バニーガールで挑むラスボスは間違っているのか
「だから、バニーガールで挑むなんて、絶対に間違っている!」
「いーや! 間違ってなんかない! 私は絶対これで行く!」
魔王城、ラスボスである魔王が住まうこの城で、男女が訳の分からないことで言い争う。議題はバニーのコスチュームで挑むラスボスは間違っているのかどうか。
「そんな際どい防具……そもそも防具なのか? それでどうやって魔王に勝つってんだ!」
「舐めないでよね! これでもちゃんと実用性があるんだから!」
反対派、クロム・ユーベルは世界を救うべく立ち上がった勇者だ。突如世界に現れ、数多の人々を飲み込んだ凶悪な魔王。そいつを討伐するべく立ち上がった勇敢なる者だ。
そして彼が故郷の村を出発する時に付いてきた弓使いの少女、セトラ・テーテルが絶賛バニーコスを着てクロムと言い争っている。
「おい、また始まったぞ」
「お〜またですか。ではどちらにします?」
近くではドワーフの戦士であるグルードと、エルフの神官であるシン・フォン・ギアーズがもはや恒例となったどちらが勝つかの賭け事を行う。
クロムとセトラが些細なことで喧嘩をし、グルードとシンが賭けをする。ここに来るまで幾度と行われてきた定番の流れだ。
前回の議題はパンに載せるチーズは溶けている方が美味しいかどうかだった。
「さすがに今回はクロムも引き下がらないだろう」
「ほう? では私はセトラさんの方にしますかね」
グルードがクロムに賭け、シンがセトラに賭ける。今回賭けられたのは次に呑むエールの代金だ。久しぶりに飲む酒が人の金とは、きっと素晴らしいものになるだろう。
「そんな肩丸出しで、足なんかタイツしか履いてないクセにどこに実用性があるんだよ! 頭なんか耳つけてるだけじゃないか!」
「これは普通のバニーコスじゃないのよ! 生地はそこら辺の防具よりよっぽど硬いわ。見てて!」
「はぁ!? お前何してんだ!」
セトラはホルダーから護身用のナイフを取り出し、勢いよく自分のお腹に向けて突き刺す。
クロムはその狂気的行動に慌てて駆け寄り、刺されたはずのセトラの腹部を見る。不思議なことに、布でできてるバニーコスは鋭利なナイフをしっかりと受け止め、その防御力を示していた。
「って、なんともない?」
「どう? すごいでしょ」
「はぁ~びっくりしたぁ……すごいでしょ、じゃないよ! そんな危ないこと急にするな!」
「ご、ごめん……でもでも、ちゃんと守れたでしょ?」
「確かにそうだけど、そこだけじゃないか。服がない肩とかはどうするんだ」
セトラの着ているバニーコスは一般的に想像できるもので、肩から腕にかけて地肌が出ているタイプだ。
そうなれば当然そこの防御はできないはずだが、セトラは自信ありげな表情で胸を叩く。
「ふふん。それは心配いらないわ。このコスチューム、肌のところは見えない障壁で守られてるの」
「なんだその無駄にハイテクな物は……」
実際にクロムが触ってみると、肌より少し離れた場所で硬い感触があった。いくら押してもビクともせず、ナイフで傷つけることも出来なかった。
「むぅ、防御力があることは認めよう。しかぁーし! 魔法ならどうだ!? 魔王は物理も魔法も使ってくる。物理耐久のある防具は魔法に弱いのが定番だ!」
「残念。魔法は吸収します」
「なんでだよ!」
クロムは膝から崩れ落ちる。ナイフを思いっきり刺しても通らない物理耐久、魔法は吸収して無効化。オマケにこのコスチュームは布製だから機動力も抜群。
言うことなしの性能だ。なんならクロムが使っている鎧よりも高性能だ。
「そんな、俺のグレートミラクルスーパーアーマーくんより強い……! つか、そんなもんどこから拾ってきたんだ」
「魔王城の宝物庫に置いてあったよ」
「なんでそんなとこに置いてあんだよ……!」
確かに魔王城に乗り込んだ際、宝物庫に入っていた。
