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灰春論理  作者: 透瞳佑月
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一話

 校外学習の班決めのせいでクラスの空気はおかしい。友達が少ないから(友達がいない、と言ってしまっても問題無いほど人間関係が希薄だがあえて友達がいないとは言わない。数少ない友達らしき、友達みたいな奴らに失礼だから)ラノベを置いた机に突っ伏して音楽を聞いている僕でもその空気は分かった。


 カーストが上の──スクールカーストとか、陰キャ陽キャとか、そういう言葉は個々の人間をまるでフィクションの登場人物の配置やパワーゲームの用語に貶めるような、本当に大切な物を取りこぼす言葉だから反吐が出るほど嫌いなのだけれど、思春期を集めた集団を描く上で使わざるを得ないのが最低だ。今後も吐き気をこらえて使うだろう。何の話だっけ?そうそう、カーストが上の陽キャ集団から中村葵が近づいてきた。陽キャの中では最も美少女だとされているクラスメイトだ。


「なに聞いてるの?」


 初音なんだからボカロだろ!と陽キャの集団から高橋蓮が叫んだ。わはは。と応える集団。


 初音咲久。僕の名前。


「透明少女」


「へ〜なんてアニメの歌?」


「勇者に転生した俺、魔王軍の幹部として人類に反逆します」


「おもしろそ〜ネトフリで観れる?」


「観れないよ。そんなアニメ無いから」


 笑顔の中村葵の口元がヒクつく


「この曲アニソンじゃないから」


「あ、ご、ごめんね〜なんか」


「なにが?」


「えっと……」


 沈黙が落ちる。


「あのね、校外学習の班決めなんだけど、市川くんがどこに入るか分かる?」


「知らない。僕と一緒で余った班に入るんじゃない?」


「藤宮さんとか、早波さんとか、伊坂さんとか、御園さんとか、荒木くんとか、ひーくんは?」


「レイが来るわけないじゃん。いーくんも来ないんじゃない?それ以外は知らない」


「……そっか!ありがと!」


 そう言って足早に去っていった。


 僕は音楽アプリを消して、朗読ソフトで物語シリーズを聴き始める。睡眠薬を飲んで寝落ちしようかと思ったが、昨日の夜の分で最後だった。


 僕はひーくんにメッセージを送る。


「マイ 10 1s」


「3000 昼休み 天文部」


 値上げしやがった。高えよ。


 いや、そんなに法外な値段ではないのだが、(そもそも睡眠薬を売買する行為が法外だ)いーくんは父親が大学病院の院長で、いーくんは父親の院長としての横領や不正、浮気など、ゴシップを通り越して法律の問題になるシャレにならない犯罪の証拠を沢山持っており、脅迫して処方箋が必要な医薬品を大量に流させている。それをまたネタにして脅し、必要な薬を必要な分手に入れられる立場を使って、この栄翔中学高等学園学園で極秘裏に安く売っているのだ。


 つまりはこの学園の薬物汚染の元凶そのもの。精神を病んだ教師まで顧客にはいる。一度壊れた心にとって、薬は常に足りないものだ。僕もその一人。


 キリのいいところまで聴き終わってイヤホンを外すと、2時間目の授業が始まっていた。


「先生、頭痛いんで保健室行ってきます」


「……おう」


 バッグを持って教室を出る。本当に保健室に向かうつもりだった。


 階段の踊り場で上から声がした。


「おっハツネサクはっけん」


「ようハルヒ」


 藤宮晴日。あちらのハルヒより若干不健康な自由奔放さを持つ少女だ。クラスでは、というより一年生で一番可愛いのは中村葵、ということになっているが中村葵より可愛い女子は何人か居て、藤宮がその一人。なぜその何人かは居ないことにされているかというと、みんな危ないので関わろうとしないからだ。そこに綺麗に咲いているが、誰もが見て見ぬふりをする花、その一人。


「どこ行くの?」


「レイんとこ」


「あっそう。ねえ、煙草行こうぜ」


「あほ、匂いで学校居られないよ」


「バカ?帰るんだよ」


「あーうん。OK。待って、天文部と図書室だけよる」


 天文部ではいーくんが部室のPCで美少女ゲームをしていた。


「昼休みって言ったけど」


 僕は黙って三千円と六百円を取り出した。


「まいどあり」


 そう言って渡されたのはマイスリー十グラムの錠剤シートと煙草ひと箱。


「マイスリー、あんた前も買ってない?金どうしてんの?」


「近所におばあちゃんが住んでる。僕はおばあちゃんっこだからよく行って肩とかもむんだけど、そのたびにおこずかいをもらえる。万単位で」


「ずるい」


 僕は無人の図書室で、「俺ガイル」と「好き好き大好き超愛してる」の返却手続きを勝手に行い、「GOSICK」と「空の境界」と「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」の貸出手続きを勝手にして立ち去った。


「舞城の、まだ読んでなかったの?砂糖菓子も」


 そういって藤宮は口を歪める。


 こういう、同属の人間にたいしてどのコンテンツをどれだけ追ってるかで値踏みする、こいつのスノッブ臭さには本当にいらいらするんだよね。今のはまだ全然マシで、時々本当に気持ち悪いことを言うので、たまに本気でぶん殴ってやろうか悩むときがある。そんなことはせずに、イヤホンを着けて会話を終わらせるだけだけど。一度スノッブ臭いから辞めた方がいいよってマジに言って、こいつは辞めるって言ったのに辞めないからもう知らない。


