もう一つの始まり
「なぁ?由紀。ここの時給って高すぎへん?普通のキャバの倍近やで?怪しい仕事やったらどないしょー?」
奈緒美が、派手な衣装に身を包み、厚化粧をしながら同じように厚化粧をしている、金本由紀に鏡越しに話しかけた。
「倍って何で知ってんの?奈緒ってキャバでバイトしたことあるん?」
自分でしたケバケバしい化粧にウンザリし、由紀は奈緒美の化粧をみながら
(そもそも、キャバクラで年誤魔化してバイトをせなあかん羽目になったんは、全ては奈緒美のせいやん。
あんたは、軟派されても適当にあしらうこと出来るかもしれへんけど、久美がそんなん出来るはずないやん。案の定だまされて、妊娠騒動やんか!)
「由紀ィィィ~。いくら私でもキャバクラでバイトなんかしたことないわ!ネットの求人サイトの時給と比べただけや!」
「しゃーないやろ!1週間で12万用意せなあかんねんで?マックで稼げるか?
それともアンタがあんなしょーもない男紹介したんやで、『ウリ』でもする?」
「『ウリ』なんて無理無理。出きるはずないやん!」
ケタケタと笑う奈緒美に、イラッときた由紀は奈緒美と向かい合いながら
「はっきり、言っとくけど。アンタが変な男を紹介したんが原因やで!久美は妊娠がバレたら退学やし、あそこのお父さん怖いやんか。
去年も成績が落ちた言うて、フルボッコやで!先生にも言われへんで、交通事故でって、説明して納得されたくらいのフルボッコやで?原因のあんたやったら殺されるで!」
シュンとした奈緒美に、これ以上悪態をついても何の解決にもならないことにイラつきながらも、由紀は何とか気を取り直して
「まぁ、スケベ親父のお酒の相手するだけなんやろ?久美のためにも1週間我慢するだけやんか!がんばろ!
しっかし、透け透けのドレスで下着丸見えやんなこの衣装、下着もスケスケやし、ほんま男は、すけべぇやな!」
そこへ、店の女性店長が現れて
「お!さまになってるね!バンバンかせいでね!1週間の体験入店だけでなく長く来てくれると助かるわ。体験入店期間がすんで、本採用の時には身分証持ってきてね!」
そう、二人がこの店を選んだのは、1日最低1万円保障。体験入店の1週間は身分証いらず。の条件があったからである。なにせ、二人とも高校2年生なのだ。
ユーロビートのけたたましい音が流れる店内への入り口に案内されながら
「まずは、みんなで店の中のカウンターの上を腰をフリフリしながら歩いてね。
常連さんで新人好きのお客様に話しは通ってるから、カウンターを2周したら11番のボックス席に行くのよ。」
「あっ!アミちゃ~ん。この二人体入なの。アミちゃんの後ろにつかせるから、11番に連れ行って10分程レクチャーしてあげてね。クルミちゃんとツンデレちゃんだから」
「?ち、ちょっとツンデレちゃんってどっちですか」
由紀は店長に詰めよった。
「ハイ、ハイ。行進が始まるよ。あたしに付いてきな!ツンデレちゃん。」
由紀の頭を撫で撫でし、アミは店内に入っていった。
(もう!なんで私がツンデレちゃんなのよ!)
膨れ面で由紀が続き、その後ろから笑いをこらえた奈緒美が続いた。
喧騒と拍手に包まれた店内に一歩足を踏み入れた瞬間に、由紀は身体が強張って、歩を進めること出来なかった。
脂ぎったオヤジから爽やか系のイケメンまで……30人近い男どもが、カウンターの回りで、低い椅子に腰掛けている。
そこを、ミニスカートをヒラヒラさせながら、キャバ嬢が練り歩いている。
早い話しが、パンチラ見学である。しかも、店から支給された下着は、うっすらと透けたTバックである。由紀にとっては、下半身裸で歩く気分と変わりわなかった。
付いてこない由紀に気づき、アミがカウンターから戻ってきて、由紀の手を強引に引いていった。アミに引きづられ、由紀は顔を真っ赤にしながらカウンターの上を歩いていた。
(信じられへん。見せ物やんか?ヤダ!Tバック下から見たらお尻丸出しやん!ええぇぇぇぇ!やだ、あの人のスカートの中におっさんが顔を突っ込んでるやん!
な・何?アミさんなんかバレーリーナみたいに片足挙げてる。あれって、大事なところも丸見えちゃうん?)
「きゃっ!」
後ろで奈緒美が小さく叫んだので、由紀は思わず振り返った。
奈緒美は右手に千円札を数枚握らされ。
スカートの中にオヤジが頭を突っ込んでいた。
奈緒美の顔を見れば、ただ見られているだけではないことは一目瞭然だった。
何とか、2周目が終わりアミにBOX席に連れて行かれる時に
「あなた達、いくつ?」
とアミに悪戯っぽく耳打ちされた。
二人はアミに連れられて11番BOX席に向かった。BOX席には今の喧騒に参加せずに、のんびりと酒を飲んでいる30台半ばの比較的体格のいい2人組みが座っていた。
「!」
(やばい!3年の体育担当の宮根やん。しっかし生活指導のくせして自分はキャバ通いかよ!信じらんない!気づかれるかな?どうしよう?)
