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3.デブ、宣戦布告

 デッドカミングアウトは、ただのエロゲではない。

 どういう訳か対戦格闘ゲームの要素をも取り入れた本格アクションエンタテインメントとしての側面もあり、同時に主人公が段々強くなってゆくRPG要素も多分に含まれている。

 何故エロゲにそんなに色々とあれこれ突っ込んだのかよく分からないのだが、兎に角このごちゃまぜ感が変にウケてちょっとしたベストセラー商品となったのは間違いない。

 そしてその主人公だが、これまた微妙におかしな設定の男子高校生だった。


(名前は、デフォルトやと暮坂英輔(くれさかえいすけ)やったかな)


 デッドカミングアウトはプレイ開始時に主人公の名前を変更することも可能だが、何もしなければデフォルトで用意されている名前を使用することになる。

 それが、暮坂英輔だった。

 この英輔、最初は非力な一般人で、格闘技など何ひとつ身につけていない。

 しかし親友の善良なるヤンキーに鍛えて貰ったり、数々の強敵との戦いを通して段々強くなっていって、最終的にはライバルでありラスボスでもある京極蓮十郎きょうごくれんじゅうろうを斃す、というストーリーだ。

 今どき、殴り合いの喧嘩で物事を解決するなんて話は余りに陳腐で荒唐無稽に過ぎるのだが、デッドカミングアウトの中では、これが普通だった。

 まるで暴力が支配する世紀末みたいなお話なのだが、一応舞台は法治国家、日本である。

 その余りに矛盾しまくりの世界観が、却って面白過ぎて多くのファンの心を掴んだのかも知れない。


(せやけど、こんなん現実世界の話やったら普通に警察出てきて終わりやで……っていうか、何でもかんでも対戦格闘で決めてしまうルールってどないやねん……それにあいつ、あんなヒョロッヒョロのもやしみたいな体でホンマに生き残れんのやろか)


 六限目のロングホームルーム中、葦乃浜は前の方の席に座っている主人公、英輔の細くて頼りない後姿を眺めながら、本当にあんなのが強くなっていくのかと本気で心配になっていた。

 確かゲーム内の時間経過はスタートからエンディングまで一年強ぐらいだった筈。

 そんな短期間で、格闘技の入門者ですらなかった英輔が、あんなにも大勢の強敵をばったばったと薙ぎ倒していけるものだろうか。


(わしが()った世界では、絶対無理やな)


 つい苦笑が滲んでしまった葦乃浜ならぬ祥太郎。

 ゲームの中の荒唐無稽な世界だから許される話であり、普通に考えたら絶対にあり得ない。

 あり得ないといえば、祥太郎の肉体も同様だった。

 通常であれば、厳しい稽古を毎日積まなければ大関葦乃浜としての肉体も技も勝負勘も維持出来ない筈なのだが、この世界では葦乃浜の力がそのまま何の稽古も鍛錬も無く永続的に行使可能らしい。

 余計な手間暇がかからない為、ラッキーといえばラッキーなのだが、余りにご都合主義に過ぎる為、葦乃浜自身としては却って薄気味悪かった。

 それにしても、よく分からない点がある。

 今は、ゲーム内のどの時点なのだろうか。

 葦乃浜が見たところ、英輔はまだ蓮十郎と遭遇していない。それ故、優梨愛とも特にこれといった接点が生じていないのである。

 英輔の幼馴染みである瑠兎は何かとちょっかを出して親しげにしているが、あの姿を見る限り、まだこの時間軸ではヒロイン達は蓮十郎の毒牙にかかっていないのだろうか。


(それならそれで、ちょっと色々考えることもあるかもな)


 祥太郎は、オープニングムービーの中で早々に退場してしまう悲しき三下モブの敵側やられ役だ。

 それは祥太郎がただ図体がデカいだけの無能な雑魚だからである。

 だが、今は違う。

 大関葦乃浜の力とタフさと経験が具わっているのだ。如何に英輔の親友である善良なるヤンキー君が強いといっても、大相撲の力士を相手に廻してカッコ良く技をキメるなんてことはあり得ない。


(けど、あのオープニングの出だしって、どんなんやったっけ)


 葦乃浜は太い腕を組んで考え込んだ。

 そして少しずつ、思い出してきた。

 物語は確か、英輔と優梨愛が放課後のボランティア活動で一緒になるところから始まる。そこへ蓮十郎率いるチンピラ集団が現れ、力ずくで優梨愛を奪おうとするのだが、非力な英輔は何も出来ない。

 そこへ颯爽と現れた善良なるヤンキー君が蓮十郎の部下を片っ端からぶちのめして撃退するのだが、そのやられ役の中に祥太郎も含まれている訳だ。で、そのまま退場。

 一方の英輔は、このままでは優梨愛を守れないと一念発起し、善良なるヤンキー君に弟子入りして強くなる為の切っ掛けを作り、ここからゲーム本編が始まるという流れだった。


(あの善良なるヤンキー君、まぁまぁイケメンやったし、ヤンキーのくせに無駄に爽やかやったから、結構人気あった筈なんやけど……)


 しかし葦乃浜が覚えている限り、あの善良なるヤンキー君には最後まで名前が与えられなかった筈だ。

 制作会社は飽くまでも主人公の英輔にフォーカスを当てたかったのだろうが、あのヤンキー君視点で別ストーリーを作っていたら、それはそれで良い作品が出来たのではないだろうか。


(いやまぁ、それはそれでエエんやけど、問題はわしがどうやってこの先の変な展開を躱すかやったな)


 要は自分が蓮十郎の配下に収まらず、英輔と優梨愛にちょっかいを出さなければ良いのだ。その場面に足を運びさえしなければ、一発退場は免れるかも知れない。

 となると、一度は蓮十郎と接触を取って腐れ縁をばっさり切り捨てるという段取りが必要だろう。


(えぇっと……オープニングのボランティアは、明日か)


 葦乃浜は先程配られた連絡プリントに視線を落とした。これに英輔と優梨愛が参加し、そのふたりに襲い掛かる格好で蓮十郎とその部下達が現れる筈である。

 であれば、そこがひとつのターニングポイントだ。


(まずは蓮十郎とはさっさと縁切っとこか)


 そんなことを考えながら放課後の廊下に出ると、丁度うまい具合に向こうの方からやってきた。

 蓮十郎が数名の取り巻きを従えて、祥太郎のもとへと歩を寄せてきたのである。

 流石にラスボスらしい風格が具わっているが、しかしその一方で小物感も微妙に漂わせていた。


「おい駒崎、明日のことでちょっと打ち合わせだ。面ぁ貸せ」


 さも当然とばかりに命令口調で告げてきた蓮十郎。

 今まで祥太郎は蓮十郎に小遣いを貰って、用心棒的な立ち位置で動き回ってきた。いうなれば飼い慣らされた犬の様なものだ。

 横柄な態度で命令されるのも、これまでのことを考えればやむなしだろう。

 しかし葦乃浜は、ふんと鼻を鳴らして明確に拒絶した。


「……いや、やめとく。わしぁもう、あんたらとは縁を切るよってな」


 ずばっといい切った祥太郎ならぬ葦乃浜。

 すると蓮十郎は額の辺りに青筋を浮かべて、鋭い眼光をぶつけてきた。


「テメェ……自分が何いってるか、分かってんのか?」

「分かっとるよ。金輪際、あんたらとは付き合う気は無いっちゅうとんねん」


 葦乃浜、啖呵を切った。

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