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4.デブ、戦々恐々

 それから、およそ30分後。

 春所高校の校舎裏にある焼却炉前の裏庭で、葦乃浜はひとり仁王立ちとなっていた。

 彼の足元には幾つかの人影が悶絶しながら横たわっている。

 そして目の前では、蓮十郎が尻餅をついて愕然たる表情を浮かべていた。

 たった今、葦乃浜は襲い掛かってきた蓮十郎の取り巻き連中をあっという間に薙ぎ倒し、圧倒的な力の差を見せつけたところであった。

 ひとりを倒すのに要した時間はほぼ一瞬だったのだが、それが都合七名だから、全体としては10秒もかかっていない。

 余りに一方的な結末に、先程まで上から目線だった蓮十郎はすっかり色を失っていた。


「馬鹿な……オマエ、本当にあの、駒崎なのか? 昨日までとは……まるで、別人じゃねぇか……」


 弱々しく呻く蓮十郎。

 確かに、彼の見立ては当たっている。今の祥太郎は、昨日の夕刻までとは完全に別人だ。

 昨晩の時点で、本来の祥太郎の人格は消え失せ、現在この肉体を支配しているのは綱取り一歩手前まで迫っていた大関葦乃浜なのである。

 たかがアマチュア喧嘩レベルの高校生が数名寄り集まったところで、勝負になる筈も無かった。

 この連中が礼儀正しい子供達ならば、葦乃浜もここまで徹底して叩きのめすことなどしなかっただろう。しかしこいつらはゲーム内でも、そしてこの世界に於いても傍若無人で暴力を是とする悪辣な連中だ。

 だからこそ葦乃浜としても、何の後ろめたさも感じることな、力一杯教育してやることが出来た。

 そう、これは教育だ。

 世の中を舐め切った馬鹿者共に世間の厳しさを教えてやる教導の一端なのだ。であれば、何を遠慮する必要があろう。


「これで分かってくれたかな。わしはもうあんたらとは縁を切らせて貰う。あんたらも、わしの周りでちょろちょろすんなよ。もし次、またわしの目の届くとこに()ったら、そん時こそホンマに容赦せぇへんからな……よぅ覚えとき」


 そこまでいい切って、葦乃浜は踵を返した。

 先に手を出してきたのは蓮十郎達の方だし、この人数で完敗を喰らったのだから、学校側に被害を申し立てる様な真似はしないだろう。

 葦乃浜としても、蓮十郎達と縁を切ることが出来た時点で、オープニングムービーでの惨劇を回避することが出来たと確信を抱いた。

 英輔と優梨愛を襲う面子の中には自分が含まれることはなくなった訳だから、あの善良なるヤンキー君と衝突する理由も消えたのである。


(よっしゃー、これで第一関門突破や……後は、明日のボランティアだけやな)


 ここから先は、もう完全に未知の世界である。

 今までのゲーム知識も、そして祥太郎の記憶から得た過去の経緯も全て役に立たない。全てが、出たとこ勝負だ。


(ちょっと不安もあるけど……まぁ、なる様にしかならんか)


 葦乃浜は割り切ることにした。

 あれこれ考えたところで、次善の策が浮かんでくる様な気もしなかった。


◆ ◇ ◆


 ところが、翌朝のショートホームルーム直前になって、予想外の展開が待ち受けていた。

 後ろの席に座っている優梨愛が、何故か祥太郎の大きな背中をつんつんとつついてきたのである。

 何事かと思って振り返ると、この超絶美少女は穏やかに微笑みながら昨日配布された連絡プリントの或る箇所を指差して声をかけてきた。


「あの、ね、駒崎くん……このボランティア、参加してみない?」

「え……わしが?」


 葦乃浜はごくりと息を呑んだ。

 祥太郎としての自分はもう、英輔や優梨愛とは一切関わることが無いと端から決め込んでいたし、そういう人生になるだろうと信じ切っていた。

 ところがまさかの、優梨愛からの申し入れである。

 今回は英輔や優梨愛の敵ではないから、例の善良なるヤンキー君に叩きのめされることはないだろう。仮に何かの手違いで彼が現れたとしても、葦乃浜としての実力を発揮すれば簡単に蹴散らすことも出来る筈だ。

 しかし一緒にボランティア活動に参加するともなれば、話は変わってくる。

 いうなれば、本来なら敵側である筈の祥太郎が、主人公サイドの一員として行動するということになる訳だ。そんなルートは今まで聞いたこともないし、想像することすら難しい。

 だが現実に、優梨愛の方から誘って来た。

 これは、どうすべきか。

 受けた方が良いのだろうか。

 この時、葦乃浜は昨日の蓮十郎達の姿を脳裏に思い描いた。

 あの連中はまだ、優梨愛を諦めていない可能性がある。既に現時点で本来のルートから大きく外れ始めているが、もしもその影響で善良なるヤンキー君が姿を現さなかったら、どうなるのか。


(白國さんを守れる奴は、誰も()らんようになる訳か)


 ひとりの無垢な少女を汚らわしい連中の手に渡してしまうのが、果たして品格ある力士のやることか。


(否や……これは見過ごせん)


 この先何が起こるか、分からない。

 であれば、常に細心の注意を払い、警戒線を張っておくに越したことはない。

 葦乃浜は腹を括った。


「うん、エエよ。一緒に行きましょか」

「わっ……ありがと! 駒崎くんならきっとOKしてくれるって、思ってた!」


 無邪気に笑う優梨愛。

 しかし、よく分からない。

 つい先日までいけ好かない奴だった筈の祥太郎を、何故彼女はここまで無条件に信じることが出来るのか。

 もっと警戒し、色々疑ってかかっても良いのではないか。

 いい方は悪いが、あまりにチョロ過ぎる。少しばかり善人っぽい顔を覗かせたぐらいで、どうしてここまで簡単にひとを信じることが出来るのか。


(あ……そうか……正ヒロインやから、か)


 葦乃浜は、何となく分かった様な気がした。

 そもそも主人公の英輔だって、大した取り柄のある若者ではない。ただゲームの主人公だからという理由だけで、彼は校内でも屈指の人気を誇る美少女とすぐに縁を結ぶことが出来た。

 それは、この世界で主人公サイドに立つ少女達が現実世界では考えられない程にガードが甘く、ちょっと良いひと、善良なひとと信じればほいほいついていってしまう頭の弱さ、都合の良さがあるからだ。

 だからこそ優梨愛も、葦乃浜の善性にコロっと騙されてしまったのかも知れない。


(うわぁ……これ結構、守る側になったら面倒臭い話ちゃうの?)


 葦乃浜、一気に不安になってきた。

 別の意味で、何だか怖くなってきた。

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