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3 ◇ ガイル・バートラッド

 時は少し遡り、ゲーム「ロード・オブ・ファイター2」の1年前。ウィリアムが大会に初出場する1年前のお話になります。

 ラスティーナ、ウィリアム、ガイルが14歳のときです。


 全7話執筆済。基本毎日投稿予定です。

「ガイル。彼女は……本当に俺に惚れているのだろうか。」



 また始まった。



「は〜〜〜めんどくせ〜〜〜!!

 お前、ラスティーナ嬢と手合わせするたびに同じこと言ってんじゃねえか。いい加減事実を素直に認めろよ。

 お前に会うと毎回可哀想なくらい顔も首も真っ赤にして『あっ、あひゅっ……ウィルさっ、アッ、ウィリアム様っ!』とか言ってさ、お前の一挙手一投足を見ては『かっこいい……』『最高ですわ……』って呟きながら拝んでる奴だぜ?

 それでいて極めつけは()()強さ。お前に並び立ちたい一心で強くなってんだろ?

 もうそんなん好きに決まってんじゃん。惚れてない可能性を追えるお前の方がどうかしてる。」


 ウィルがラスティーナ嬢と初めて試合をしたあの武闘大会事件から早3年。

 あれ以来、騎士団長でもある親父の計らいもあって、オレら3人は数ヶ月に一度の頻度で会って手合わせをしている。


 ……いや、改めて考えるとおかしいだろ。

 ウィルは王子でオレは騎士だからまだ分かるけどさ、何で令嬢が一緒になって戦闘の腕を磨いてんだよ。


 まぁとにかく、ラスティーナ嬢とはそうして交流をもつようになった訳だが、この人間不信を極めた無表情無感情王子はどうも彼女に()()がいっていないらしい。



「……彼女はまたさらに腕を磨いていた。」


「そうだな。オレはもう勝てねぇもん。」


 悔しいけど。


「ガイル、お前は一対一の決闘に特化していないだけだ。彼女は逆に複数人を相手にすることや不意打ちで襲撃されることを想定して訓練していないだろう。単に専門の違いだ。」

「……どうも。」


 ただ事実を認めただけなのにウィルにフォローされてしまった。

 そうだよな。オレはオレで護衛騎士としての力をつけていこう。

 前向きが取り柄なオレはウィルの言葉をありがたく受け取っておくことにした。


「話を戻すが、彼女の飽くなき強さへの探求がどこからくるものなのかが……俺には分からない。」

「んー、つまりどういう意味だ?」


 ウィルのほんの少し躊躇うような言葉に、オレはストレートに切り込んでいく。

 無表情で何考えてるかわからない王子ではあるが、多分、ラスティーナ嬢を疑うことに申し訳なさと後ろめたさを感じているんだろう。それだけの情はあるってことだな。

 オレの質問に、ウィルは一瞬考えたような素振りをしてから答えた。


「……武芸を嗜むものなら皆分かるはずだ。彼女の域に達するのがどれほど困難なことか。」

「まぁな。てか大半の人間はあの域に達する前に死ぬよな。」

「そこまでする理由が『俺に惚れた』だけではおかしいとは思わないか?」

「……んん?」

「百歩譲ったとして『将来的に王妃の地位を手に入れるため』ならばまだ分かる。」

「ああ、そういうことね。」


 つまり、ウィルは「俺に惚れてるってだけであそこまで強くなるのはおかしい。王妃になって権力を握りたいって動機の方が理解できる」って言いたいんだよな。

 オレは今さらラスティーナ嬢を見てそんな風には思えねえけど……まぁ、権力争いのど真ん中で命や肩書きを狙われ続けてる王子本人からしたらそっちの方が普通の発想なんだろうな。


「だが……それでもまだ不可解だとは思う。」


「なんで??」


 オレは一応の理解を示したってのに、まだ疑問が尽きないのかこの王子様は。


「俺に近付くのが目的だとしても、あの彼女の強さは過剰だ。婚約者になるだけなら、侯爵家から普通に打診すれば良い。ハイツェンベルン家であれば家格も派閥も問題ないだろう。

 他家との差別化をはかるために『武芸を嗜む令嬢』という個性を身につけようとしたとも考えられるが、それならば11歳のあの武闘大会の時点ですでにその目的は達成されていたといっていい。いずれにしろここまで強くなる必要はない。」


「うーん、まぁ、言われてみればそうかも?」


「好意的に解釈するのであれば……今の彼女は、武闘家として己の限界を知るべく高みを目指しているのだろうか?一定数はいるからな。己の肉体を究極まで磨き上げることを生き甲斐とする層が。

 ……ああ、だとすれば一応の納得がいく。定期的な俺やガイルとの手合わせも、手放すには惜しい貴重な研鑽の機会なのだろう。」


「いや違うだろ?!