クロムやシンはそこに溜め込まれていた金銀財宝に目を輝かせ、グルードはそこで物資を整えていた。セトラはその時にバニーコスを見つけていた。
正直なところ、クロムは納得しかけている。あまりにも強すぎるバニーコスをラスボス戦に着ていくことに。
しかしクロムは引き下がれなかった。なんかこう、最後の戦いになるかもしれないのに、その格好はどうなのかと。
「俺は認めないぞ……世界の平和が掛かっているのに、その格好は違うんじゃないか!? もっとこう、外聞的なのがさ!」
「いや、まずは勝つことが大事でしょ。周りの目気にして脱いで負けたら本末転倒じゃん」
「それはそうだな」
「グルードもそう言ってるよ」
「くっ……」
見た目的にはどう考えてもおかしい側から正論が飛んでくる。
世界の平和を掛けた戦いなら尚更手を抜いてはダメだろう。使えるものは使う。例えそれがバニーの姿になることでも。
「あ、そうだ! このバニーコス四着あるから、みんなも着ようよ!」
「なんで四着もあんだよ……!」
「グルードとシンさんもそれでいい?」
「俺はどちらでも構わん。魔王に勝てるならそれでいい」
「私も構いませんよ」
3対1、多数決ならもう負けている。
そもそも合理的に考えればバニーになった方が圧倒的に良い。高性能な防具を着ることは至極当然だ。
だがクロムは渋る。思い入れのあるグレートミラクルスーパーアーマーくんを見捨ててバニーコスに乗り換えるなんて、到底選べない。
「みんな着るみたいだし、クロムも合わせようよ!」
「でも、俺にはグレートミラクルスーパーアーマーくんが……」
「グレー……あーもう、何よそれ! ふん、そんなこと言うならもう口聞かない!」
尊厳と、幼馴染の板挟み。クロムは助けを求めるようにグルードとシンを見るが、彼らはもう賭け事の勝敗について盛り上がっている。
「うぅ、く、クソぉぉぉぉ!!」
八方塞がりな状況にクロムは頭を抱えるしか無かった。
**********
魔王城、その最奥。圧倒的な武力と魔術で世界の半分をその手に収め、強者として君臨する世界の悪、魔王はいずれ来るであろう勇者を待っていた。
心血注いで支配した世界を、かの勇者は取り戻すと豪語したからだ。
両開きの扉が開かれ、何者かが入ってくる。魔王は待ちくたびれたように振り返り、その愚かな者たちを歓迎する。
「ククク……よく来たな勇者共。我のところまでたどり着いたことは褒めてつかわそう。しかし、貴様らの旅路もここで終わりだ! 我の手で、貴様らの息の根を止めてや――えっ?」
魔王の前に現れたのは、男女構わずバニーの格好をしたコスプレ集団だった。
予想外の来訪者に魔王は唖然とする。何だこの場違いなヤツらは。
「よく聞け、魔王! 俺はクロム。お前を倒し、世界に平和を取り戻す者だ!」
「待て待て待て、なんも頭に入ってこん!」
「行くぞぉぉお!!」
クロムは魔王の制止を振り切り突撃する。最終決戦への熱い闘志によるものか、はたまた羞恥によるものか、クロムの顔を微妙に紅潮している。
しかし連携攻撃は見事なもので、シンによるバフを得たクロムとグルードが接近戦を仕掛け、攻撃の合間にセトラが遠距離で牽制を行い反撃のタイミングを与えない。
彼らがバニーの格好をしてなければ非常に様になっていただろう。
「うぉぉぉぉぉ!」
「待てと言ってるだろう! 貴様ら、最後の戦いになるかもしれんのになんだその格好は! 恥ずかしくないのか!?」
「うるせー! 俺だってこんなの着たくねぇよ!」
魔王からの純粋な問にクロムは荒っぽく答える。こんなはずじゃなかった。旅の集大成、最後の戦いがまさかバニーになって戦うなんて夢にも思っていなかった。
それは魔王も同じことであった。人生最後になるかもしれない神聖な戦いを、こんなコスプレ集団に負けていいはずがない!
