第2話
「あ、そうだ、この後時間ある?」
この後の予定は買い物だけだったし、時間があるといえばあるな。
「ありますよ」
「大きな収入も入ったし、ボクのおごりでいいから何か食べに行かない? 親睦を深めるためにさ」
俺が1000万の買い物したしな。別に金はあるからおごりでなくともよいのだが……。せっかくのお誘いだ。
「いいですよ。ちょうど昼時ですしね」
「よし、それじゃあ出発だ!」
二人で一緒に店を出て、路地を進む。やばい、来た道覚えてなかった。ユズさんと一緒じゃなかったら迷子だったかもしれない。
「この街……。インヘムは結構見て回った感じ?」
隣を歩くユズさんに質問される。インヘムというこのイーシュレン王国の王都の隣にある街は今日来たばかりの街になる。俺は王都に家があるから基本は王都で買い物してるしな。今日は気分でこの街に来た。
「いえ、今日初めて来ましたね」
「初めてでうちの店見つけたの? なんかすごいね」
まぁ初めての街で路地に入るのはなかなか珍しいからなぁ。迷子になりかけるし。
「なんか路地が気になったんで、それでたまたま」
「ふーん、めっちゃ勇気あるね。じゃあこの街のおすすめ、ボクが教えてあげるよ」
この街に詳しい知り合いがいないわけでもないが、彼は俺よりも高いランクの人間で普段も配信やらで忙しくしてるからな。ここはユズさんに頼らせていただこう。
「よろしくお願いします」
「丁寧だねぇ。ボクは別にいいからさ、敬語やめていいよ? というかむずむずするからやめてほしいなぁなんて」
そういうことなら……。
「わかった。俺は普通に話すことにするよ」
「うん、いい感じだね! じゃあ行こう!」
気分よさげに進んでいくユズさん。彼女に続いて歩いていくと、無事路地から出ることもできた。ここからどこに向かうんだろうか。
「今日は知り合いがやってる店に食べに行こうと思うんだけど、それでいいかな?」
「おう、それで大丈夫」
「それじゃあレッツゴー! あ、そういえばなんか聞きたいこととかない? なんでも答えるよ?」
それじゃあ少し気になっていることを一つだけ。
「なんでユズは白衣着てるんだ?」
「おお、やっぱり聞いちゃう? それはね……かっこいいから!」
「え?」
もしかして聞き間違えたかな? かっこいいからって聞こえた気がするんだけど。
「あはは、冗談。本当のことを言うとね、この白衣、【胴】のスロットの装備なんだけど、すっごいDEXが上昇するんだよね。生産職としてはめっちゃ優秀な装備なの」
「なるほど、そういう。本音は?」
「かっこいいから!」
ユズさんが迷うことなくはっきりと答える様子に思わず笑ってしまう。面白い人だな。知り合えてよかったと思う。
「何笑ってるのさ! かっこいいでしょ! もう!」
ユズさんが拗ねてしまった。ぷんぷんという表現がよく似合う、かわいらしい拗ね方だ。
「いや、ノータイムで答えるのが面白くて」
「だってかっこいいんだもん」
とりあえずユズさんが白衣に関して情熱を持っていることが分かった。その後もたわいない雑談をしながら街を歩き、ついにユズさんのいう知り合いの店にたどり着いた。
「ついたよ、ここがボクの知り合いがやってるお店。『ラッキーアンブレラ』」
中心街から少し離れた通りにあるこじんまりとしたお店。なんというか、落ち着いた雰囲気だ。
「いい雰囲気の店だね」
「でしょ? 知る人ぞ知るみたい感じ。よし、入ろ?」
扉を開けて中に入るユズさんに続いて俺も中に入る。
「ユズちゃんいらっしゃ~い。珍しいわね。あら? そちらのお方は?」
「<反逆>のヴィンセントだよ」
「ええ!? そんな大物がどうして……どこで知り合ったの? しかも同伴で店に来るとか……もしかしてユズ、彼とお付き合いでもしてるの?」
お店の人、まぁユズさんの知り合いの方は俺の名前を聞いて驚いていた。後半のほうは耳打ち見たいな感じで俺に聞こえないようにして言っていたので聞こえなかった。知り合った経緯とかでも聞いているのかな?
「ええ!? そんなことはないよ!? 実はその……。一目惚れしたから今アタック中」
「なるほど、普段だらけて店まで来ないユズがどうしてここまで来たのかと思ったら……。恋は人を変えるわね。応援してるわ」
なにやら二人だけで会話していて、急に店の方がユズさんに向かって親指をたてていた。なんの話をしてるんだ? ちょっと疎外感を感じるぞ。少し待つと、話も終わったようで、店の方が席に案内してくれた。
「こちらの席にどうぞ。ご注文はお決まりですか?」
「ボクはいつもので!」
「えーと、俺もユズさんと同じものをお願いします」
メニューを見たが本当にいろいろな種類があって選べなかったのでユズさんと合わせてみる。
「かしこまりました。ちょっとユズちゃん?」
注文が決まった後、店員さんはユズさんと二人で話を始めた。俺に聞こえないようにだ。疎外感しか覚えんぞ。まぁいいや、とりあえず二人が話をしている間にフレンドチャットの確認をしておこう。
『ヴィンセント、申し訳ないけど今度俺の配信にでてくれないか? まぁサポート役的な感じで』
フレンドで人気配信者のファクターからだ。彼とはかなり仲良くさせてもらってるし、当然返事はOKだ。
『了解。今人とご飯だから食べ終わったら詳細を聞くよ』
そういうわけで、二人のほうを見ると、何を話していたのユズさんの顔が赤くなっている。そして店員さんは奥へ料理を作るために消えていった。
きれいな人だったな。モデルとかやっててもおかしくなさそうだ。ユズさんの知り合いとは多分彼女のことだろうし名前だけでも聞いてみるか。
「随分ときれいな人だったな。名前、なんていうんだ?」
「え、ヴィンセントってもしかして美人さんな感じがタイプ?」
なにやら焦ったようにユズさんが聞いてくる。タイプといわれるとちょっと違う気もするな。
俺のタイプは……。そうだな、元気めで、面白くて、身長がそこそこ低い子がいいかなぁ。
「いや、そんなことはないけど。どちらかというと元気めな子のほうがタイプだね」
「そ、そっか。店員の人はミルクって名前だよ」
どこか安堵したような感じでユズさんが答えてくれる。ミルクさんね。覚えておこう。常に人が多いほかの店とは違い、静かで趣がある。もしかしたら常連になるかもしれないしな。
「そうか、また今度この店にこようと思ってるから店主の名前くらい覚えておかないとな」
「ちょっと待って。その時は絶対ボクも呼んでね? ……タイプじゃないみたいだけど不安だし」
後半は全然聞こえなかったが……どうやら食べに来るときは呼んでほしいらしい。まぁ案内してくれた人なわけだし、俺は構わない。次来るときは誘わせていただこう。
「了解。次来るときは呼ぶことにするよ」
「ありがとね。じゃあもうちょっとかかると思うし、フレンドチャットの確認とかしておく?」
「了解」