 手合わせにくるアイツ(ラスティーナ嬢)に下心があるとしたら、それ『貴重な研鑽の機会だから手放すには惜しい』じゃなくて絶対『貴重なウィル様にお会いできる機会だから死んでも手放しなくない』だろ!!賭けてもいい!アイツはそういう奴だ!!」


 こっちは知ってんだからな。

 手合わせの日は毎回、車降りてからスキップしてきて、ウィルが来るまでずっと手鏡見ながら服と髪を整えてブツブツ会話の練習してるってこと。

 いざウィルがその場に来たら、髪を振り乱しながら振り返って勢いよく立ち上がって「ウィル様!!!」って叫んじゃってるから台無しになってるけど。

 今までそれも健気な乙女心だと思って黙ってやってたけど、ウィルに妙な誤解されかけているこの状態の方がアイツにとっては不本意だろうな。

 仕方ない、今度ウィルにもあの姿を教えてこっそり見せてやろう。


「……だとしたら、やはりおかしいのではないか。『俺に会うため』だけなら、ここまできたら後は『手合わせの見学』や『茶会』に切り替えても良いし、婚約の打診に持っていくことも可能だ。

 わざわざ危険や身体的苦痛を伴う『力』に固執する必要はない。

 ガイルとも親睦を深めて外堀も埋まってきているのだから、成功する確率は充分に思えるが。」


「あ〜……なるほどね。今度こそお前の言いたいことがよく分かった。」


 3年間で培ってきたラスティーナ嬢への情を抜きにして考えれば、たしかにウィルの言うことも一理ある。


 たしかに、ラスティーナ嬢はウィルを好きだと全身で分かりやすく伝えていながら、婚約者の立場を要求してこない。血反吐を吐くほどの修行をしてまでウィルに並ぼうともがくくせに、一切の見返りを求めない。ウィルはそこに矛盾を感じているんだろう。


「無償の愛」と言ってしまえば、それまでではある。

 ……だが、そこまでの重い純愛なんてあるか?


「言われてみれば。オレだって、婚約者のエリスのことは好きだけどさ、だからといって『オレもエリスに負けないくらい語学堪能になってやる!まずは7ヶ国語をマスターだ!』って気には到底なんねえもん。そりゃ多少は『オレも語学頑張ろう』くらいの刺激は受けるけど……切磋琢磨にも限度があるっつうか。

