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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第四話 ネクタイと葡萄

 志之聡平(しのそうへい)は担任に呼び出されていた。要件は部活動の件だ。彼が通う高校は文武両道を謳っており、部活動へ力を入れているので、一年生の部活動への入部は半ば強制的なものであった。彼は持ち前の愛嬌と人当たりの良さで、ぬるりと催促を今日も切り抜ける。


 それから、次に彼が向かうのは下駄箱だ。中堂凛(なかどうりん)に自分の音源、つまり、アイリスの新曲を聞かせた後、彼と一緒に音楽をやることになり、同時にりんが立ち上げるという、同好会への入会も勧められた。今日はそれについて詳しく話を聞く。しかし、待ち合わせしたわけではなく、まぁ下駄箱にいつものようにいるだろうというだけの軽い気持ちで、聡平(そうへい)は階段を駆け下りた。



中堂(なかどう)。お前最近さ、よく一年の下駄箱で暇潰しているよな。今度は一体何をしようとしているわけ?」



 知らない声が聞こえた。誰かが先輩の名前を呼ぶ声。俺は咄嗟に角へ身を潜めて聞き耳を立てる。



「よく運動場にも行って、熱心に誰かを見ているようだしな」


「ハッ。お目当ての新入生くんでも見つけたかよ」


「あーホント、お前に目を付けられた子はかわいそうだな」



 ──え? 何。


 先輩の声が全然聞こえないのだ。穏やかな雰囲気ではなく、何かを数人で問い詰めるような。俺は少し身を乗り出して様子を窺う。



「おい! お前はそんな、おしとやかな奴かよ。なぁ違うだろ!」



 徐々にエスカレートしているのは嫌でも分かる。先輩を取り囲むようにして男子生徒、多分先輩たちが詰め寄っていた。その横を下駄箱を利用する一年生たちは怪訝そうな顔をしながら、そそくさと通り過ぎていく。知人がその渦中にいるので、わずかばかりの申し訳なさを感じる。



「……無視するわけだ。こんなんでもオレらはお前と一緒にさ!」



 生徒の一人が先輩の胸倉を乱暴に掴んだ。その瞬間、俺の足は勝手に動き出す。モヤついた思考でも、今割り込まなきゃいけないことだけは分かった。



「お取込み中すみません。そこー、俺の靴があるんでー」



 聡平(そうへい)はいかにも人畜無害そうな朗らかな表情で、(りん)のことを掴む生徒の肩を掴む。肩を掴まれたと確認するやいなや、自分よりも大きな男が視界を埋める状況はさぞ恐ろしいに違いない。男は短く気の抜けた声を上げると、咄嗟に凛を離す。それに釣られるように周りもたじろいがことでスペースが出来る。(りん)は気だるそうに腰を落とすと、落っことしてしまったヘッドホンを拾う。



「お、お前見ない顔だな、一年か。こいつがどんな奴か知らない癖に。中堂(なかどう)はな──」


「あー、俺そういうの興味ないんで。申し訳ないです。(りん)くんがどんな人かなんて、俺がこれから知っていけばいいことですから。先輩もしかして、ギターソロとかイントロ。飛ばす派ですか?」



 聡平(そうへい)は自分の靴を取りながら、男子生徒たちをにべもせず一蹴した。そして、平然と昇降口を後にする。(りん)はその後を何事もなかったかのように静かについていく。


 ──つい、余計なことまで言っちゃった。誰だよあいつら。少しイラっとして、つい余計なことまで口走ったかも……。


 冷静になった途端、後悔に駆られる。そんな俺の気持ちを余所に、先輩は後ろから何事もなかったかのように話しかけてくる。



聡平(そうへい)が遅いから、絡まれたじゃん?」



 先輩の声色はなんとなく暗かった。言いたいことをはっきり言うような明るい声はどこへやら。湿度を多く含んだようなジットリ感。


俺は振り返って、先輩の姿を確認する。顔をそっぽに向けて口を尖らせている。胸倉を掴まれたせいか、緩くなったネクタイが目に留まる。放課後だし、あれぐらいの着崩しは何も問題はないのかもしれない。だけど、先輩にはしっかりとネクタイを締めていてもらいたいと思った。そう思ったら、不可抗力で行動へ移すことができる。



「え、俺のせいですか? 先輩なら先輩らしく、一年の下駄箱で揉めごと、面倒ごとをおこさないで下さいよ。それより(りん)くん、ネクタイが緩くなってます」



 聡平(そうへい)はピシッと、改めて(りん)と向き合う。ゆっくりと近づき、中腰になると、凛の襟元を正そうとワイシャツに触れる。


 無理なく曲げたこの肘を伸ばせば、目の前の全てを手に入れられる。目線がいつもより落ちたことで視界に入るのは、先輩の喉ぼとけ。当たり前に、それは自分の存在をはっきりと主張する。


意識しなくとも目に入る丸。嚥下(えんげ)すると震えるように動く葡萄(ぶどう)は、あの歌を、あの音を奏でる時にはどんな動きをするのだろう。どんな想いを含んで動くのだろうか。触れてみたい。だけど、触れればあの音が失われてしまうのかもしれない。それを考えると恐ろしい。


手に取れる距離にあるものが酷く遠く、憎く高く思えてくる。俺はきになる葡萄の味を確かめる術もなく、決めつけることしか出来なかったキツネのように。触れられない理由を付けた。


 聡平(そうへい)は手際よく、ネクタイをしっかりと結ぶ。



「……はい。これでカッコつきますよ」


「──多分そういうところだよ」


「え? なんです?」


「なんでもなーい。よし、今日は聡平を部室に招待するから。いざ、部室棟へ!」



 (りん)は髪を揺らしながら走り出す。その元気で小さな身体、後ろ姿に安堵を覚えた聡平(そうへい)は、軽やかな足取りで彼を追いかける。

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