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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第二話 美男子先輩からの勧誘

 志之聡平(しのそうへい)中堂凛(なかどうりん)の後をついていくことにした。人の善意を無下に踏みにじることができない、彼の人の良さからか。それとも、(りん)から離れがたさのようなものを感じたからか。またはそのどちらもなのか。


 こそこそと二人で昇降口の横、勧誘の猛者たちの視線をかいくぐり抜け出すと、部室棟と呼ばれる教室がある棟とは別の建物の裏側へ回り込む。



聡平(そうへい)。君はその高い身長のせいで、あの勧誘どもの餌食になっているわけだね」


「っえ、餌食だなんて言い方は……」



 急に名前を呼ばれて、体は音に反射するかのように小さく震えた。この人、初対面からグイグイ来るタイプか。そうだよ。俺はあの厄介な勧誘の良い撒き餌だよ。



「だけどさー。君も今、ボクのことを、身長や、このカワイらしーい容姿から。性格なり、年齢なりを少なからず判断しているはずだよね」



 (りん)の身長は一般的な男子高校生よりも低い。というか、髪型や顔、見た目がとにかく女子みたい。凄く良い匂いもする。だけど不思議と分かる。こいつは男なのだと。今は上手く表せないけど、全てが収まる所へ収まった結果がこの見た目なのだと思える。


ん? こういう話の振り方をするってことは。あれ、もしかしてこの人先輩?



「ボク。実は三年生なんだ」


「え! すみません。てっきり同級生かと、いやでも、言われてみれば、部室棟とか抜け道とか一年生が知り得ない情報を──」


「まぁこんな見た目だし、慣れてるからいいよ。君も同じだろうし」



 全ての自分事を、他人にも当てはめて考えるなんてことは出来やしないだろう。二人の間には微妙な空気が流れる。そんな空気に構うものかと(りん)は、ずんずんと進んでいく。彼からは、小柄な体に似合わぬ頼もしさが溢れ出している。それから特に会話をするわけでもなく、二人は棟の裏側まで辿り着いた。



 正門よりも少しばかり、小さな門が見えた。いわゆる西門というやつだろうか。しかし、閉まっている。(りん)は特に気にする素振りもなく、門の横。生い茂った隅に身を投じる。彼よりも高い草木のせいで、面白いくらい簡単に姿は見えなくなる。


 先輩らしきものは、手を振りながら俺の名前を呼ぶ。え。行かなくちゃいけない感じ? 虫とかすごい居そうで嫌なんだけど。


俺は渋々、しげみへと足を踏み入れた。ブレザー越しでも分かる、ピンとした草花のたくましさを感じながら、先輩のいる場所まで急いで向かう。



「ほーら、見えるかな。あそこフェンスが破けてるでしょ」



 身を屈めながら指を差す先輩。そのしなやかさの先には、よくグラウンドとか野球場を囲んでいるやつ。緑色の格子状の金網があった。その一部が破けている。確かに、ギリギリ人ひとり分くらいなら通れそうな隙間がある。



「無理ですよ、俺じゃ。見るからに通れないですって。制服引っ掛かりますよ」


「そんなのやってみなきゃ分からなくない?」


「やらなくても分かりますよ! 先輩なら通れるかもしれませんが、俺には絶対無理です」


「なんでよ! せっかくボクが親切に教えてあげたんだよ」


「あのー、本当に意味分からないです。子供みたいな焦れ方はやめて下さい。俺、侵入者じゃないんです。正式なここの生徒。あそこ通るぐらいなら、堂々と正門から帰ります」



 逆ギレするようにぷりぷりと声を荒げた、おかしな先輩へ。俺は至って真面目に硬く返した。すると、先輩は笑い出した。



「ははは。君は本当に面白いやつだね。こんな変な先輩に、バカ真面目に付き合ってくれるなんてね。ごめんね。抜け道なんて嘘だよー!」



 先輩はそう言うと、ポケットから鍵を取り出した。少し錆びついたそれは、おそらく西門の鍵だ。



「ねぇ少しだけ、ボクの話に付き合ってくれない?」



 先輩は茂みから、ぴょこぴょこと出ていくと、舗道とその境目のブロックに腰をかけた。あどけない笑顔を俺に向ける。今から共犯者に、悪だくみを持ちかけるかのようなテンポの手招きで呼んでいる。あー、付き合わなくちゃならない感じね……。


 聡平(そうへい)はブロックへ律儀にハンカチを引いてから腰を下ろす。彼の横で(りん)は自身の膝を抱えるように腕を組む。顔だけを聡平の方へ向けながら、話し始めた。



「ボクさ、バンドでボーカルやってたんだよね。まぁ、結構? すごく? それなりにさ、歌上手いわけ」



 先輩は「どう? 凄いでしょ」と言わんばかりのドヤ顔だ。結局どれぐらい上手いのか全く分からない。なーんだ。自慢話かよ。



「バンド内でカバー曲だけでなくさ、オリジナル曲にも挑戦したり、ネットで宣伝したり、結構精力的に活動してたんだけど、メンバーから溢れる熱量みたいなの? 何かが足りなくて、ボクの気持ちとズレてきちゃって、結局辞めちゃったんだ。音楽性の違いってやつ?」