「こんな破廉恥な者共に我が倒される訳にはいかん! ひねり潰してくれるわ! 出てよ、魔剣アルバラン!」
「気をつけろ! 奴も本気だ!」
魔王は手を上に掲げると、ポータルのような穴が現れる。そこからは人の背丈ほどある大剣が飛び出し、魔王は目の前にいるグルードに向けてそれを振り下ろす。
しかし大剣はグルードを切り裂くことはおろか、体に当たることすら叶わず弾かれる。
「何故切れん! アルバランは世界最高峰の魔剣だぞ!?」
「混乱しているぞ! 叩き込め!」
防御らしい物はなく、肌が丸見えだったはずなのに何故か大剣が弾かれる事態に魔王は理解が追いつかない。
その隙にクロムが剣を魔王に向けて突き刺そうとするが、紙一重で避けられた。
「くっ、ならば魔法はどうだ! 闇より這い上がる者共よ、奴らを粉微塵にしろ! 『ディザスターストーム』!」
魔王が呪文を唱えると、黒い竜巻のようなものが手から放たれる。
凄まじい回転と共に、竜巻はドリルのようにクロム達に襲いかかる。腹部目掛けて真っ直ぐ飛んでくるそれを、攻撃のために近づいていた彼らは避けられない。
しかしそれが当たることは無かった。黒い竜巻はこれまた黒いバニーの服の中に溶け込むように吸収され消えてなくなる。
「なんだそれは! 我の渾身の魔法を吸収しただと!?」
「どう? これがバニーコスの力よ!」
「物理は通らん、魔法は吸収される、そんな滅茶苦茶なコスチュームがあってたまるか!」
クロムも心の中で魔王の意見に賛同する。ただその滅茶苦茶なコスチュームが自分たちの勝利に大きく貢献しているので文句は言えない。
「だが、これならばどうだ!」
魔王が足で強く地面を叩くと、魔王の背後から黒い霧のようなものが放出される。それは空間全体を覆い隠し、真横にいた人が見えなくなるほどだった。
「うっ、これは!」
「ククク、フハハハハハ! 物理も魔法も効かんのならば精神攻撃だ! この霧を吸い込めば貴様らは我の忠実な下僕になる。本体に直接作用するものならばその忌々しいコスチュームも何も出来ない!」
魔王は勝ちを確信したように高笑いをする。支配者として磨かれた見事な笑い声だった。
使うつもりがなかった奥の手、最終決戦での真剣な戦いには野暮だと思っていた秘術だったが、先に勇者側がチート行為をしてきたので存分に発揮した。
一度でも吸い込めば催眠効果が出てしまう強力なものだった。
(――なさい)
「フハハハはっ……なんだ?」
魔王は気持ちよく笑っていたが、何かうっすらと声のようなものが聞こえた。
それが何かを探そうとする前に、先にそれは存在を示す。
(――着なさい……あなたもバニーを着なさい……)
「な、何だこれは……あたまに、直接入ってくる……!?」
清く、澄んだ声が頭の中で響く。
その御言葉は魔王の思考を一瞬にしてひとつの事に染め上げ、ある格好をするように促す。
それは至上にして、最も高貴な服装であった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
黒い霧で埋まった空間で、魔王の悲鳴が木霊する。
**********
魔王城。いや、かつては魔王城だったその城の前には人だかりができていた。
本日は世界が魔王の支配から解き放たれ、平和を取り戻した記念すべき日だった。
何十年も前の出来事だったが、確かにこの城で魔王は討たれ、世界に平和が訪れた。そしてここにはその魔王を打ち倒した勇者一行の銅像が建てられている。
「おー、ここがあの魔王城かぁ」
「すげーデケェな」
二人の青年が城を見上げる。天まで届きそうな城は当時世界を支配していた魔王の強大さを物語っているようだ。
そしてその入口の前に置かれている銅像も見る。
「これが勇者一行か。……なぁ」
「なんだ?」
「なんでこの人たち、バニーの格好してるんだ?」
「さぁ……?」
銅像の勇者たちは四人全員がバニーの格好をしている。どうして彼らがこんな見た目なのか、これを作った人は誰なのか、本当に彼らはこのような格好をしていたのか。
数々の謎や憶測が飛び交うが、その真相にたどり着くことはないだろう。
お読み頂きありがとうございます。
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