由紀が悩んでいる間に、一同はBOX席に到着してしまい、アミはさっさと席に座ってしまった。
「クルミちゃん、ツンデレちゃん、ここ、ここ、ツンデレちゃんはスーツの方にクルミちゃんはもう一人の方の横に座ってね。」
それぞれの挨拶が終わったところで、アミが口を開いた。
「二人とも体験入店だから、手荒い事したら駄目ですよ。店長が期待している新人さんですから、お手柔らかにお願いしますね。
まだ、店のシステムも知らないんで、お二人から教えてあげて下さいね。さあ、さあ、クルミちゃん、ツンデレちゃん、お二人にお酒注いで」
ここからは、良い子の皆さんにはお伝え出来ませんので。結果だけをお伝えします。
バッチーーーーーンと大きな音がした。由紀がBOXの中でサラリーマンを、思いっきり張り倒した。
「どすけべぇ!気安く触るなボケェ!我慢にも限界があるわ!!」
思いっきり殴ったにも係わらず、殴られたサラリーマンは嬉しそうに
「怒ったところも可愛いね!まさしくツンデレちゃんだ。」
あきれた由紀はグラスを持ち、サラリーマンの頭から水割りをぶっ掛けた。
突然、サラリーマンは我に返ったように
「てめぇ~。このアマ!プレイ気分でやさしくしてやってれば図にのりやがって、兄貴、そんなMっ娘、放っておいて、こいつに焼きいれようぜ!」
既に、生娘ではない奈緒美は、宮根に身体中を愛撫されてヘロヘロになっていた。
「お嬢ちゃん?俺たちの事はな~んも聞いてへんのか?組連れていったろかぁ~~」
首を少し斜めにし、立ち上りながら由紀の顔を舐めるように見て、宮根は、机をひっくり返して由紀ににじり寄った。そこにあわてて女店長が割って入ってきた。
「すみません、すみません。まだまだ、新人なんで・・・・
お客さ~ん、お店で筋の話しを持ち出す出すのは・・・・ちょっとこまるんですよね。
ほら、ツンデレちゃんも、組事務所に連れて行かれたら困るでしょ?早く謝って、ほら。」
最初は、散々身体中を虫のような指でまさぐられ続けられ、キレた状態で騒ぎを起こしてしまったが、久美のこと、お金のこと、自分の学校のことなど、どうしようかと途方にくれていた由紀であったが店長の台詞を聞いて、話しの流れに合点がいった。
(宮根の奴、組=やくざと聞き間違えられて、そのまま勘違いをつきとおしとんねんわ。
なら、起死回生の一発をお見舞いしたろか!)
「店長、かまへんで。おっさん事務所に連れてってか。
なぁ!組長さんて女の人ちゃう?名前は鈴木悦子やんなぁ?(校長先生)そんで、若頭さんが斉藤一郎やったっけ?(教頭先生)兄貴分いやアネさんは、宮根智子(宮根の妻であり同高3年学年主任)やんなぁ。」
「!・・・・・・・・・・」
ギョッとした、宮根は、由紀が顔見知りかどうかを必死に見極めようとした。
考えれば、学校ではすっぴんの超優等生で生徒副会長の由紀と今のスケスケ衣装の由紀が同一人物と気づくはずはないのである。(奈緒美は、府外の私女子高)
由紀は、にやりとウィンクして勝ち誇った顔で、宮根に最後通達をした。
「どないするん?まぁ、帰るんやったら見逃したるわ。代金だけは払ろてってや!、修理代もな!」
宮根とその弟は、捨て台詞を吐きながら席を出て行った。
女店長は小娘に追い出された格好の宮根にへばりつき、通常の料金以外に修理費など、高額な額面を請求し、両名の財布の中身を残らず搾り取った。
疲れ果てて二人が控え室に戻ると、そこには湯気のたつ珈琲を啜っているアミの姿があった。
「アミさん!」
アミの顔を見た途端に、由紀の張り詰めていた気持ちが一気に崩れ、ポロポロと涙が頬を伝った。アミは、由紀を抱きかかえてやさしくこう言った。
「高校生がこんなところでバイトは関心せえへんな。事情があるのかもしれへんけど、今日でおしまいにしいや。
クルミちゃんはおぼこやないみたいやからかまわんへんけど、あんなんに逝かされとったら身ぃもたへんでぇ」
奈緒美にも笑顔を向けて「メッ!」と一言だけ言った。
そこへ、宮根兄弟から大金をせしめた店長が部屋に入って来た。
「おった、おった。もうあんたらは・・・・。アミちゃんもアミちゃんやで、助けに入ってくれると思っとんたんやけど?どないしたん?」
