5 ◇ ラスティーナの準々決勝
全7話執筆済。短いので2話同日投稿します。
いよいよね。
ついに、ここまできたわ。
大会側から指定されたステージはゲームのストーリーモードと同じ「路地裏〈夜〉」。
静かに舞台を照らす街灯を見上げながら感慨に耽る。
前世の私は何度も繰り返し見てきた。
この準々決勝を、ゲームの中で。
ラスティーナ・ハイツェンベルンとウィリアム・アルガイズ、どちらのストーリーモードであっても準々決勝の相手は固定。この二人の対戦になる。
対戦前の特殊ムービーも一言一句すべて覚えている。
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ザッ……と地面を踏むウィル様の足元が後ろから映される。そしてその足音を聞いて、画面の奥に映っているラスティーナが勢いよく振り返る。
『ウィル様ッ!!』
ぱあっと顔を輝かせ頬を紅潮させるラスティーナ。
『……ラスティーナ嬢。』
対して表情を微塵も変えないウィル様。
『ウィル様。ついに……ついに対戦できますのね!わたくし、負けませんわよ!優勝するのはラスティーナ・ハイツェンベルンですわ!』
嬉しそうに、強気に笑って鞭を構えるラスティーナ。
その様子を見て、自らも剣を構えるウィル様。
『私は貴女とは戦いたくなかったのだが。』
ここでウィル様のお顔がアップで映る。
『……仕方ない。一瞬で終わらせよう。覚悟はいいか、ラスティーナ嬢。』
Round 1!! Fight!!!!
ッカーーーーン!
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ああーーーッ!!もう脳内再生余裕過ぎる!!!
はい格好良いーーー!!!もう最高!!!!ウィル様大好き大優勝!!!!
この素晴らしいムービーの後にラスティーナが勝ってしまうのが解釈不一致過ぎて、私はラスティーナのストーリーモードを1回クリアするごとに、ウィル様のストーリーモードを最低5回は周回して記憶を上書きしていた。
でも、今のわたくしは違う。
わたくしはウィル様に勝つしかない。
「ウィル様が負けるなんて解釈不一致」などという生ぬるいことは言っていられない。
何故なら、ウィル様のストーリーのエンディングが不穏だから。
ウィル様のエンディングは、要約するとこう。
〈最終戦の相手はこの大会の主催者だった。見事優勝したウィル様が、目の前で膝をつく主催者に話しかけようと口を開いた瞬間──!何者かが急に現れ、主催者を目の前で殺害。驚くウィル様に向かって黒いシルエットが不敵に笑って手を振り上げたところで画面は暗転。ウィル様の安否が不明なままエンドロールが流れる。〉
こんなの、認められる訳がない!優勝したっていうのに、不穏すぎるじゃない!
しかも厄介なことに、ゲーム公式からは「ウィリアム王子エンドが正史」と発表されている。
「正史ということは、ウィル様が公式で優勝者扱い!嬉しい!でもウィル様は無事なの?これ絶対ハッピーエンドではないし……まさか、死亡?それとも闇堕ち?!どっちもイヤーッ!!」と、当時は複雑な想いを抱え続けていた。
もしかしなくても、あれは続編「ロード・オブ・ファイター4」への布石だったのだろう。でも……それにしても、あまりにも終わり方が中途半端すぎる。せめて「3」終了の時点でのウィル様の安否だけでも描写しておいて欲しかった。
偏見だけれど、格闘ゲームというジャンルのストーリー展開はけっこうワイルドなものが多い気がする。主要キャラクターが次作ではいきなり死亡していたり、爽やか主人公が闇堕ちしていて黒幕側で登場したり、あっさり代替わりして子どもや後継者の話になっていたり、世界情勢すらも滅茶苦茶に変化していたり……格ゲーの世界では珍しくない。
私は続編の「ロード・オブ・ファイター4」が発売される前にラスティーナに転生してしまった。だから、この大会が終わった後の未来は何一つ知らない。