「どっちも三週目くらい」


『野良の喫煙所』と呼ぶべき場所が日本には多くあることに、君は気づいてるかな。


 要は喫煙所が少ない地域に自然発生する路上喫煙をするため喫煙者が集まる場所のことだ。野良の喫煙所となる場所には条件がある。それは都市の盲点であることだ。


 普通に生活していたら目の届かない場所、そこに住んでいる人でさえ存在を認識しえない生活の死角。喫煙者はそういった場所を嗅ぎつける嗅覚を持っている。吸い殻や酎ハイの空き缶が数年分溜まってるんじゃないかってくらい散乱しているのが目印だ。


 例えばここ、高架下の駐輪場の奥の奥、斜めに橋を支える柱が天井になって駐輪台はあっても自転車の出し入れが物理的に不可能なため見向きもされない空間なんかがまさにそんな、『野良の喫煙所』だ。都市の盲点としてはSランクにあたる。本当にいつ来ても誰も来ない。恐らく仕事帰りの時間帯や深夜に人が集まるのだろう。


 僕は煙草を取り出そうとしたが、ハルヒはサイレースのシートをパキパキやりだした。


 こっちもラリっちまわないと付き合ってられないから、僕もマイスリーの錠剤を次々シートから取り出していく。


「水ある?」


 そうしてぼくらは睡眠薬をオーバードーズする。


 渡されたコーラは炭酸が抜けきっていた。


 ライターが二つカチっと鳴る。


 煙草の煙はネタバレされた夢に似ている。


 吸い込む。先端が赤く光る。吐き出す。煙はせせら笑って消えていく。僕はそれを眺めながら、ニコチンに歓喜する脳味噌を可愛いと思った。


「荒木が、ちょっとやばめじゃない?」「教室にほとんど居ないのによくわかるね。でも大丈夫だよ」「いや、いじめの下準備でしょ、あれ。もう始まるよ」「大丈夫だって。サッカー部の奴らだろ?大将の加藤が部活のユニフォームで自撮りアップしてオフパコ募集してるツイッターのアカウント見つけたからついこの前野球部の高橋に教えた」「なんてばかなの」「サッカー部がまとめて引くほどピエロにされてたよ。サッカー部はみんな加藤のこと殺すみたいな顔してた。校外学習も近いけど、グループとかどうするんだろうね」「あれ行く?」「余ったところに入って当日休もうと思ったんだけど、いーくんとレイは来ないんだから班の人数ぴったりだなって」「えーっと……あ、そうか。じゃあハルヒも行こうかな」「だから、そう」「うん」「大丈夫か」「マジ丁度だから」「そうだね」「は?」「え?」「ああなるほど」「そう」「全然キまらねー」「マイスリーぜんぶゆめ?」「全部は飲んでないよ」「ハルヒはもう無い」「僕が」「僕がって?」「ああハルヒがね、なるほどね」


 三本目を吸い終わるころにはお互い吹っ飛んでた。頭を閉じ込めて押さえつけているなにかが温かく融ける。明晰夢の逆みたいに、起きていると分かっているのに夢の中みたい。甘い。やってはいけないと刷り込まれたものが上から順番に崩れていく。崩れていくからゲロと小便が沁み込んでるであろう地面に座り込んで、座っていられずに倒れ込んだ。藤宮は三角座りでもう目は現実を見ていない。


 仰向けになった僕にハルヒがまたがって、ヤニ臭い口でキスをしてきた。生ぬるい舌が入ってきて、僕はふらつく手でシャツのボタンを外し、緑色のブラジャーに手を突っ込んでハルヒの胸を揉みしだく。ハルヒがベルトに手を伸ばしたので振り払う。パチンという音と共に白い手がだらりと落ちた。


 ハルヒは市川とも、荒木とも、いーくんとも、つるんでる奴となら誰とでもやる。いーくんへの支払いに時折身体を使うこともある。僕はいつも本番はしない。だから実は僕だけが童貞なんだよ。


 やらない理由はみっつあって、あいつらと穴兄弟になるのが生理的に無理なのと、僕がまだけじめをつけていない恋愛感情を向けられていることと、ハルヒとやったあとどんな顔でレイに会えばいいのかわからないからだ。


 気が付くと夕方だった。誰かに見られた心配は経験上から必要ない。僕はハルヒを起こして、一本煙草を吸って目を覚ましてから分かれて帰宅した。


 両親は僕と生活することに耐えられないと、アパートを借りて僕をそこに隔離している。鍵を開けようとしたら空回りした。すでに開いている。咄嗟にポケットのナイフに手を突っ込むが、伊坂美琴が風呂とトイレにまで隠しカメラを仕込んだことへの抗議として全ての盗聴器、隠しカメラを破壊したことを思い出した。


 伊坂美琴は情報中毒である。彼女は知りたいと思った全ての知識と全ての出来事と全ての存在について徹底的に調べあげることを人生のテーマとしており、またそれを完璧に行える才能があった。サッカー部のなんとか君の恥ずかしいアカウントを見つけてきたのも彼女で、言ってしまえば僕の重度なストーカーなのだが、なにかと便利なためある程度のプライバシーは侵害する暗黙の許可を与えている。


「ただいま」


 盗聴している相手に挨拶とは変な感じだ。

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