第5話
「まずは光輝茸から取りに行こう! ボクと一緒に最寄りの街まで転移しようか!」
ユズが手をこちらに差し出してくる。一応このゲームの仕様として、触れている相手なら一緒に転移できるというものがある。まぁ自分と他2人までだけど。
別に俺は自分で転移してもいいんだけどな。光輝茸が取れるダンジョンの最寄りの街もワープポイント登録してあるし。
しかし、ユズがとても楽しそうにしてこちらに手を差し出してきているのだ。彼女の気分に水を差すのもアレだろう。差し出してきた手に俺の手を重ねる。なんか少し気恥ずかしいな。
「転移、もう大丈夫だよ?」
「あ、ごめん、操作間違えちゃって。もう少しまって。よし!」
ユズは一ミリも手のことを気にしていなさそうだ。こういうの、慣れてるのかもな。
「さ、行くよ。しっかり手、にぎてっててね?」
「ん、了解」
次の瞬間には視界が切り替わる。ここは洞窟の中につくられた街、ゴラム。ところどころに輝く鉱石の照明が施され、光源の確保も十分できている。そして、鉱石の光が街を照らす独特で美しい光景から観光地としても人気の街である。この街の北口からでて、植物に浸食された洞窟周辺を探索することで光輝茸を手に入れることができるわけだが……。この景色、どうやらユズは南口に飛んだらしい。
「ごめんね、ボクったら前回来た時に南口しか登録してなかったみたい。北口まで結構あるかなきゃだし、せっかくだから観光していかない?」
確かにこの街は基本南口から入るもんなぁ。洞窟の外の最寄りが南な関係上。
街に入ってそのあとほかのワープポイントを登録し忘れるのはあるあるなので俺も文句は言わないが……。いつまで手をつないでいるんだろうか。こういう経験マジでないから緊張するんだけど。
「ん、いいけど」
「よし、それじゃあさっそく出発!」
俺の手を引いてユズが進み始める。え、このままいくの? なんかその、デートみたいで緊張が……。
「ねぇ見て、あそこの店珍しそうな果物売ってるよ」
「ん? ああ、クリスタルフルーツね」
この洞窟内でのみ確認される、水晶のように透き通った見た目の果物だ。食べてみると凍らせたみかんみたいな味がしたはずだ。
「ボクちょっとアレ食べてみたい!」
「いいんじゃないか?」
ユズが嬉しそうに店の人にクリスタルフルーツを購入するために声をかけた。
「すいません、これください!」
「はいよ! 200ロムね!」
ロムとはこの世界の金の単位だな。少し言いづらいので基本積極的に口にするのはNPCだけだ。俺たちは大体Mと略す。というかゲーム上の表記もなぜかRじゃなくてMだ。
「はいこれ! ありがとね!」
「まいど!」
手をつないでいるから隣で見ていたが、ユズは本当に楽しそうだ。その笑顔を見ていると、このままずっとこうして手をつないで、引きとどめていたい気にすらなってくる。
落ち着け、俺。相手は年下で未成年かもしれないんだぞ。いや、この状況、すでにアウトでは?
「よし、後で一緒に食べようね!」
「お、おう」
ああ、ダメだ。その笑顔は反則だ。
◇◇◇
結局そのままずっと手をつないだまま、時刻が夕方6時になるまで街を見続けていた。ちょっとこのままじゃまずいかもしれない。
ユズの笑顔を見るたびに胸が高鳴るような感覚を覚える。もしかするとこれが恋というものなのかもしれない。20にもなって今更初恋かよ。
「そろそろ北区だね。あれ、どうしたの、ヴィンセント。顔、赤いよ?」
ユズが俺の顔を覗き込んでくる。ユズのせいだといいたいところだが、それはやめにしよう。
「気のせいじゃないか? 北区見て回ったら光輝茸、とりに行こうか」
「そうだね。ちなみに今日はボク日付かわるまでフリーだから取りに行った後もいっぱい遊ぼうね!」
俺を遊びに誘うユズの笑顔に再度俺の胸の鼓動は早くなる。うん、完全落ちたね恋に。
まぁ恋に落ちたからってどうすればいいかとか、分からないんだけどさ。とりあえず平静を装うくらいはしておこう。ばれてキモイとか言われたら最前線に特攻する自身あるぞ。
両想いになれるまで、この気持ちはしっかり隠し通さないといけない。
「了解」
「北区だとアクセサリーとかの露店が見どころだよね~」
ユズに言われて周りを見てみると、確かにブレスレットやらネックレスやらを売っている店が多かった。どのアクセサリーも淡く光を帯びている。あれは、魔鉱石をつかっているからか。
「ユズ、詳しいんだね」
「生産職としてこういうのは調べてるからね~」
そういえばユズは生産職だったな。このゴラムの街に来てる時点で戦闘職だというイメージになってしあっていた。この街にくるにはそれこそこのゲーム内でランキングに乗るほど強くなくてはいけなかったと思うんだけどな。
「そういえば生産職だったなぁ」
「なんだと思ってたのさ。ボクは生産職だよ。見てよこのかっこいい白衣。どこから見ても生産職じゃん」
ユズは自分が今着ている白衣を強調してくる。
「やっぱりかっこいいから着てるのねその白衣」
どこから見ても生産職という言葉はおいておこう。知り合いに白衣の戦闘職いるからなぁ。しかもこの世界で唯一の銃使い。
「当然。白衣はかっこいいから!」
「白衣の知り合い紹介しようか? 白衣仲間って感じで」
「それはいいね。今度ヴィンセントの仲介で頼んじゃおうかな」
ユズもどうやら乗り気らしい。後でサキに頼むとしようか。
「声はかけておくよ。話が脱線したね。アクセサリーだっけ?」
「そう! 少し買うか悩んでるんだよね」
そういうことなら……。
「じゃあちょっとこっちきて」
「え、ああうん」
俺はユズの手を引きアクセサリーの露店の近くまで来た。ユズに一番似合いそうなのは……。このネックレス、似合いそうだな。今は白衣でちょっとって感じだけど、それ以外の服なら一番ユズに似合うと思う。
「すいません、これください」
「はい。56000Mね」
「はい」
よし、買えたな。
「ユズ、これ」
買ったネックレスをそのままユズに渡す。
「え、いいの?」
「もちろん。俺からのプレゼント」
ユズは俺とつないでいた手を放し、両手でそのネックレスを受け取った。そして、その後、自分でネックレスを付けようとしてはっと思いとどまった。
「ねぇ、これ、ヴィンセントがボクにつけてよ」
「え?」
「こういうの、よく見るでしょ? お願い!」
恋した相手の頼みを断れるはずもない。俺は留め具を外して、ユズの首に手をまわし、留め具を付けなおす。
「これでどうだ?」
「ありがと! 似合う?」
「白衣がなきゃなぁ……」
白衣とネックレスがちょっとミスマッチだな。
「えー。じゃあちょっと待っててね」
ユズがシステムを操作し、白衣を収納した。黒地の服と淡く輝くネックレスはユズによく似あっていた。
「これでどう?」
「ああ、似合ってる」
「ありがと! じゃあ、この街から出るまではこれでいこうかな」
そういってユズは自然に俺と手をつなぎ、また街を歩き始めた。もうすこし、こんな時間を続けていたいな。