あの不穏なエンディングの後、ウィル様の身に何かが起きて亡くなってしまっている可能性だってゼロではない。
それならば。
ラスティーナとしてわたくしが優勝して、ウィル様のこともわたくしの手で幸せにするしかない。それが一番確実な道に決まっている。
ちなみに、ゲームのラスティーナのエンディングは完全にギャグ。
〈優勝したラスティーナ。立ち入り禁止エリアに咲いていた虹色の薔薇を偶然見つけ『ウィル様にぴったりの素敵な薔薇だわ!』と、その薔薇を摘んで花束を作りあげる。満を辞してどでかい花束とともにウィル様に告白しようとするも、ウィル様はすでに帰国したと爺やに報告される。すると突然花束は不自然にボロボロと枯れてしまい、ラスティーナはがっくりと肩を落とす。〉
というものだ。
正直内容は微妙だと思うが、わたくしの恋心以外は誰も傷付かず、ウィル様も無事に王国に戻っていることが分かる良エンドである。
このエンドを迎えてウィル様を危険から遠ざける。あとはわたくしがゲームのように呑気に薔薇など摘まずに、優勝者権限で王国の裏切り者やアンヴェリテ王妃の真相を探ればいい。これがわたくしの真の狙い。
…………って、えっ?
ねえ、ちょっと待って?うっ、嘘でしょう?
もしかして……この後すぐに、あの最高傑作ムービーが、目の前で──……生で繰り広げられるというの?!
「ま、待って待って!耐えられない!目の前であんな格好良い最高ムービーを本物のウィル様に繰り広げられたら……!わたくし、心臓が破裂するわ!!」
「ムービー?何の話だ。」
ザッ……
「っ、ウィル様!!」
不意に声を掛けられ、咄嗟に振り向くと、そこにはウィル様がいた。
ああ……ただ歩いて来られているだけなのに、なんて凛々しくてお美しいの。
「ラスティーナ嬢。」
見惚れたまま固まっていたわたくしを真っ直ぐ見つめたまま、ウィル様がわたくしの名を呼んだ。その声でハッと我に返る。
──そうよ、これからついに準々決勝なのよ!惚けている場合ではないわ。
わたくしは気合いを入れて、愛用の鞭を構えた。
「ウィル様。ついに……ついに対戦できますのね!わたくし、負けませんわよ!優勝するのはラスティーナ・ハイツェンベルンですわ!」
と、自然と口にしたところで気付く。
──って、この一連の会話……試合前の特殊ムービーの再現になってるじゃない!
気付かなかった。完全に無意識でやっていた。
──わたくしったら、すっかり「ラスティーナ」と同化しているのね。
正直なところ、わたくしは前世の記憶がある分、心のどこかでずっと「ラスティーナ」としての自分を俯瞰しているように感じていた。自分のことなのにどこか他人事のような、常にアイデンティティが揺らいでいるような、そんな心細さもあった。
でも、自分でも気付かないうちに、わたくしはちゃんと、心の底から「ラスティーナ」になれていた。
たった今それが実感できた。
その事実がなんだかとても嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
……さて、自分自身の人生に自信と自覚が持てたところで、改めて気を引き締める。
次のウィル様の台詞が終われば、試合開始。
集中力を切らしてはダメよ。ウィル様の格好良さにうっかり叫んでしまわないよう耐えなければ。
わたくしが精神統一をし始めたところで、ウィル様が剣を構えた。
「ああ。俺も貴女と対戦したかった。」
「…………えっ?」
「すまないが、勝たせてもらうぞ。覚悟はいいか、ラスティーナ嬢。」
「えっ?……えっ?ちょっと待っ……!」
Round 1!! Fight!!!!
ッカーーーーン!
ちょっ、待っ──ねえ!!
「俺」って!!「対戦したかった」って!!!
ねえ!!ウィル様?!?!
ゲームと台詞が違うじゃない!!!!
わたくしの脳内が滅茶苦茶に掻き乱れた瞬間、無慈悲にも試合開始を告げるゴングが鳴り響いたのだった。