 婚約者にすらなってねえのに国内最強の怪物王子に戦闘力で並ぼうってのは、極端だよなぁ。」


 そういうことだろ?とウィルのほうを見ると、ウィルは小さく頷く。


「ん〜……まぁそうなると…………たしかによく分かんねえなぁ。ラスティーナ嬢の真意。」


 母親であるアンヴェリテ王妃が殺されてから、幼くして感情を無くしたと言われている完全無欠な王子様。

 オレからすれば、ウィルは周りの大人たちのせいで誰も何も信じられなくなってしまった、可哀想で大切な、ただの同い年の親友だ。

 独りで生きているウィルは(つら)そうで、だというのにその(つら)さに本人は無自覚だ。少しだけでいいから、人を信じることも覚えてほしい。

 欲張るなら、ウィルにも心から愛せるパートナーが現れればいいと思う。この国の王子として、ひとりの人間として、今まで苦労しかしていないウィルには幸せになってほしい。

 それがラスティーナ嬢であればいいとは言わない。

 けど……正直、ラスティーナ嬢レベルにぶっ飛んでないとこの王子の心の壁は崩せないだろうとも思う。


 この疑心暗鬼な親友(ウィル)のために、そして想い人に変に誤解されかけている友人(ラスティーナ嬢)のために、オレは一肌脱ぐことにした。



◇◇◇◇◇◇



 ──つっても、オレは策を練るのは得意じゃないから、ラスティーナ嬢に直接会って話を聞くってだけなんだけど。



 あの後すぐにオレは非番の日を確認し、ラスティーナ嬢に連絡を取り予定を合わせた。

 そしてオレは今日、初めてハイツェンベルン家を訪れているという訳だ。

 もちろん婚約者のエリスにも許可を取った。エリスはラスティーナ嬢とも何度か交流したことがあるらしく、オレが相談したらすぐに「ええ、まったく問題ありませんわ。あんなにも聡明で一途なラスティーナ様ですもの。ガイル(あなた)と何か起こるなんて絶っっっ対にあり得ないでしょう。」と言って了承した。


 ラスティーナ嬢がウィルに馬鹿がつくほど一途なのは(ウィル本人以外には)周知の事実だが、聡明というのはイマイチよく分からない。オレが知っているアイツは強いていうなら「挙動不審な恋する狂戦士」だ。


 ……まぁ、アイツも一応侯爵令嬢として普段は擬態してんのかな。


 そう思っていたオレは今、エリスの言った「聡明」の意味をようやく理解しかけていた。


「ふふっ。それにしても、王宮以外でこうしてお会いするなんて、なんだか不思議な気分ね。

 ……さあ、どうぞおかけになって。

 邸内を歩いて喉も渇いたでしょう?

 ささやかではあるけれど、我が領内選りすぐりの茶菓子を取り揃えたの。お口に合うとよいのだけれど。」


 そう言って優雅に微笑む麗しきご令嬢。


「……お前、本当にラスティーナ嬢か?双子の片割れか影武者じゃなくて?」


 失礼なのは百も承知だが、確認せずにはいられなかった。

 言葉遣いや立ち居振る舞いの美しさだけではない。ハイツェンベルン邸に到着してから今まで庭園と邸内を案内してもらっていたのだが、草花の種類から侯爵家の地政や商業、はては小粋な雑談まで、澱みなく紡がれる彼女の興味深い話の数々に、つい夢中になってしまった自分がいた。


「あら?そんなに違って見えるかしら?

 たしかに……そうね。我が家だからいつもよりも緊張していないのかもしれないわ。」


「いやいやいやいや、そんなレベルじゃねえだろ。」


 すっとぼけんな。「ウィルがいないから微塵も緊張していない」に訂正しろ。


「それにしても…………このお茶、すげえ美味いな。」


 心の中でツッコミを入れながらも言われるがままに席につき、紅茶に口をつけたところ、それが思いのほか美味かった。

 思わず感想をこぼすと、ラスティーナ嬢は今日一番の満面の笑みで喜んだ。


「まぁ嬉しい!ええ、そうでしょう?この茶葉は東方の国から取り寄せた希少なグリーンハーブをブレンドした紅茶でわたくしのお気に入りなの!

 爺やが淹れるとまた一段と香りが引き立つのよ。わたくしは爺やの紅茶が世界一だと思っているわ。」


「お褒めいただき、恐縮にございます。」


 ラスティーナ嬢の後ろに控える老獪な執事が、軽く礼をする。

 彼女はいつもこの執事を侍らせている。以前聞いた話によると、彼は彼女の武芸の師も務めているらしい。

 直接戦う姿を見たことはないが、気配だけでも分かる。たしかにこの爺さん執事はやばい。ただの執事じゃないのは確実だ。執事の仮面を被った凄腕護衛だと勝手に思っていたが、普通に紅茶を淹れるのも上手なんだな……一体何者なんだ?

 訊いても答えは返ってこないだろうが、いつか答えを知りたい謎の一つだ。


「気に入ってもらえたなら何よりだわ。またいつでも飲みにいらして。

 次はぜひエリス様もご一緒に。お二人のお話も聞きたいわ。」


 ラスティーナ嬢は満足気にそう続けて、優雅に紅茶に口をつけた。


 エリスの名前をさらっと足してくるあたり、オレと変な噂が立たないよう気を遣っているのだろう。貴族の子女として真っ当な倫理観だ。

 ……さて、ちょうどいい話題を振られたので、オレはそのまま本日の目的を果たすべくカウンターをぶっ込むことにした。


「いやぁ、エリスもいいけどさ、オレとお前に一人足すならウィルだろ。次はウィルも呼ぼうぜ。」



 ブフーーーーッ!!!!