 多分違う。先輩とメンバーの人間性の違いってやつだ。この人、まだまだ付き合い浅い……というか今会ったばっかりだけど、少し人と外れている部分がある気がする。俺はほどよく相槌を打ちなが先輩の話を聞く。



「ちょうどバンド辞めた頃。ボクがやりたかった音楽ってこんなんじゃないんだよなーって思いながら、音楽サイトを掘り起こしまくったの。それで! アイリスを見つけたんだよ」


「ひぇ、そ、そうなんですねー」



 急に例の名前を出されて、驚いた俺は変な声をあげる。ここで登場するのか俺。出会い頭に偶然ぶつかった所の騒ぎではない。



「それで色々とアイリスの音楽を聞いてるうちにね。今度、もう一度音楽をやるなら、この人と一緒がいいなって」


「……ど、どうして、アイリスがいいんですか?」



 先輩は大きな目をさらに広げると、あからさまに口角を上げた。それから、俺の作る曲についてを語り始めた。使われている音がどうだ、あの曲の構成がこうで、だから良いんだ、といった音楽的なもの。聞くと自然にやる気が出る、なんか好きなんだという感情的なもの。様々な側面からの賞賛が止め処なく出てくる。あれ、これドッキリじゃないのかな。心がじんわりと温かくなるのを感じる。



「もう本当。ボクたち運命かもしれないね」


「え!? なに! う、運命?」


「だってそうでしょ。君は三十人の内の一人。アイリスを知る人物。つまりは居場所を知っているってことだ。ねぇどうなの?」


「はあ」



 いや、だから三十四人だってば。弱小投稿者はこういう数にはうるさいのだ。おそらく、小規模チャンネルの登録者は、大半が身内の場合が多いだろうから、俺がアイリスと近しい人物なのではないかという考察だろうか。全くその通りだよ。実際、俺のチャンネル登録者の大半が友達や知り合い、親などの身内で構成されている。


 俺はアイリスを知っているし、居場所も知っている。というか、ここにいる。だから間違ってはいないのだが、微妙に惜しい推理である。ここまで鋭いなら、むしろ俺がアイリスである線をなぜ思いつかないのだろうか。



「……う、ん。知ってーます。けど先輩には教えられません。俺口止めされているんです。彼、または彼女。恥ずかしがり屋なんですよねー」


「ああ、そうなのか! 分かった。これ以上の詮索はしないさ。迷惑をかけるつもりはないからね。ただ、これだけは聞かせてほしいんだ。アイリスは今元気なのか?」


「は、はい。元気ですよー」


「そうか! それだけでも貴重な情報だね。ありがとう。ちょうど一年前に投稿が止まっていたから心配だったんだ!」


「ありがとう……ございます」



 アイリスの無事を聞くと、あからさまに先輩のテンションは高くなる。



「へ? 聡平(そうへい)は本当におかしな人だね。なんで君がボクに感謝するのさ」



 俺はすぐに誤魔化した。



「まぁいいか! こちらこそありがとうね。なんか色々と聞いてもらっちゃって。好きな音楽のこと共有できるのってなんか良いね。こういう感覚は久しぶりだよ」


「いえいえ。あ、先輩。俺もう帰りますね。鍵開けてくれますか」


「あ、そうだった。ごめんね、呼び止めちゃって」



 先輩はピョンと立ち上がり、いそいそと鍵を開けに行く。その可憐な後ろ姿はほとんどショートカットの女子と変わらない。だからこそ、すらりとしたシルエットのスラックスが余計に映える。先輩によって開かれた門を俺はくぐる。



聡平(そうへい)。あまり部活のこと気にするなよ。自慢じゃないが、ボクは一年の冬にはもう部活から抜けてるんだ。最初だけ適当に入部して、幽霊部員の期間を経て、パッと消えればお咎めなしなんだよー!」



 なんなんだ。その微妙に役に立たない裏技未満の情報は。



「は、はい! ありがとうございます」


「それと……」



 先輩が初めて言い淀んだ。俺から目線を逸らすと、一瞬だけ目を瞑る。すぐに先輩はまぶたを上げると再び視線が合う。



「先輩は付けなくていいよ。名字か名前か。君が、聡平(そうへい)が、好きな呼び方で呼んでくれないかな」



 先輩はキリッとした顔で俺に、改めて向き直る。やけにピンとした姿勢が面白い。



「ふ。じゃあー……りんくん。──また」


Comodo(コモド)



 (りん)はそう一言吐くと、聡平(そうへい)へ手を振る。彼が視界から居なくなるまで。


 手なんか振っちゃった。何だか顔が熱くて、俺はすぐに振り返って歩き出した。あんなに自分の曲を、それも面と向かって褒められたのは初めてだ。だからなのか、恥ずかしさや嬉しさが体の内側で爆発しそうだ。柄にもなく嘘もついた。変な気苦労もした。なのに、なんでこんなにも俺の口角は上がったまま下がろうとしないのだろうか。



「ふん、ふんふーん。ふふーん」



 この世にまだ存在しない変な鼻歌なんかも歌った。


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