第1話『星降る夜の約束』
星降る夜。
まだ旅立ちを決意する前、アリサはひとり丘に立ち、未来への不安と向き合っていました。
そこに現れたのは、月光を背にした銀鎧の青年――ルキオ。
静かな星空の下、ふたりが交わした言葉は、やがて「旅の始まり」に繋がる小さな灯火となります。
本編第1話の“幕間”を描く、補完エピソードです。
迷い、ためらい、そして生まれる小さな勇気。
ふたりの距離がほんの少し近づいた瞬間を、あなたも見届けてください。
夜の帳が降り、村は静まり返っていた。
遠くの家々からは松明の光が漏れ、虫の音がかすかに響く。
アリサは自室の窓から抜け出し、丘の上へと向かっていた。
――あの夜と同じ場所。
星を詠むたびに足を運んできた、村外れの見晴らし台。
胸の奥には、まだ熱が残っている。
星が告げた「月光の鍵」の幻影、そして村長ソルヴァの言葉――「お前だけが星の声を正しく聞ける」。
その重みが、眠りを遠ざけていた。
丘に着くと、風が髪を揺らした。
空は、どこまでも澄み渡り、星々が無数の銀砂のように降り注いでいる。
その光の下で、アリサはふと足を止めた。
「……怖いな……」
小さな呟きが、夜に溶ける。
選ばれた者としての責務。
まだ見ぬ道。
そして――自分にできるのかという、不安。
「……眠れないのか?」
背後から、低く穏やかな声が響いた。
振り向けば、銀鎧を肩に掛けたルキオが立っていた。
その姿は月光に照らされ、影を長く引いていた。
「……ルキオ。どうしてここに?」
「夜警の見回りだ。それと……お前の顔が気になった。」
彼は近づき、隣に立つと、しばし空を見上げる。
星明りだけが二人の間を照らしていた。
「さっき、部屋に来てくれた時……ありがとう。あの言葉に、少し救われたの。」
アリサの声は小さかったが、確かに届いた。
ルキオは横目で彼女を見やり、淡く笑った。
「星詠みの巫女でも、怖がるんだな。」
「……怖いわよ。星が導いてくれても……未来は、まだ見えないもの。」
アリサは星図を抱きしめるように胸に当てる。
彼女の横顔は、どこか幼さを残したまま、強くあろうとする人の顔だった。
ルキオは少し黙ったあと、ゆっくりと言った。
「俺は剣になる。盾にもなる。……お前が進むというなら、必ず傍にいる。」
その声は、風よりも静かに、しかし深く響く。
アリサは目を伏せ、小さな笑みを浮かべた。
「……ありがとう。そう言ってもらえるだけで、少し勇気が出る。」
二人の間に、言葉のいらない沈黙が降りる。
やがて、アリサがそっと問いかけた。
「ねえ、ルキオ。……守るって、何だと思う?」
唐突な質問に、ルキオは一瞬目を細め、そして短く息を吐いた。
「……戦うことじゃない。嘘をつくことかもしれない。
それでも……守りたいと思う人の前で、立っていることだ。」
その答えに、アリサの胸が温かくなる。
この人は、背負ったものがあるからこそ、そう言うのだろう。
それでも、立ち続けようとしている。
「……もし星が、悲しい未来を告げたら……?」
アリサの声が震える。
ルキオは迷わず答えた。
「その時は……俺が切り拓く。お前が星を信じるなら、俺はお前を信じる。」
その言葉に、アリサは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
星の瞬きがまるで祝福のように降り注ぐ。
「……ありがとう。星は、未来を教えてくれる。
でも、その未来に手を伸ばすのは……私自身ね。」
ルキオは小さく笑った。
「……やっと巫女らしい顔をしたな。」
ふたりは並んで星を見上げた。
静寂の夜に、寄り添う影がひとつ。
やがてアリサは、そっと囁いた。
「ルキオ。……行くわ。星が呼ぶなら。」
「……ああ。なら、俺も共に行こう。」
その瞬間、夜風が二人を包み、星がひときわ強く瞬いた。
それは、これから始まる長い旅の前に交わされた、静かな約束だった。
静かな星空の下で交わされた、ささやかな会話。
それは大きな物語の中ではほんの一瞬ですが、アリサにとって確かに「旅立ちへの一歩」だったのかもしれません。
彼女の心に灯った、小さな勇気の火。それがどんな未来へ繋がっていくのか――
本編や今後の短編を通して、ぜひ見守っていただければ嬉しいです。
次回の短編では、ゲルン視点の物語を予定しています。森とともに生きる獣人が、アリサと出会う前夜に何を想い、何を決意したのか……。
また、noteでは作品の裏話や制作ノートも更新中です。
星や月のモチーフ、キャラクターたちが生まれた背景など、「物語の外側」もお楽しみください。
→ 制作ノート#1|「星の声」はこうして生まれた
https://note.com/s_brown/n/n18cf35d41389
物語の続きも、裏側も。
あなたと一緒に、この世界をもっと深く旅していけたら嬉しいです。