「…………うん。お前やっぱり本物のラスティーナ嬢だわ。」


 ウィルの名前を聞いた途端に盛大に紅茶を吹き出して咽せ返る哀れなご令嬢を見て、オレは安心した。

 よかった。いつもオレたちが見ていたラスティーナ嬢と、エリスが言っていたラスティーナ様は同一人物だったんだな。


「ゴホッ……むっ、無理よ!無理無理まだ早いわ!全然準備ができていないの!まだ無理よ!!」


 びしょびしょに濡れた顔を慌ててナプキンで拭きながらラスティーナ嬢は必死に訴える。


「だってまだわたくし、ウィル様と全然うまくお話できないんだもの!

 まずはご挨拶でしょう?それから軽いお話……ほら、例えば庭に鈴蘭の花が咲きましたとか、そういう感じの……そう、そういう、ねっ?そういうのができるようになったら、もっと長くお喋りできるようになって……それからよ!そうしたら、こう、いい感じのきっかけというか話題を作って、おっ、お呼びするとか……とにかく段階!段階を踏むの!今はその練習中なのよ!準備段階!」


「……お前、ウィルの前だとまだろくに会話できてないもんな。」


 昔に比べたら成長はしている。何とか辛うじて「ウィル様お久しぶりです」が噛まずに言えるようになったって程度だけど。

 ラスティーナ嬢とウィルの二人は、普段は挨拶や会話もそこそこにすぐ手合わせに入ってしまい、その前後に雑談をすることはほとんどない。

 手合わせの振り返りなどの会話は発生するが、大抵はウィルの言葉にただ全力でラスティーナ嬢が真っ赤になりながら「はい!そっ、そうですね!ハイ!!」とバカでかい声で相槌を打つか、何故かオレや他の騎士団員を挟んでやりとりする形になっている。


 ──戦うときの集中力は見事なもんなんだけどなぁ。


 ウィルの前ではいつも顔を赤くしてあたふたしているが、いざ手合わせを始める瞬間になると、彼女は目を閉じて一息つくだけで完全に切り替えてくる。

 ひとたび戦闘モードに入ると、相手がウィルだろうが誰だろうが微塵も気を揺らすことはない。

 武闘家としての精神統一は、彼女は完璧だ。オレも本気で尊敬している。冗談抜きで、今度コツとトレーニング法を教えてもらいたい。



 さて、本題へと思考を戻そう。

 とりあえずまず一つは聞き出せたな。



《調査結果その1》

 ウィルと手合わせ以外の場で会おうとしない理由は、緊張してまだ上手く話せないから。いずれ誘う気はある。



「はぁ〜………………しょうもな。」


 ウィル。疑うだけ無駄だぞ。コイツに限っては、真相はこんなもんだ。


 思わず溢した本音を耳聡く拾ったラスティーナ嬢はこちらをギロリと睨んでくる。


「失礼ね。今にみてなさいよ。」


「そんなの待ってたらいつまで経っても進まないぞ。ハイ、次はウィルと来るからな。決定。」


「んなっ……!待っ、ちょっと待って!!待ちなさいガイル!!ウィル様はこの紅茶のお味をお気に召すと思う?!ウィル様のお好きな小説は何?!

 ……待ってやっぱりまだ全然情報が足りないわ!!ねえ、ウィル様は何色がお好きなのかしら!?」


 オレの適当な返しに動揺するラスティーナ嬢。

 何やらパニックになりながらも必死にウィルの情報を手に入れようとしているが、オレはオレで今回は情報収集に来てるんだよな。

 悪いがそのまま話を続けさせてもらう。


「お前なりのペースがあるのは分かった。

 でもさ、お前はウィルのことが好きで、最終的には結婚したいんだろ?」


「は??けっ、けっ、けけっ?!?!」


 密林に住まう怪鳥の鳴き声の物真似か?


