下でアカネに出会わなかったら、告白する。出会ってしまったら機会をヒカルに譲る。
休日の、それも日が暮れ始めた時間。人気の無い校舎で、吹奏楽部の練習も終わってしばらく経ったこんな時間に、アカネと出会うことがあるだろうか。
アカネが居ないのなら、ジュースを買って帰り、ヒカルに自分のアカネへの懸想をカミングアウトするつもりだった。アカネを渡すつもりは無い、と一言告げるつもりだった。それがタクミの賭けである。
しかし、アカネは現れた。天真爛漫な可愛い笑顔を下げて、タクミに手を振って近づいてきた。
果たしてこの賭けは分が良かったのか悪かったのか。考えていた時も分からなかったし、今もどうだったのか、タクミには分からないままだ。
日中作業してる間、ずっと吹奏楽部の演奏が聞こえていたから、部活の練習があることはわかっていた。だが、アカネが来ているかどうかまでは知らなかった。日曜の練習は強制でないことも、アカネが学外の演奏会にたまに出席してることもタクミはアカネから聞いていて知っていたからだ。
だが、逆に、アカネが練習に来ているのであれば、これくらいのタイミングで、廊下で出くわすかもしれないとも考えていた。教室に吹奏楽部のBGMがなくなったのは、数十分前だ。演奏を止め、楽器を片付けるなり何なり、ミーティングやら何やら。大体、練習が終わってから、部員たちが、音楽室をあとにするまでのどれ位の時間がかかるかはよく知っていた。
練習終わりにアカネと一緒に帰ったことも少なくない。もちろん、ヒカルも一緒な事がほとんどだったが。
アカネが居ても、おかしくない。居なくても、おかしくない。今はそんな状況だった。
タクミはそんな不確かさにもたれた。
とにかく、自分でどれだけ悩んでも決められない決断を自分の与り知らぬ何かに託したかったのかもしれないし、考えたくはないが、もしかしたら、告白する勇気の出ない自分の言い訳を転嫁したかっただけかもしれないとも思う。
答えは出ない。しかし、そんなタクミの気持ちなどお構いなしに賽は振られた。
あと、するべきはけじめをつけることだけだ。
「おーい!」
小さくなっていく背中にタクミは声を掛けた。