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2.デブ、赤面

 翌日、祥太郎として私立春所高等学校へと登校した葦乃浜は、周囲を取り巻く若々しい集団についつい、見惚れてしまった。


(若いって、エエなぁ)


 自分も昔はこんな初々しさがあったのかと下らないことを考えながら、祥太郎としての記憶を頼りに自身が属する二年A組の教室へと足を運んだ。

 デッドカミングアウトのゲーム本編にはただの一度も登場しなかった祥太郎だが、この世界では正ヒロインである超絶級の美少女、白國優梨愛(しらくにゆりあ)とクラスメイトということらしい。

 更に準ヒロインで主人公の幼馴染み枠である雪坂瑠兎(ゆきさかるう)も、同じクラスだった様だ。


(えー、マジかー……こいつ本編で顔も名前も出てけぇへんのに、設定だけ見たらめっちゃ恵まれとるやんか……)


 葦乃浜は泣きたくなってきた。

 先行き不明のモブのくせに、環境だけはかなり良いというギャップが我ながら情けなくなってきた。

 そうこうするうちに、教室へと辿り着いた。

 祥太郎の席は窓際から二列内側の中段辺り。

 身長が大きいから、後ろの席のクラスメイトは黒板を見るのもひと苦労なのではなかろうか。

 などと思っていると、教壇側の出入り口の空気が一変し、華やかな雰囲気に包まれ始めた。

 キャラメルブラウンのロングレイヤーカットを艶やかに揺らしながら、その超絶美少女はにこやかに挨拶を交わしながら室内へと足を踏み入れてきた。

 そう、彼女こそこのデッドカミングアウトの正ヒロイン、白國優梨愛そのひとだった。

 流石にその見た目だけではなく、立ち居振る舞いや喋り方までが悉くヒロインだ。敵側の三下やられ役に過ぎない自身の立ち位置から見ても、あの清廉な姿や仕草は流石だと唸ってしまう。

 ところがだ。

 ここで妙なことが起きた。

 正ヒロイン超絶美少女の優梨愛が、何故か祥太郎席の方向に真っ直ぐ歩を寄せてきたのである。

 何故三下やられ役モブに、彼女が近づいてくるのか。

 頭の中で幾つもの疑問符を並べていた葦乃浜だったが、しかしその謎はすぐに解けた。

 ただ単に彼女の席が、祥太郎席の真後ろだっただけの話である。


(あー、もしかしてわし、結構邪魔な位置に()るんとちゃう?)


 そんなことを考えながら優梨愛の姿を横目でぼんやり眺めていると、彼女は幾分強張った笑みを浮かべて、それでも一応祥太郎に挨拶はしてくれた。


「あ、えっと……お、おはよ、駒崎くん……」

「うっす。ごっつぁんです」


 つい、大関葦乃浜としての地が出てしまった祥太郎。

 するとどういう訳か、優梨愛は心底驚いた様子でそのキラキラとよく輝く瞳を大きく見開いた。何をそんなにびっくりする必要があるのだろうか。


(あ、そうか……わし、主人公の敵役やからか)


 オープニングムービーで主人公の親友であるイケメンヤンキーにぶちのめされる祥太郎は、恐らく早い段階から優梨愛にも警戒される様な存在だったのだろう。

 同じクラスとはいえ、既に敵としての立ち位置がはっきりしていたものと思われる。

 その祥太郎が気さくな調子で挨拶に応じたものだから、優梨愛も相当驚いたに違いない。


(いや、まぁ……わし、ホンマは祥太郎とちゃうしな)


 そう、見た目は三下やられ役のモブでも、中身は綱取り一歩手前にまで迫っていた実力ある大関なのだ。

 力士は何よりも品格が問われる。女子高生相手に凄んだり喧嘩腰になるなど、あってはならない。

 尤も、ゲームに登場するバイオレンスな野郎共にはその限りではないのだが。

 しかし当然ながら、優梨愛は相手が大関葦乃浜であることなど、知る由も無い。彼女は微妙におっかなびっくりな調子を崩さないまま、祥太郎の後ろの席にゆっくりと腰を下ろした。

 そして更に、周囲のクラスメイトらも妙な反応を見せていた。


「え……どうしたんだ駒崎の奴……白國に何のちょっかいも出さねぇぞ……」

「いつもなら、白國さんが嫌がるのも無視して猥談とか平気で持ち掛けたりするのに……」


 それらの声を聞きながら、葦乃浜は本来の祥太郎の余りの性格の悪さに辟易していた。

 そして遂には心の中で、


(祥太郎ーーーーーー! アホかお前はーーーーーーーー!)


 などと、大人げなく吠えてしまった。

 が、兎に角ここから先は大関葦乃浜としての人格で過ごしていかなくてはならない。力士たるもの、女子供相手には優しく紳士であるべきなのだ。

 今日からは今までの祥太郎の振る舞いは一切、控える。例え奇異の目で見られようとも、葦乃浜のこの決意は何ひとつ揺らぐことは無かった。

 やがて朝のショートホームルームも終わり、授業が始まった。

 葦乃浜は後ろの席の優梨愛に対して相当に気を遣い、自身の巨躯をなるべく脇に避ける格好で、彼女と黒板の間の視界を遮らぬ様にと努めた。

 すると優梨愛は、これまた心底驚いた様子でちらちらと祥太郎の顔に視線を送ることがあった。

 きっと今までの祥太郎は優梨愛に気遣うことなく、当たり前の様に彼女の目の前でその巨躯をふんぞり返らせていたことだろう。


(力士の風上にも置けん奴やな……まぁ本来の祥太郎は部屋に入門もしとらんかったんやろうけど)


 だが今は違う。

 現在の祥太郎は大関葦乃浜だ。弱者をいたわり、善良なる市民には敬意を以て接する。

 当然優梨愛にも、色々と気を遣うべきだ。例え彼女が正ヒロインであろうとなかろうと、ひとりの個人として最大限に敬わなければならない。

 そんなことを考えながら昼休みを迎えた。

 すると最初のうちはビビりまくっていた優梨愛が、幾分ぎこちない笑みを浮かべてそっと声をかけてきた。


「駒崎くん……その、今日は、ありがとうね……何だか随分、気を遣ってくれてたみたいで……」

「いやぁ、これぐらいは別に」


 葦乃浜は実年齢というか精神年齢でいえば十歳近く年下の女子高生に、こんな風に礼をいわれるのは初めてだった為、意味も無く照れてしまった。

 もしかしたら、多少顔が赤くなっていたかも知れない。

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