「そんな悠長に『準備』してて大丈夫だと思ってるのか?さっさと婚約を持ちかけないと他の令嬢に取られるかもって心配になったりしねえの?」


「こっ、ここここ、こんっ、こっ!!??」


 ラスティーナ嬢が落ち着くまで、せっかくなので用意された茶菓子を堪能する。

 ……あんまり食った気がしないからマカロンは好きじゃなかったんだが、これは美味いな。後で店の名前を聞くか。エリスへの土産に買っていこう。エリスはオレと違ってマカロン大好きだし。


「……コホンッ!ふう。

 ガイル。あなた、急に何を言いだすのよ。」


 どうやら一通り動揺し終わったらしい。


「何って……ただオレは二人を応援したいだけだよ。何だかんだでウィルにはラスティーナ嬢が一番お似合いだなって思ってるし。」


 嘘は言ってない。

 オレは駆け引きとか腹の探り合いは得意じゃないし、嘘も苦手な方だ。

 今日来た目的はウィルのためにラスティーナ嬢の本音を引き出すことで、話もそのために多少は誘導するつもりだが、今言ったことはちゃんとオレの本心でもある。


 オレの言葉を聞いたラスティーナ嬢は、今度は怪鳥の鳴き声のような奇声は発さず、大きく目を見開いてしばらく固まった後、じわじわと顔を真っ赤に染めながら目を伏せて俯いた。


「そっ、そう……ありがとう。」


 か細く、しかし嬉しそうにそう言うと、彼女はポツリポツリと語り始めた。


「あなたの言う通り、わたくしはウィル様と……結婚したいわ。一目見たときから……いえ、この世に生まれる前からずっと運命の人だと思っているの。ウィル様の隣は他の誰にも取られたくない。負けたくないと思っているわ。」


「そうか。」


 まぁ、少なくとも物理的な面では負けないだろうな。

 生まれる前からってのは意味不明だけど、そのくらい強い想いっていう比喩だろう。……重いな。


「もちろん婚約だってしたいけれど……でも、ウィル様が望まない婚約は……わたくしは、したくないの。」


「なるほど。つまり『ウィルに好きになってもらってから』ってことか?」


「ええ、そうよ。……それに、」


 彼女は瞳を揺らして言葉を途切らせた。

 そして数秒ほど何かを躊躇ったのちに、意を決したように彼女はまだ赤いままの顔を少し持ち上げてオレの瞳を真っ直ぐ見つめ直した。


「ウィル様は今、婚約者を選ばれるような状況にいらっしゃらないでしょう?

 そんなところに話を持ちかけて困らせるわけにはいかないもの。」


「……それは、」


 オレは言葉に詰まる。


 ラスティーナ嬢の言う通りだ。

 王宮内に渦巻く闇はかなり複雑でオレもすべてを把握できている訳ではないが、現状がそのまま悪化していけば、ウィルの王位継承どころか王家の存続すら危ういだろう。

 ウィル……ウィリアム第一王子という存在は、いわば沈みかかった泥舟。見えている地雷。

 まだ末端貴族や一般市民たちには悟られていないが、ウィルの王子としての日々は決して輝かしいものなどではない。もし今ウィルに近付いてくる奴がいるとしたら、それは王家の息の根を止めようとしている腹黒い裏切り者か、ウィルを傀儡として陰で操ろうとしている腹黒い裏切り者か、まだ実情を知らない純粋無垢な若いご令嬢のいずれかだ。


「詳しくは存じ上げないけれど、ウィル様がいま政治的に置かれている立場が大変お辛いものだということは、わたくしも聞いているわ。

 新たな火種になりかねない婚約者にはなりたくない。お支えするどころか足を引っ張る存在になるなんて、死んでも嫌なのよ。」


 侯爵家の令嬢として、王家の事情は多少は察しているってことか。

 ……ウィルへの好意がダダ漏れしてるせいで、一部からは婚約者の最有力候補だと思われてるけどな。本人的には一応弁えようとしてるんだな。



《調査結果その2》

 ウィルのことは好きでいずれは結婚したいと思っているが、政治的観点からまだ婚約は持ちかけられない。ラスティーナ嬢は自分がウィルの足手まといとなることを何よりも嫌がっている。