「少しは、お仕置きせなあかんやろ店長。ちょっとは怖い思いさせなあかんって。まだ、事情も聞いてへんしな。」
由紀と奈緒美に事情を聞き、店長は黙って12万円を手渡してくれた。
「こんなん、もらわれへん。」
由紀は遠慮したが・・・・・
「どうせ、さっきのいかさまヤクザ者の金や!正規代金と修理代はもらってあるから心配しいな。
どうしても受取にくいんやったら、さっきの客の素、。知り合いなんやろ?教えてくれたらいいわ。でどう?」
宮根の素性を説明しているうちに、店の方から叫び声や怒声が聞こえ始めた。
「またかいな。今日は揉め事の多い日やな!」
ブツブツと文句を言いながら、店長が店に戻っていった。由紀と奈緒美はアミに言われ、自分の荷物を整理し、着替えの準備をしていた。
バン!と扉が開き、血相を変えた、店長と料理人が部屋に飛び込んできた。
「閉めて!閉めて!」
店長が息絶え絶えにドアを閉めるように指示し、事情のわからないままにアミがドアを閉めた途端に、料理人の岡崎が、打ち合わせ用の机などでドアにバリケードを作り始めた。
「岡ちゃん?どないしたん?」
アミの問いかけに
「ゾンビや!ゾンビ!ゾンビが店ん中に現れて、客や嬢らを喰ッとるんや!店長!、こっちは塞いだからそっちのドアから出よ!早くせんと、ゾンビが店からあふれよるで」
よく見れば岡崎の白衣は血まみれで、両手には大きな包丁が握られていた。あわてて、5人は違う扉から出てエレベーターホールに向かった。途中で、アミは消化栓にすえつけられた大型の斧を見つけ、岡崎の包丁の柄で、保管されていた強化ガラスを叩き割り斧を身構えた。
だが大きなガラスの割れる音は、必然的にゾンビを呼び出す結果となった。
店から、派手な衣装を血まみれにしたキャバ嬢や、片腕のないサラリーマンが、覚束ない歩き方でノロノロと出てきた。
「階段に向かえ!」
岡崎は女性に指示し、ゾンビに対峙するように立ちふさがり包丁を振りかざせるように身構えた。
由紀と奈緒美が階段の扉にたどり着いたが、鍵が閉まっているのか押しても引いてもビクともしない。アミが追いつき、扉をドンドンと叩き、助けを求めた。
同時に、最初のゾンビが岡崎の包丁が届く範囲に到達した。岡崎は躊躇せずに包丁を横になぎった。
最初のゾンビは、目の上から頭の部分を岡崎に切り取られて、永遠の死を迎えた。岡崎は勇猛果敢に、左右の包丁を振り回し、10体ほどのゾンビを切り裂いていたが、振り回す包丁の勢いは徐々に弱まりとうとう右手をゾンビに噛み付かれてしまった。
「いてぇぇぇぇぇーーーーー。クソッタレ、離さんかい!」
ゾンビを蹴り飛ばしたが、岡崎は右手の肉もごっそりを喰いちぎられ、右手の包丁は音を立てて床に落ちた。
しかし、岡崎は痛みで覚醒したのか、残る左手の包丁を信じられない速さと力でゾンビに打ち付けていった。
しかし、所詮は1人。数分でゾンビに覆いかぶされるように飲み込まれていった。
「開いた?どう?」
岡崎の落とした包丁を拾い上げて、店長はアミに声をかけた。
「駄目!鍵がかかっているみたい。」
必死にドアノブをガチャガチャとまわしながらアミは必死にドアをけりつけた。
「アミ!高校生。頼んだわよ!」
アミに一声かけて、店長は包丁を握りなおしてゾンビに立ち向かった。
(たとえ、1分でも・・・・彼女達を助けないと!)
アミが最後と思いドアを蹴り上げようとした瞬間にドアが迫るように開かれ、サラリーマンが木刀片手に飛び出してきた。3人の女性を庇うようにし
「入れ!」
「こんだけか?」
アミは高校生の2人をドアの中に押しこみながら
「もう一人。」
と叫び、店長の方を見た。一瞬遅かった、覚悟を決めた店長は包丁を振り回しながら、ゾンビの群れに突っ込んでいった。
(孝之君。ごめんね、先生が・・・・先生が、いじめに立ち向かってあげられなかったから、君は一人で苦しんで逝ってしまったんでしょ。もう私は逃げないわよ。自分の命と引き換えにしても彼女達は守るわ。孝之君、先生に力を貸して、お願い。お願い。)
女の細腕ながら数体のゾンビを倒す事は出来たが、あっという間に店長はゾンビの群れに飲み込まれた。
「ちきしょう!もう10秒早くあけてたら!」
悔やむ本田を倉本は階段に押しこみ、扉を閉めた。