 なんとなく見えてきた。

 ラスティーナ嬢は、ウィルに関しては一途でポンコツだけど、決して考えなしではないってことだ。


「やっぱりお前、ウィルのこと大好きなんだな。」

「当たり前でしょう。想いの強さならば誰にも負ける気はしないわ。」


 恥ずかしさも峠を越えたのか、開き直ったように堂々と言い放ちクッキーを頬張りはじめるラスティーナ嬢。

 彼女の手指に巻かれたテーピングが目に入ったとき、オレは自然と最後の質問を口にしていた。


「……なあラスティーナ嬢。

 お前のその武術の修行は、ウィルへの愛にどう関係しているんだ?」


 ウィルが言ってた通り、純粋に強くなるのが楽しくなってるのか?


「ガイルはどう関係していると思っているの?」


 またもう1枚……いや、2枚一気にクッキーを手に取りながら、ラスティーナ嬢は質問を質問で返してきた。

 ……全部食い尽くしそうな勢いだな。オレの分も残しておけよ?


「オレの予想でいい?」

「もちろん。」

「ウィルのことを守りたいから。」

「具体的には?」

「オレみたいな護衛になるってこと。王妃として常に隣にいて、いざとなったら盾になるつもりでいる……とか?」

「あら!もちろんいざとなったらわたくしも盾になるつもりでいるけれど、ウィル様にはすでに凄腕の専属護衛がいるじゃない。」


 冗談なんだか嫌味なんだか、素直に褒めてるんだかイマイチ分からないことを言ってクスクスと笑う。

 どうやらハズレみたいだ。


「うーん、分かんねえ。ヒントくれ。」


 そう言いながらオレもクッキーに手を伸ばそうとした。しかし、


「ふふっ、諦めるのが早いのね。まあいいわ。

 ヒントじゃなくてほぼ答えのようなものだけれど、」


 と、彼女が続けた言葉にオレは耳を疑った。



「──ガイルは『ロード・オブ・ファイター』をご存知かしら?」



 そしてその衝撃で、オレはクッキーを食いそびれ、マカロンの店も聞きそびれたのだった。



◇◇◇◇◇◇



《調査結果その3》

 ラスティーナ嬢は、ウィルのために「ロード・オブ・ファイター」に出場しようとしている。



 ロード・オブ・ファイター。

 謎の巨大組織Zx(ゼクス)によって開催される、世界中の猛者中の猛者が集められた武闘会。そして、その優勝者が得る輝かしい称号。

 名前こそ聞いたことはあるが、その全貌は不明。どう考えても主催の組織は真っ黒。完全なる裏社会の大会だ。当然参加すれば命の保証はない。負ければ死んでもおかしくないってのに。

 そんなところに一介の貴族令嬢が本気で挑もうなんて、発想がまずあり得ない。あり得ないけど……


「ウィル様が王国のために命を懸けていらっしゃるのなら、わたくしはウィル様のために命を懸けるわ。」


 そう言い切ったラスティーナ嬢の目は、本気にしか見えなかった。


「それにね、これは()の意地なのよ。

 ラスティーナ・ハイツェンベルンはロード・オブ・ファイターに出場する。()()()()のウィル様への愛を、()の手で、ちゃんと証明したいの。」


 悪戯っぽく最後に付け足した彼女の言葉。

 なんとなく、あれこそがラスティーナ嬢の紛れもない本音な気がした。


 家に帰る車の中で、今日の会話を振り返る。


「ラスティーナ嬢……狂ってんな。」


 腹黒い企みも嘘も無くてよかった。

 でも、だからこそ理解の範疇を超えている。


 ……重い。重すぎる。

 もしオレが婚約者でも家族でもない奴からあんなにも重い感情を向けられてたら少し……いや、かなり引く。

 ラスティーナ嬢、いい奴ではあるんだけどな。今のウィルにはさすがに受け止めきれないだろ。


 ……よし。ウィルに《調査結果3(重すぎる純愛)》を報告するのは、もう少しだけ後にしよう。


 どうでもいい情報ですが、ラスティーナは普段は身体強化を第一に考えたストイックな食生活をしているので、たまにあるお茶会のときだけは羽目を外してめいっぱいお菓子を食べるようにしています。

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